一週間の食事 秋 (後半)

木曜日 朝 バター珈琲 バター7g ココア小さじ1 めずらしくフレンチトースト タマゴ1 牛乳少々 バゲット一切れ インチオイル少々 木の実少々 昼 KEYOEN 豚ロースのステーキ黒コショウ ポテトサラダ 刻みキャベツ 白米 ほうじ茶 午後 栗羊羹 ほんの少し(厚さ五㎜ほど) 緑茶 夜 ヨーグルト 黒ゴマきな粉 抹茶 ルイボス…
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秋の日々 一週間の食事 (前半)

月曜日   朝 バター珈琲 アーモンド カシューナッツ一粒ずつ バターは8グラム 昼 江月 そば 小天丼 エビ・かぼちゃ・舞茸・シシトウ  午後 内緒でぜんざい 小さな餅二つ 胡瓜1本 夜 干物 味噌汁 納豆 タマゴ 寒天にきな粉とヨーグルト ほんの少し赤ワイン(ほんの少しとは20㏄程度)   **バター珈琲は木次バター150…
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ぼおっとする時間

土曜夜の会議がおわり、ベランダの椅子でひとり時間をすごす。 むかし、 若い人が、何もしないでぼおっとしているんです、 そんなふうにいうことばにずっと心惹かれていた。 思慮深く見えるその若い人の言葉に。 そこには、メロン農家のその父親が仕事に一区切りつけると四万十川につりにでかけるという話が撃ち込まれていた。 河口付近の淵…
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衣類をつくること、売ること、買うこと

アパレルという見慣れないカタカナ言葉が飛び交うようになって久しい。 衣類は大量生産し、消費されるものとなった。いつのまにか。 いまから60年も昔、多くの衣類は母親がやりくりしてつくり、作り直して子どもに着せていた。 大人の仕事服は注文服が多かった。 既製服はまだそれぞれの身体の特徴に合わせるのがむつかしかったし、安価でもなかった…
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久しぶりの家ご飯

思い立って昼ご飯を設えることにした。 とはいってもほとんど作り置きのもの、その他は下準備したもの。 前菜はきゅうりの梅酢つけと鰯の梅干し炊き。 主となる皿にはなす、小松菜、赤玉ねぎの酢漬け、紅生姜、それに赤鶏の胸肉を檸檬塩に漬けたもので6分の蒸し煮。 皿にあらかじめ熱に強いオメガ3のオイルを敷き、盛り付ける。 ご飯は玄米、…
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月日荘に出かける

月日荘、つきひそうというらしい。 日本風の民家、駐車場は一台分だけ、至近の地下鉄駅から歩いて15分とある。老人のおぼつかない足取りでは多分25分。 入場限定の特別なサロンのように思われて、なかなか、出かけられなかった。 その月日荘に行ってきた。 日曜日、外で食事をし、家人を送り届けてから、思い立って。 小さなパン屋の人が、…
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土曜日の朝:火周りの掃除と仕事場

特に決めたわけでもないけれど、何もない土曜日の朝、掃除をする。 今週は台所。 ガスコンロのごとくや内部の受け皿を外して食洗器に入れ、台全体と周り、ステンレスの壁を少し丁寧に拭き掃除。 重曹も使って。 湯を沸かす、野菜を蒸し煮にする、エッグベイカーで目玉焼きをつくる・・ たいした料理もしないが、すこしずつ積み重なったよごれを…
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かくてもあられけるよとあはれに・・・一条という上海発の動画サイト

人の暮らしを眺めるのが楽しい。 住まい、生活の道具、暮らしぶり。 特に探し求めたわけではないのに、いつのまにか視野に入ってきた映像のかずかず。 日本に暮らす欧米出身のガラス職人とその家族。 台湾の山中に展開する図書館のような住居。 中国の大都会に住む若い人々。 日本の由緒ある茶室・如庵とその守り人。 北京や上海の住居や…
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空間に線を引く 彫刻とデッサン展 碧南市藤井達吉現代美術館

9月23日が最終日という展覧会の招待券をもらい受け、早速家人を伴って出かけた。 現地まで車で80分。九重みりんのレストランで昼食をとってから美術館へ。 彫刻とデッサンを併せ、またその両者についての彫刻家の文章を配置。 心惹かれ、図録を求める。 砂澤 ビッキ 舟越 直木 長谷川 さち 舟越 桂 平面へのデッサン…
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ちいさいおうち

 Virginia Lee Burton, 1909 -1968によるThe Little House は1943年に出版され、ちいさいおうちとして1954年に岩波書店から日本語訳が出されている。  子供のころ市が提供する移動図書館が近くの子ども会に定期的にやってきていた。はなのすきなうし、ひゃくまいのきもの、・・・。その一冊がちいさ…
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10年目の浴室掃除

