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鶴見俊輔 

鶴見俊輔、1997年と十年余り後の肉声。 未来潮流 哲学者・鶴見俊輔が語る 日本人は何を捨ててきたのか 関川夏央 1997.3.15 NHK ETV特集 「 戦後日本 人民の記憶 」 鶴見俊輔 2008年 鶴見俊輔 1922-2015 鶴見和子 1918-2006 すべてを向こう側に追いやってひとくくりにしてきた現…
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木童工房のこと

木童工房の関西春樹さんが亡くなられた。それを半年以上も経ってから知った。 高山に年に一度の仕事で通っていたころ、夫人にお世話になった。 無沙汰の詫びをする間もなく。 工房は閉じるという。
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高畑勲

高畑 勲(たかはた いさお、1935年10月29日 - 2018年4月5日) 鬼籍に送られて一年有余。 子だくさんの時代の末子。 おそらくは。 多くの子どもがどのように生きていくのか、その困難の中にいた。 見通しもなく。
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先生は寂しがり屋だった:授業の記憶番外編

先年亡くなった人を偲んで、小さな集まりがあった。 昔語りに盃を捧げようという。 話題はその人と共有した40年以上前の時間に及び、共通の恩師の話にたどり着いた。 別の学部の教室で助手を務めていたのちの大先生に、夜遅く連絡がある。 話に来ないか。 小さなクラスの演習で、ひととおりのプログラムが終わったあとひとしきりよもやま話をつぶ…
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彼岸の頃

旧暦では葉月半ば。 彼岸の頃。 テレビ放送もウェブ上の動画も、樹木希林という俳優の追悼メッセージや回顧映像に埋まっている。
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クリスマス・クリスマス・クリスマス

 日経新聞に押切もえさんというファッションモデルで小説も書いているという女の人がこれまでのさまざまなシーンでのクリスマスの話を繋いで展開している。  1970年代終わりに生まれたもえさんは、10歳前後1980年代終わり、20歳前後1990年代終わり。  敗戦後の日本での戸惑いつつ迎えたクリスマスとは、ずいぶん異なるものだったように見…
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和辻哲郎の古寺巡礼と聖林寺の十一面観音

 和辻哲郎の古寺巡礼を父の書棚に探したのは高校生の頃であったろう。探したタイトルは見つからず、結局「風土」の方をみつけるはめになった。父はいまどきそんなものに興味を持つのかという眼差しで、「戦前は刊行の日に岩波の前に並んで求めたものだが」と戸惑い気味に論評した。調べてみれば古寺巡礼のほうは1919年の刊行。父はまだ3歳であるから、並んで…
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語られることなく過ぎていくもの

杉原千畝1900-1986  近衛秀麿1898-1973 1938年から1944年、欧州戦線下のドイツ、ポーランド、北欧諸国。 析出不可能な線条の重なり。そのいくつかは時の政権の間の同盟関係の上をなぞり、そのうちのいくつかは逆方向に牽引される情報収集。様々な方向へとつながる地下活動があり、そしてその複雑さ故に多くは語られずに過…
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2011年2月から3月

以下に再掲する。 遠景の火花 << 作成日時 : 2011/02/24 00:16 >> 戦場のピアニスト 2002 Śmierć miasta 1946 火の山―山猿記 1998 夏の花 1945-1947  大戦争の時代を支えていた動機を理解することは難しい…
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タングルウッドと小沢征爾音楽塾

小沢征爾が率いる若い人たちのオペラコンサートが当地で開かれ、同僚が出かけたという。 タングルウッド音楽祭とそこでの研修会を連想したが、その同僚はサイトウキネンオーケストラの方が原型ではないかという。 口をついてでたのがタヴィストックという、似て非なる名前だったのはご愛嬌。 改めて、タングルウッドのことを調べた。
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Maresuke Nogui

