映画 グリーンブックを遅れてみる

近くの映画館でグリーンブックが上映されるのを知ったのはひと月前。 待ちに待って初日一番に飛び込んでみたが、すでに客席はあらかた埋まっていた。 イタリア系移民一家のヤンチャなおとうと教養ある人々の隊列に加わった孤独な黒人音楽家。 1960年代はじめアメリカ南部への演奏旅行行脚。 おとうは読み書きもおぼつかない。小学生のように鉛筆を…
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秋立つ

午前のうちに平飼いの卵をもとめ、その帰路、墓地をめぐる。 おかしなことと思いながら。 盆の墓参には少し早いもののすれ違う車がある。 さらにそのさき、おかしなことと思いながら、明日を最後に長い夏休みに入るというパン屋に立ち寄る。 いつもは塞がっている小さな駐車スペースが空いている。 炎天のお陰。 客のいないのを幸い、冷たいスー…
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John Coleman and Leo B. Hendry, 1999 The Nature of Adole…

白井利明他訳 2003 青年期の本質 ミネルヴァ書房 第1章 イントロダクション 社会の変化 移行の性質 発達的文脈主義 焦点モデル 第2章 身体の発達 第3章 思考と推論 第4章 自己とアイデンティティ  第5章 家族 第6章 青年期のセックスとセクシュアリティ 第7章 青年期の健康 第8章 友情と仲間集団 第9章…
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佐藤豊彦のリュートによるバッハ、シャコンヌ

佐藤豊彦のリュート演奏を聞いたのはもう30年近くも昔だろうか。 スタジオルンデの演奏会でCDを求め、しばらく聞きつめていた。 知人にも押し付け、また新たに求め。 いま手元にあるのは十六世紀と十八世紀の楽曲を納めたもの。 十六世紀のものは、スペインの楽曲。当時、古楽器の復元と、楽曲にまつわる学者のような子細な分析が語られたように記…
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年金さまがとおる

現役を引退して年金生活に入る。 これまで大変だった、これからはゆうゆうと暮らそう。 好きなことを楽しんで。 そのとき、隣にいるひともまたそろそろゆっくりしたいと、好きなことをしていたいはずであるとはおもいもよらず。 さながら、退職後の秘書を得たかのように、自分の都合で振り回す。 俺様の年金でくらしているのであるぞ。 年金…
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いいわねおかあさんにだっこしてもらって

夏もさなか、大きな駐車場を構えた地下鉄駅と商店街。 日陰を求めて車を置き、いきつけのお好み焼き屋に向かう。 前を行く若い母親と子供。 いいわね、おかあさんにだっこしてもらって。 おもわず声をかけると子はちらりとこちらを向いて顔をうずめる。 だっことせがんだのか、速足で歩くのにかかえこまれただけなのか。 母親も笑っている。…
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これいいね、頂戴

人のものをほしがるなんて。 そのように教えられてきた。 幼いころの友人や兄弟姉妹への羨望を恥ずべきことと思いなしておとなになった。 いいわね、これ頂戴と あまりに素直に言われて、どのような表情をしていただろうか。 侮蔑の表情であったのか。 あるいは、あいての気持ちへの迎合であったのか。 振り返ってみれば、それは単なるお…
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ひとりの夏

 長いトンネルをぬけると蝉が鳴いていた。  子供時代を過ごした場所では「いえ」の桎梏がはっきりと見えてくることはなかった。  どこの家族も都会へ出てきた父と母が小さな家産を必死でやりくりしていた。  とりあえずは子どもを教育の力でなんとか独り立ちのできるように育て上げる。  その中で娘を「嫁にやる」というような選択肢が用意さ…
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橋本健二 アンダークラス を読む

正規社員終身雇用制度を棄てどこへ行くのか。 人口構成の変化にどう対応するのか。 年功制給与体制をどうするのか。 20年、40年、60年、80年、100年の見通しで、考えてきましたか。 教育の仕組みは。 そう、問いかけられている。 いつもいつも、精一杯で、それどころではなかったと。 そうやって、掛け違えたボタンを…
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2000年から2020年へ

こんなことはただの遊びにすぎない。 しかし、21世紀もすでに最初の5分の1を過ぎようとしている。 これまで通りではいかぬこの先という気分は多くの人に共有されているとして、そこへ向かう姿勢は人により異なる。 大変な事態だから皆一丸となって。 そのためにはまず、共同の場を持とう。 盆踊り。 輪になって踊ろう。 一斉に。…
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鶴見俊輔 

鶴見俊輔、1997年と十年余り後の肉声。 未来潮流 哲学者・鶴見俊輔が語る 日本人は何を捨ててきたのか 関川夏央 1997.3.15 NHK ETV特集 「 戦後日本 人民の記憶 」 鶴見俊輔 2008年 鶴見俊輔 1922-2015 鶴見和子 1918-2006 すべてを向こう側に追いやってひとくくりにしてきた現…
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涼しい関係