何をしていたのかとあきれる。 たしかに時々外して掃除をするようにという浴槽の側面に細かい字でかかれた案内には初めから気付いていた。 しかし、160センチはあろうかという浴槽を持ち上げてと、案内の細部は読み取れぬまま手を付けかねていた。 檸檬の切れ端に重曹をつけて水回りの掃除をするとよいと言われた。 たまたま檸檬をまとめて調理して…
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昨日のままではいられない

関東地方から台風の被害が伝えられる。 台風の発生から進路予想をWEBの天気予報サイトで追跡していた。 家人の外出予定双方をにらみながら。 小さいし、早く抜けるといっているからと少々見くびっていた。 それが電柱が折れた、送電鉄塔が倒れた、広範囲にわたる停電、断水と次々に生活機能の切断が露になる。 昨日までの生活が今はあたりまえで…
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君子必慎其独也 小人閑居為不善

少年のころ、週に何度もある漢文の時間に、君子のありかたを説かれたが。 あの鑑はいったいどこへ消えたのだろうか。 世の中を跋扈する小人の群れ。 自らその自覚もないままに。 君子はいまの時代、どこかにひっそりと身を隠しているのか。 世の中の動きに雷同せず。
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夏を片付ける

9月最初の土曜日。 寝室から真夏の半そでシャツをとりわけ洗濯機に入れる。 今年の夏は終わり。洗いなおして次の季節のために仕舞う。 念入り洗いのメニューで少し多めに酸素漂白剤を加えて。 所要時間40分余り。 掃除機をかけ、寝具を整え直す。 読みかけの本二冊とノート。 阿波しじらの半袖シャツ2着。 いくつの夏を過ごしたろ…
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台所の幽霊

いつまでも続く残暑の中、一週間は何も進まぬままにすぎる。 金曜日の午後、思い切って冷蔵庫の中の使い残しを整理した。 次から次へと出てくる。 賞味期限を遠い昔に過ぎた食品のかずかず。 料理に使うつもりで一次処理した食材。 その日付も定かではない。 多忙の中、結局は使わず、外食ですませた日々、それらは幽霊のように瓶に詰まっている…
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住まいと暮らしの気配

動画配信のあれこれを検索しているうちに紛れ込んでくる配信元のいくつかがある。 とりあえず、必要ではないけれど、心惹かれる。 山の中の住まい、古い建物の改築、それらを用いた新しい形の宿泊施設、街のなかの当たり前の暮らし、そしてその再構成。 中国、台湾、韓国、日本、アメリカ、上海やソウル、東京、シカゴ、それぞれの国の郊外や山中。 古…
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自分自身への警戒を怠った結果

ある大学院生が修士課程修了課題で作成した映像作品が映画として劇場上映されて話題に上っている。 その人からインタビューを受け、作中に登場している人たちの中にこの公開に異議を唱えているひとびとがいる。 Youtube には、映画の予告編も、第三者による作成者へのインタビューも、批判側の主張も掲載されている。 その、インタビューに応…
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映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 を観る

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 (2017年/アメリカ/英語/205分/カラー/ビスタ/モノラル/原題:Ex Libris – The New York Public Library) 監督・製作・編集・音響:フレデリック・ワイズマン 昨晩遅く、姪から姉を通して連絡があり、それを目にしたのが今日の未明。 上映期…
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佐々木幹郎 2017 中原中也 沈黙の音楽 岩波新書

昨日出かけた街中の書店で見つけた。 刊行は標記のとおり。 約二年前。 生誕110年、没後80年にあわせて準備されたものらしい。 著者について調べてみると、詩人でもあり、明治期以降の詩人諸家の歴史も追いかけている様子。 動画で話をしている様子を映している。 その動画で紹介されているもの 忘れられた詩人の伝記 - …
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映画「グリーンブック」を遅れてみる

近くの映画館でグリーンブックが上映されるのを知ったのはひと月前。 待ちに待って初日一番に飛び込んでみたが、すでに客席はあらかた埋まっていた。 イタリア系移民一家のヤンチャなおとうと教養ある人々の隊列に加わった孤独な黒人音楽家。 1960年代はじめアメリカ南部への演奏旅行行脚。 おとうは読み書きもおぼつかない。小学生のように鉛筆を…
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秋立つ

午前のうちに平飼いの卵をもとめ、その帰路、墓地をめぐる。 おかしなことと思いながら。 盆の墓参には少し早いもののすれ違う車がある。 さらにそのさき、おかしなことと思いながら、明日を最後に長い夏休みに入るというパン屋に立ち寄る。 いつもは塞がっている小さな駐車スペースが空いている。 炎天のお陰。 客のいないのを幸い、冷たいスー…
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John Coleman and Leo B. Hendry, 1999 The Nature of Adole…