年譜によれば乃木希典(1849-1912)は1886年、37歳に至ってはじめてドイツに留学したとある。 幕藩体制下の江戸に生まれ、10歳を前に長府に移り、長府藩報国隊奇兵隊と合流して幕府軍との戦に身を投じたのが1865年、16歳。少し前の世代の人々の代表的な人々が立場を問わず、近代合理的学問と西洋の制度についての関心を持ち、研鑽の場を…
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天正10年

そのとき、1934年生まれの信長は48歳 1528年生まれの光秀は54歳、1537年生まれの秀吉は45歳、1522年生まれの利休は60歳、1546年生まれの黒田官兵衛は36歳、1535年生まれの荒木村重は47歳。1543年生まれの徳川家康は39歳。利休と同じ1522年生まれの柴田勝家は60歳。 秀吉はその後16年を生き、利休は9年を生…
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Agota Kristof

 週末、仕事で東京へ出かけた。真昼に降り立った都心の駅は堪え難い暑さであった。  そして、あちこちでの路線事故の放送。  往路は東京での仕事の準備を、その仕上げをした。  帰路はその原稿の見直しを簡単に済ませ、表題の著者によるHier の日本語訳を読む。無作為に開いて、少しずつ。作者はハンガリーの出身。移住先の不自由な言語で書かれ…
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そして誰もいなくなった・・・

Emmanuel Todd 1951- 堀茂樹 1952ー              水野和夫 1953ー Ha-Joon Chang 1963ー 片山杜秀 1963ー 藤井聡 1968ー 中野剛志 1971- 柴山桂太 1974ー 白井聡 1977- 明治維新 1868 慶応4 日清戦争 18…
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紫煙のむこうマンハッタンの夜景が広がる

先週に続いて週末は雪。高速道路で坂を上がれず立ち往生した車が繋がり、数十キロにおよんだという。難儀なことである。閉鎖して除雪と車を引き出す作業を行ったとラジオが伝える。 汚れた雪がところどころ積み重なる。その中を歩いたせいか、疲れが残っている。 ・・・ロードバイクで100キロ走ったなんてことが、すでにとおい過去のようにおもえてきた・…
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明るい午後は片付け仕事

2014年正月、第5週が始まる。その先に春立つのが見える。 同年の同僚は仕事を若い人に引き渡す準備を始めていた。 書棚から本を下ろし、所属を替える手続きをする。 処分すべきものをその道筋に載せる。 こころが騒がぬように。 日に日に明るさが増していくこの季節、その仕事は相応しい。 日曜日 朝、身体の調整、食事。 …
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2013年12月

今年の最後の月は日曜日から始まる。 朝、ゆっくりと朝食を摂り、居間、連絡用机、仕事部屋と順にカレンダーを架け替える。 居間のカレンダーには来る年の11月までのカレンダーが付いている。仕事部屋のカレンダーには1月と2月のカレンダーが付いている。 現し世の向こう2ヶ月の仕事の予定を眺める。 向こう1年有余の暮しを見通す。 送り…
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冬の雨

久しぶりのまとまった雨が点灯されたばかりのクリスマスイルミネーションを濡らした。 旧暦神無月24日。 旧暦のまま過去をたぐればそれぞれ、グレゴリオ暦と行き違う。 星星の過去と未来、そして距離と似て、闇のなかに溶け込んでいく。 安政二年、大地震に見舞われた年、冬の長崎に幕府の海軍伝習所が開設されたという。 グレゴリオ暦12月8日…
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菜穂子とその周辺

楡の家    第1部 1934年  「物語の女」 文芸春秋   「目覚め」 1941年9月 文学界  菜穂子   1941年3月 菜穂子 中央公論 作品集 菜穂子    1941年11月 堀辰雄 1904-1953   1934 小説のことなど モーリアックへの言及 1923年~芥川・室生犀星と…
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海と毒薬 そして 菜穂子

どうせ死ぬのだから・・・ 自分たちだけは生き残ると思ったということか。 次にどのような世界がやってくると思っていたのか。 天上人にも、それぞれに屈託はあり、狭いピラミッドの頂上の席を奪い合い身体を歪める。。 世の中、そんなに理想主義で動いてはいないよ。 そう伝えられたとき、たしかに人々は席盗りゲームに大義名分を…
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玄米と黒豆