いじめを受けたことによるとされる自殺についての報道がもたらされる。 そして、いつものように、教師の責任、管理者の責任が問われる。 いじめを把握しなかったかどで。 いじめを防がなかったという理由で。 学校の外で起きたことにどう責任をとるのか。 目に見えない関係をどう制御するというのか。 いきおい、学校は、学校外での子ど…
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助けてもらったらいいのよ

平日の昼時 大型ショッピングモール駐車場のエレベータ 乗り合わせるのは杖をついた老夫婦、老婆とその娘、ベビーカーを引いた母親・・・ 見れば少し幅広の車の覆いを下した陰から小さな男の子が見える。 双子なんだ。 周囲に遠慮して譲ろうとする若い母親を、こちらはゆっくりでよいからと先に降ろす。 一人で生きていてさえ大変な世の中、双子…
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苦しいとは言わない

遠いむかしのこと。 あなたは、苦しくても苦しいと言わない。 そんなことを友人に言われたことがある。 そのとき、友人が何を見ていてくれたのか、判然とはしない。 何か問題を抱え、どうしようもなく、あがいていた。 そんなことなのだろう。 手を差し伸べたいと思う。 しかし、どうすることができるだろう。 問題のありかを読取った…
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木童工房のこと

木童工房の関西春樹さんが亡くなられた。それを半年以上も経ってから知った。 高山に年に一度の仕事で通っていたころ、夫人にお世話になった。 無沙汰の詫びをする間もなく。 工房は閉じるという。
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高畑勲

高畑 勲(たかはた いさお、1935年10月29日 - 2018年4月5日) 鬼籍に送られて一年有余。 子だくさんの時代の末子。 おそらくは。 多くの子どもがどのように生きていくのか、その困難の中にいた。 見通しもなく。
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Yoshio Sugimoto 

1980年代、日本の社会学的分析を行った著書が日本で出版された。当時オーストラリア在住。 現在を調べてみた。 ttps://en.wikipedia.org/wiki/Yoshio_Sugimoto
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良い子は僕一人

心理学が人の振る舞いの源泉において来たのはながらく、「欲望」であった。 欲望を中心に、関係を組み立てる。 「飯を腹一杯食いたい」 「苦痛を避けたい」 「人を思うままに動かしたい」 「人に勝ちたい」 何よりもそれを肯定し、そこから対立をみきわめる。 僕の欲望を妨げるものはなんだ。 そこから、整理してみること。
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雲の上の人 地を這う人 串刺しにする人

遠いむかしのことだ。 そのころ友人の子どもはまだ小さく、よちよち歩きながら闊達にテニスボールを追う母親の周りにまとわりついていた。 ろくにサーブも打ち返せない当方と伴侶につきあってくれたその午後、ビールを飲みながら歓談し周辺の人物の人物批評に至った。 他のテニスの相手を評して、「雲の上の人だから」というのに、当方も同意した。 揶…
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木の葉みな裏かえる:初夏の山を眺望する

木の葉みな風にそよぎて裏かへるあを山に人の行けるさびしさ 若山牧水 路上 初夏、風にあおられて木の葉が裏返り山が白く見える。木の葉みな裏かえる という言い回しだけがいつもよみがえってきていたのです。 そよぐというような優しい風景ではなく。 記憶はあいまいなものでした。 ただ、たびたび目にした初夏の風景の荒々しさだけが心に残っ…
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1週間の食事 2019年夏

8日間の遠出を終えて1週間経過。 集合住宅の管理組合理事の仕事、留守中の事後処理事項などで毎日が過ぎる。 北側の仕事空間に置いた松材の簡易机は留守中に防虫に浸したホルムアルデヒドが抜けるように扇風機の風をあてておいたけれど、まだまだ不安な状態である。ああ、やっぱり、思い切ってヒノキ材のまっとうなものをえらんでおけばよかった。 さて…
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空中菜園 2019夏

縦横積み上げ長屋の菜園は継続に苦労する。 昨年は大規模修繕の年にあたり、ベランダの植木鉢はすべて片づけ、室内に移動した。 アロエの大きな鉢二つ、ゼラニウムの大きな鉢三つも結局土と植物を分けて処分した。 泣く思いで。 大規模修繕は思いのほか長引き、ようやく年明け、からの植木鉢に残りの土をもどした。 何をするにも手遅れ。しかたなく…
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ヨーロッパから

ポール・二ザン 1905-1940  1926-1927  アデン アルチュール・ランボー 1854-1891   アデンからアビシニア  約半世紀をはさんだ二人の生。 アデンを結び目として。
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200年も昔に