白井利明他訳 2003 青年期の本質 ミネルヴァ書房 第1章 イントロダクション 社会の変化 移行の性質 発達的文脈主義 焦点モデル 第2章 身体の発達 第3章 思考と推論 第4章 自己とアイデンティティ  第5章 家族 第6章 青年期のセックスとセクシュアリティ 第7章 青年期の健康 第8章 友情と仲間集団 第9章…
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佐藤豊彦のリュートによるバッハ、シャコンヌ

佐藤豊彦のリュート演奏を聞いたのはもう30年近くも昔だろうか。 スタジオルンデの演奏会でCDを求め、しばらく聞きつめていた。 知人にも押し付け、また新たに求め。 いま手元にあるのは十六世紀と十八世紀の楽曲を納めたもの。 十六世紀のものは、スペインの楽曲。当時、古楽器の復元と、楽曲にまつわる学者のような子細な分析が語られたように記…
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年金さまがとおる

現役を引退して年金生活に入る。 これまで大変だった、これからはゆうゆうと暮らそう。 好きなことを楽しんで。 そのとき、隣にいるひともまたそろそろゆっくりしたいと、好きなことをしていたいはずであるとはおもいもよらず。 さながら、退職後の秘書を得たかのように、自分の都合で振り回す。 俺様の年金でくらしているのであるぞ。 年金…
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いいわねおかあさんにだっこしてもらって

夏もさなか、大きな駐車場を構えた地下鉄駅と商店街。 日陰を求めて車を置き、いきつけのお好み焼き屋に向かう。 前を行く若い母親と子供。 いいわね、おかあさんにだっこしてもらって。 おもわず声をかけると子はちらりとこちらを向いて顔をうずめる。 だっことせがんだのか、速足で歩くのにかかえこまれただけなのか。 母親も笑っている。…
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これいいね、頂戴

人のものをほしがるなんて。 そのように教えられてきた。 幼いころの友人や兄弟姉妹への羨望を恥ずべきことと思いなしておとなになった。 いいわね、これ頂戴と あまりに素直に言われて、どのような表情をしていただろうか。 侮蔑の表情であったのか。 あるいは、あいての気持ちへの迎合であったのか。 振り返ってみれば、それは単なるお…
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ひとりの夏

 長いトンネルをぬけると蝉が鳴いていた。  子供時代を過ごした場所では「いえ」の桎梏がはっきりと見えてくることはなかった。  どこの家族も都会へ出てきた父と母が小さな家産を必死でやりくりしていた。  とりあえずは子どもを教育の力でなんとか独り立ちのできるように育て上げる。  その中で娘を「嫁にやる」というような選択肢が用意さ…
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橋本健二 アンダークラス を読む

正規社員終身雇用制度を棄てどこへ行くのか。 人口構成の変化にどう対応するのか。 年功制給与体制をどうするのか。 20年、40年、60年、80年、100年の見通しで、考えてきましたか。 教育の仕組みは。 そう、問いかけられている。 いつもいつも、精一杯で、それどころではなかったと。 そうやって、掛け違えたボタンを…
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2000年から2020年へ

こんなことはただの遊びにすぎない。 しかし、21世紀もすでに最初の5分の1を過ぎようとしている。 これまで通りではいかぬこの先という気分は多くの人に共有されているとして、そこへ向かう姿勢は人により異なる。 大変な事態だから皆一丸となって。 そのためにはまず、共同の場を持とう。 盆踊り。 輪になって踊ろう。 一斉に。…
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鶴見俊輔 

鶴見俊輔、1997年と十年余り後の肉声。 未来潮流 哲学者・鶴見俊輔が語る 日本人は何を捨ててきたのか 関川夏央 1997.3.15 NHK ETV特集 「 戦後日本 人民の記憶 」 鶴見俊輔 2008年 鶴見俊輔 1922-2015 鶴見和子 1918-2006 すべてを向こう側に追いやってひとくくりにしてきた現…
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涼しい関係

いじめを受けたことによるとされる自殺についての報道がもたらされる。 そして、いつものように、教師の責任、管理者の責任が問われる。 いじめを把握しなかったかどで。 いじめを防がなかったという理由で。 学校の外で起きたことにどう責任をとるのか。 目に見えない関係をどう制御するというのか。 いきおい、学校は、学校外での子ど…
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助けてもらったらいいのよ

