こころの交差点:木陰の補習教室

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zoom RSS 田辺聖子 花衣ぬぐやまつわる・・・ 

<<   作成日時 : 2017/08/06 08:50   >>

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 昔のブログ記事へのコメントから杉田久女と、田辺聖子によるその評伝を見いだし、取り寄せて開く。
 通読を困難にする息苦しさがあり、何度も中断する。
 俳句に関しては少なくとも子規以来の現代俳句とその結社および新結社形成の動きがある。俳句の結社とそこを拠点とした句誌の刊行、句会と吟行会。いずれも馴染みの無い世界である。
 

 高浜虚子 1874−1953 
  1913ー ホトトギス復帰 

 杉田久女 1890ー1946


 松本清張 1909ー1992 
  菊枕 ーぬい女略歴ー 1963

 田辺聖子 1928−
  花衣ぬぐやまつわる・・・・ 1987

 
 もともと、久女の名前を知ったのは「人形の家」ノラの夫について書いた短文がきっかけだった。

   足袋つぐやノラともならず教師妻 

 田辺聖子による評伝では久女と夫、宇内の確執がえがかれる。しかし上野の美術学校から研究科に進学し、その途中で地方の中学校へ赴任し、そこで職業生活を全うした杉田宇内の姿は妻久女に対比して必ずしも鮮明ではない。



 2007年3月31日づけ 朝日新聞の記事には以下のように書かれている。 

 ・・・名古屋市の歌人、三宅千代さん(89)は愛知県小原村(現豊田市)の宇内宅であった久女の葬儀に参列した。宇内が愛情と尊敬を込めて久女のことを延々と語り続ける姿に「夫婦のあり方を改めて知った気がした」と振り返る。

 

  ・・・従来の杉田久女伝では、宇内は久女に不幸な生涯を送らせた夫として冷たい視線を浴びてきた。だが、本当にそうなのか。例えば、宇内は小倉から小原村に引き揚げる際、久女が書き残したものを一切処分することなく持ち帰った。日記など、宇内にとって必ずしもうれしくないものも含まれていた。

 宇内のこのフェアな行為があったればこそ、長女の石昌子さんの手で、久女の句集が世に出て、それが今なおすばらしい評価を得ている。・・・


        文・大矢雅弘 

 
付記 平塚雷鳥 1886−1971
   
杉田宇内 1884−1962 結婚は1910 宇内26歳 久女20歳

青木繁 1882−1911


 

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内 容 ニックネーム/日時
アメリカ1920年代にフィッツジェラルドとその妻ゼルダのあり。重なる時代に。1896年生まれと1900年生まれ。
木陰
2017/08/07 20:02
少し遅れて 鈴木真砂女あり。1906−2003
木陰
2017/08/07 20:13

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