ジェーン・オースティン(Jane Austen 1775年12月16日 - 1817年7月18日)が、小説を書いていたのは200年も昔のことだろう。それを100年ほどもたってから漱石は読んでいただろう。 夏目 漱石(なつめ そうせき、1867年2月9日(慶応3年1月5日) - 1916年(大正5年)12月9日)。その生涯はほとんど10…
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「団塊現象そしてNODAME」について

「団塊現象そしてNODAME」について 12年近く前、団塊の世代が60歳代になると段階現象の世界的広がりについて書いた。そして、今は、70歳代に突入している。 音楽も、スポーツも、若い人々が空間移動を重ね、技を競い合う。
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仕事の命

かつて力を注ぎ、まとめあげた仕事。しかし、そのうちの多くは今となっては無駄と思える。仕事をいくつかの山にわけてみる。いま、これこれの障害を持った子供がいて、その子供たちへの対処方法はこれこれだ。それはその時には必要だった仕事だろう。そして、それしかできなかったかもしれない。しかし、それは、いまは異なる視点からとらえなおされる。 たとえ…
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La Melodie あるいはオーケストラ・クラス

家人の留守、久しぶりに映画を見る。 La Melodie パリが舞台のフランス映画。監督は名前からして東方の出自を持つ人か。 パリの他民族構成の学校でのオーケストラ・クラスのバイオリン指導の格闘。 ブルターニュ出身の母、アルジェリア出身の父。息子は成人し、バイオリン奏者としての成功の手前で足踏みをしている。惑いつつ引き受けた役…
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野守は見ずや君が袖振る

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 この歌を含む歌集が評判をよんだのはもう三十年以上前のことらしい。 ここで君は女の人から男の人へ向けて二人称として用いられている。 さるブログにこの言葉の使い方についての議論があった。 「君」はおかしい。 いや与謝野晶子も使っている。 でもこれは口語短歌と銘…
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20世紀のただ中で

1996年、モントリオール映画祭。 街の小さな映画館を切符をもぎりながら見て歩く。 1989年、ベルリンの壁崩壊から7年。 19世紀の詩人がアフリカの地に呑まれてのちの日々と教会との関わり。 20世紀のロシア王家とその崩壊にかかわる民族と政治的立場のもつれあい。 中心からはずれつつ、自らを商品化して中央へ駆けあがっていくシステ…
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少し良くて少し悪い

御代が替わる。 前も後も問題は起こる。 前も後も問題は続く。 交通事故で子供が帰らぬ存在となる。 結婚の是非で人々の議論が沸騰する。 悪いのは誰だ。 シーソーに飛び乗るように、人々の意見が積み重なり、「悪者」を跳ね上げる。 歳をとったら車の運転をするな。 今度は無理な右折が悪い。 身の程知らずの輩が。 個…
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暮らしのスタイル 夏の仕様

春分からすでにひと月半。 夏のような陽気と花々を縮み上がらせる寒気の往来を超えて、萌える緑は日に日に深みを増す。 陽暦5月から7月、夏の仕事に合わせて暮らしのしつらえを進める。 旧暦では卯月、皐月、水無月。 輝く緑と雨と。疲れきるまで。 北側の窓に向けて小さな仕事机を置き、文書を整理する準備をする。 日々の気ままな読書に…
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1989から2019

 平成が今日で終わるという。  平成の31年間は昭和の64年間に比べればおよそ半分。大正の15年間に比べればおよそ2倍。明治の45年間に比べれば3分の2。  平和であったことを寿ぐといわれるが、大戦後の混乱期に生を受けたものにとっては、人生の前半期になじんできたシステムの根底的な改変に遭遇する年月であった。  国鉄の分割民営化、日…
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初夏の朝

初夏と書いてはたと首を捻った。 調べてみれば立夏は5月5日ごろという。 そして、初夏とはそこから梅雨入りまでの時期。 世の中は10連休とはやし立てている。 今日はその第3日。 もう初夏に入ったといっても許されよう。 仕事を退いてからは、休日といっても、さして格別のことはない。 それでも、身近な生活のあれこれはころを口実…
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「またこむ春とひとはいふ」について

「またこむ春とひとはいふ」について  今年の春、桜を何度も車の中から愛でた。花見の宴を張るひとびとも遠く花の風景に納めて。  市中にある城郭の外周。その昔そこは戦火で焼失した城を鉄筋コンクリートで再建してまだ間もなかった。外堀には戦後焼け出された人々の仮住まいのような小さな住居が貼りついていた。北側の公園の桜はまだ若く、整備されてい…
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日日是好日 重ねられた所作

樹木希林の最後の映画「日日是好日」を観た。 気になることのいくつか。 結局、もととなった森下典子の著書も読んだ。 気になること。 フェリーニの道。 10歳の子どもを伴って家族でこのような映画を観に出かける家族はいかようなものか? 月日を重ねてわかっていくことを、映画と、師匠、武田先生、、それに、茶の所作の数々を重ねて描いてい…
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だいじょうぶ、向こうから一緒に降りよう