平日の昼時 大型ショッピングモール駐車場のエレベータ 乗り合わせるのは杖をついた老夫婦、老婆とその娘、ベビーカーを引いた母親・・・ 見れば少し幅広の車の覆いを下した陰から小さな男の子が見える。 双子なんだ。 周囲に遠慮して譲ろうとする若い母親を、こちらはゆっくりでよいからと先に降ろす。 一人で生きていてさえ大変な世の中、双子…
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苦しいとは言わない

遠いむかしのこと。 あなたは、苦しくても苦しいと言わない。 そんなことを友人に言われたことがある。 そのとき、友人が何を見ていてくれたのか、判然とはしない。 何か問題を抱え、どうしようもなく、あがいていた。 そんなことなのだろう。 手を差し伸べたいと思う。 しかし、どうすることができるだろう。 問題のありかを読取った…
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木童工房のこと

木童工房の関西春樹さんが亡くなられた。それを半年以上も経ってから知った。 高山に年に一度の仕事で通っていたころ、夫人にお世話になった。 無沙汰の詫びをする間もなく。 工房は閉じるという。
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高畑勲

高畑 勲(たかはた いさお、1935年10月29日 - 2018年4月5日) 鬼籍に送られて一年有余。 子だくさんの時代の末子。 おそらくは。 多くの子どもがどのように生きていくのか、その困難の中にいた。 見通しもなく。
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良い子は僕一人

心理学が人の振る舞いの源泉において来たのはながらく、「欲望」であった。 欲望を中心に、関係を組み立てる。 「飯を腹一杯食いたい」 「苦痛を避けたい」 「人を思うままに動かしたい」 「人に勝ちたい」 何よりもそれを肯定し、そこから対立をみきわめる。 僕の欲望を妨げるものはなんだ。 そこから、整理してみること。
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雲の上の人 地を這う人 串刺しにする人

遠いむかしのことだ。 そのころ友人の子どもはまだ小さく、よちよち歩きながら闊達にテニスボールを追う母親の周りにまとわりついていた。 ろくにサーブも打ち返せない当方と伴侶につきあってくれたその午後、ビールを飲みながら歓談し周辺の人物の人物批評に至った。 他のテニスの相手を評して、「雲の上の人だから」というのに、当方も同意した。 揶…
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木の葉みな裏かえる:初夏の山を眺望する

木の葉みな風にそよぎて裏かへるあを山に人の行けるさびしさ 若山牧水 路上 初夏、風にあおられて木の葉が裏返り山が白く見える。木の葉みな裏かえる という言い回しだけがいつもよみがえってきていたのです。 そよぐというような優しい風景ではなく。 記憶はあいまいなものでした。 ただ、たびたび目にした初夏の風景の荒々しさだけが心に残っ…
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1週間の食事 2019年夏

8日間の遠出を終えて1週間経過。 集合住宅の管理組合理事の仕事、留守中の事後処理事項などで毎日が過ぎる。 北側の仕事空間に置いた松材の簡易机は留守中に防虫に浸したホルムアルデヒドが抜けるように扇風機の風をあてておいたけれど、まだまだ不安な状態である。ああ、やっぱり、思い切ってヒノキ材のまっとうなものをえらんでおけばよかった。 さて…
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空中菜園 2019夏

縦横積み上げ長屋の菜園は継続に苦労する。 昨年は大規模修繕の年にあたり、ベランダの植木鉢はすべて片づけ、室内に移動した。 アロエの大きな鉢二つ、ゼラニウムの大きな鉢三つも結局土と植物を分けて処分した。 泣く思いで。 大規模修繕は思いのほか長引き、ようやく年明け、からの植木鉢に残りの土をもどした。 何をするにも手遅れ。しかたなく…
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ヨーロッパから

ポール・二ザン 1905-1940  1926-1927  アデン アルチュール・ランボー 1854-1891   アデンからアビシニア  約半世紀をはさんだ二人の生。 アデンを結び目として。
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200年も昔に

ジェーン・オースティン(Jane Austen 1775年12月16日 - 1817年7月18日)が、小説を書いていたのは200年も昔のことだろう。それを100年ほどもたってから漱石は読んでいただろう。 夏目 漱石(なつめ そうせき、1867年2月9日(慶応3年1月5日) - 1916年(大正5年)12月9日)。その生涯はほとんど10…
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仕事の命

かつて力を注ぎ、まとめあげた仕事。しかし、そのうちの多くは今となっては無駄と思える。仕事をいくつかの山にわけてみる。いま、これこれの障害を持った子供がいて、その子供たちへの対処方法はこれこれだ。それはその時には必要だった仕事だろう。そして、それしかできなかったかもしれない。しかし、それは、いまは異なる視点からとらえなおされる。 たとえ…
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