辰巳芳子さんが某誌の対談記事で玄米のスープを供していた。 炒った玄米と梅干、それに昆布。 はたと思いついて友人から送られてきたとっておきの玄米と近在の農家の黒豆を炒った。ガスこんろの粥炊き設定でことこと煮込んだ。 傍らで、炒った米と豆をぽりぽりと噛む。 今年の夏の新しい習慣。 熱風の中を泳いで買い物に出る。 声も出ない。…
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とるものもとりあえず・・・

あれから2年。 なんとか生き延びてきた。 復興はこれからと。 更地になった被災地、 仮設住宅で続く生活。 仕事を、そして安全を求めて転地を繰り返す人々。 いったん壊された生活は、いつ、どのような経過をたどって整っていくのか。
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踏み越えた先の途

高橋悠治が高田和子に贈った花筺(花筺――高田和子を悼み  高橋悠治)。 あるいは道浦母都子の若き日々。 旧い友人が川原で一人旅立った日。 踏み越えたその先には子どもの泣き声さえもが、現し世ではもはや得られぬ平和のしるしと響いたであろう。 通り過ぎてきた時を、ほんとうはだれも知らない。 そして、ともに流れていく。 …
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東京の往来

東京といっても70年前、80年前のそれである。 青木玉の小石川の家には齋藤先生、齋藤茂吉がたびたび登場する。 樋口一葉の妹、邦子も、身辺に親しい人であったようだ。
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三又の立ち往生

物事道理に従って心を尽くして行えば、面倒なことは何もないはずだ                                    青木 玉                                 小石川の家での幼い玉と祖父露伴のやりとりがなつかしい。 「はい」も「いいえ」もならず、第三の答えも出すこと適わ…
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そのきさらきのもちつきのころ

 ねかはくははなのもとにて 花はさくらと思っていたが、ここでは梅とみるほうが無理がない。 しかも夜の光景である。 きさらぎ11日。 この望月まであと少し。 ****** 西行が亡くなったのは旧暦2月16日。 太陽暦に移し変えると3月23日らしい。 虞美人草の漱石をめぐる議論。 5年ほど前の番組。 …
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雨の音に驚いて

東のほうは春の雪だという。夜半、ずっと雨が出窓のトタン屋根をたたいているようだった。 昼近くには明るい陽射が外気を暖めていた。 退めていく同僚が片づけをしていた。 部屋の入り口に立って話をする。 鶴見俊輔のこと、生物学者のこと。 別の同僚と話をする。 若い人々のこと。 最後にもう一部屋訪ねる。 二人で話をしているところに…
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静かに春がやってくる

春がそこまで来ていると思えば、寒さもいとおしい。 気持ち踊らぬ原稿を仕上げる。 ただ静かに。 昼をめがけて外出。 なじみの店で昼食。それに商店街で小物を選ぶ。 用途は首からつるして眼鏡入れ。 どこも、店主は忙しそうゆえ、そっと戻る。 ブログにあった書家のことを聞きたかったが。 午後は放送大学の講義を聞き流しながら原稿のつ…
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Il y avait un jardin

しばらく引き出しの中に眠っていた小さな箱を開いてみると壊れている。 ノートに繋いで復元。それには長い時間がかかった。 以前にはラジオと時計と歩数計として使っていなかったことを思い出し、使い方を調べて年初めに到来したアルバム3枚セットをまとめて移す。なんだ、簡単。これにたどり着くのに1年かかった。 シャッフルにして聞く。なじみの曲と…
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飛ぶ木立

週末、東へ。 会議、その他、四方山話。 打ち合わせ。 会議の司会。 シンポジウムの司会。 日曜日暗い中を列車に乗って移動。 隣の座席には原色のタイトルが踊る週刊誌を二冊抱えた巨漢が座る。 気にしない、気にしない。 月曜日、定例の朝の仕事。帰宅後、冬支度のちょっとした買い物。 荷物を預けて西へ移動。 知人が開く個展…
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