地下鉄の駅に隣接する郊外の百貨店。 ちょっとした事務手続きのため奥の事務所に向かう。 子どもが泣いている。 泣いているなと思いながら、声はエスカレーターの反対側から聞こえてくる。 そのまま事務所に向かい簡単な用事を済ませて戻ってくる。 五分ほども経ったろうか。 泣き声はまだ続いている。 エスカレーターを囲む臨時の売り場…
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「1週間の暮らし」について

「1週間の暮らし」について 選んだ後のみちすじを、考える。のちの日々のある1週間は。 当面は一部を切り崩し、残りの仕事を進める。 たくわえの途切れたところで終わりがやってくるだろう。 堀田善衛、スペインから戻り、逗子に落ち着いてのち10年。 大きな仕事机を新調し、ミシェル・ド・モンテーニュの歩みをたどり5年。笈の文箱 を整理し5…
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名古屋隠居道 小学校入学式

 志願したわけではない。順番に回ってくる集合住宅の理事。その中の役割で、あろうことか自治会長になってしまった。町内会長と名付けているところもある。  200万都市を構成する各区。それがさらに小学校の学区に分かれる。  この学区に対応して区政協力委員が配置され、学区内の各自治会と区政のつなぎ役を務める。  小学校の入学式に出席するは…
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踏み入る先

堀田善衛「ミシェル 城館の人」全三巻の終わりまでたどり着いた。 十年前にゴヤを扱った映画を契機に、堀田善衛作家生活前半の仕事をまとめて読んだ。「若き詩人」「ゴヤ」「明月記」。堀田善衛、60代までの仕事。 今回は周辺から描かれた回想記と70代前半の仕事。 ミシェルは堀田善衛、70代前半の仕事である。 彼は取り組んでから10…
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「裏山を金色の光が、あるいは A far nation」について

「裏山を金色の光が、あるいは A far nation」について 昨年、堀田善衛生誕100年、没後20年を刻んだ。 この記事から10年を経て、回想記、晩年の著作に舞い戻る。 城館の人、ボルドー奥の山の館にこもったモンテーニュのミシェル。 カトリックとプロテスタントの諸派、それぞれにつながる富と権力。そのころ、日本は徳川の御世の前。…
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名古屋隠居道 名演小劇場

浅野屋洋食店奥さんのブログでドキュメンタリー映画Yukiguniの上映を知った。 幸いなことにしばらくご無沙汰の名演小劇場でアンコール上映中の様子。 地下鉄東山線、新栄駅を出てまっすぐ西へ。広小路通りの北、錦通り沿いということになるのか。 年寄りには少しきつい階段を数段のぼり、受付を済ますと、まつこと1時間弱。パンフレットを購入し…
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名古屋隠居道 隠居暮らし一年

起床5時半。湯を沸かし、かたわら台所の整理。 昨夜洗っておいた食器を棚や引き出しに納める。 洗った瓶を片付ける傍ら昆布と煮干しのだしを準備する。 併せて乾物類を入れている引き出しを点検、整理。 口を漱いでゆっくりと白湯を飲む。 鉄瓶から湯を移し、鉄瓶の水をきる。 布巾を洗い上げ、干す。 隠居の婆にも仕事はおとずれる。 …
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寝ちゃったのね

夕刻の郊外百貨店。 駐車場から店舗へ入る通路を親子連れがゆく。3-4歳の女の子が先に立ち、女の人が小さい子供を抱え上げ、子どもの上着をかけなおそうとしている。お誕生日前後の男の子。 「寝ちゃったのね」 「気持ちいいのよね」 母親らしい若い女の人がふりかえってにっこりする。 幸せな一日の終わり。
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ただの文士 父堀田善衛のこと を読む

遅まきながら堀田善衛通りを往来。 堀田善衛の仕事場をのぞいている。1949年生まれ。1918年生まれの父の仕事場を背後から眺めている。 小田実が「お嬢」とよび、武田泰淳が「ジュリちゃん」とよぶ堀田善衛の娘。 その娘と父との歩みを年譜にしてみる。 娘の目から。 そして、父の歩みとして。 1951年33歳 広場の孤独で芥川賞。 …
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堀田善衛 「広場の孤独」を読む

堀田善衛をまとめて読んだのは10年ほど前。 昨年は生誕100年、没後20年ということで池澤夏樹ほかによる「堀田善衛を読む」、堀田百合子による「ただの文士 父 堀田善衛のこと」が刊行された。少し重たい、この時期に引き込まれるのはなどとぐずぐずしていて、家人にだけ勧めていたのだけれど、ついにあれこれ読む羽目になった。昨夜は標題の「広場の孤…
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