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日 時 |
台所読書室 または Standing at the edge of something
書棚を入れた。
昨年の夏、姪から撤去要請を受けた際、とりあえず、ダンボールの箱に詰め込み、雑木林の家に運び込んだまま、必要に応じて開け、積み上げ、そこここの床や机の上に無政府状態のまま広がっていた。
この住居には書棚を置く場所はない。寝室には置きたくない。居間にはしかるべき壁がない。結局台所の墨に大容量の初夏を入れることにした。どうせ、大して料理もしないのだ。配送業者が運んできて設置してくれたのがちょうど一週間前。ひとまずあらかたをおさめたものの、カバーを掛けた本を確かめたり、つい中を覗いて...
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2009/11/21 07:54 |
小春日和の日曜日 あるいは anti-nostalgia
昨日、筧忠治の展覧会に出かける。地下鉄と名鉄電車それに名鉄バスを乗り継ぎ、現地についたのが10時半、二階の企画展示室2室の油絵、デッサン、銅版画を見る。自画像中心の人物画、花の画、それに猫、風景。
帰路、歩いて末木に立ち寄る。無理を願って、奥の座敷に案内される。筧展の図録と障子戸にはめられた硝子にゆらゆらとひずんでうつる庭の風景を交互に眺める。
筧忠治の銅版画作品は、いまはなくなった「ほんのみせ まつなみ」にかけられていた。書店の本業そのものが、ほとんど趣味の領域に逸脱していたから、同じよう...
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2009/11/17 02:53 |
月に村雲、地に時雨
中秋の名月を孤独の内に愛で、季節はすでに時雨めいたおしめりと小春日和を思わせる日差しのくり返し。
記事の更新からすでにひとつきを10日ほども過ぎる。
何をしていたのかと人はいうであろう。
別に寝ていたわけではない。
昨日は東京で会議。地域の自治会代表会議の召集もあったが、直前に隣人を拝み倒して代理を頼む。
会議終了、駅への道すがら同席者に声をかけ、ガード下の昭和初期の名残のあるカフェに迷い込む。
昨年の会議は大変だったの。今年は混乱しなくてよかった。
所用で出席しなかった折のありさ...
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2009/10/18 15:27 |
月の季節を待ちながら
旧知の友人に会って戻った夕暮れは満月だった。
歌人の対談集を受け取った。
歌の世界は、見知らぬ世界でもある。
入り口に立てば、その向こうに広大な世界が広がる。
選び取らなかった日々とその向こうに広がったかもしれない時間を想像する。
この間の消息。
8月末の一日、4年生の卒業研究指導。8月の消息を交換し合い、研究の進捗状況について話を聞く。
8月末ぎりぎりに2010年の予定の一部を作成。
9月、資料の整理。週末に愚弟の手術に関わる医者からの説明を聞く。
あける月曜、3年生の専門演...
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2009/09/09 21:38 |
2009年夏
8月も終わった。
何も書かぬうちに新しい時間が重なり、つなぐ糸口を失う。
手紙を受け取り、何か書かねばと思ううち、重いだけが重なり、時間の谷間に迷う。
そんな谷間の迷路にいた若い頃。
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2009/09/01 23:04 |
歯を失う
内田樹氏が一度に10本、歯を抜いた(抜かれた、あるいは抜いてもらった)という。
衝撃を受け、歯が抜ける夢を見た。
彼は私よりも若い。
はずである。
しかしその内田氏の筆鋒がこのところ炸裂している。
下あごの歯を10本も失い、はひはふれなどと話すことが、人をこのように鋭くするのかとこれもまた衝撃を受けた。
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2009/08/21 12:30 |
不思議な世界
知人がある会で例によってマジックを見せた。
トリックとはなにか。
どこかに人々の視線が移る。
その反対の方向に、何かが起きている。
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2009/08/09 06:34 |
老いたるえびのうた
宮沢和文による朗読CDつきの詩華集があり、その中に室生犀星の「老いたるえびのうた」が収録されていた。
この日曜日、高橋悠治のコンサートがあったらしい。
「老いたるえびのうた」
どのようであったのか、私はしらない。
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2009/07/06 20:38 |
ガラスの箱
踏み出せない壁。
その透明な箱の中で歌っている。
その向こうにも、こちらにも、そして上手にも下手にも世界は広がっているのに。
ぴたりと押しとどめる壁に張り付き、歌っている。
熱い歌声がほとばしる先から凍り付いている。
それを遠くから見ている。
そんなの簡単よ。ほら、踏み出してご覧。
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2009/07/02 09:12 |
よい週末を
Bon soiree!
Bon week-end!
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2009/06/28 19:43 |
An Old New Town
学生の実習先を廻るというこの時期の恒例行事が続いている。
実習先は学年が上がるにつれて学生の住居に近づく。
それに合わせてあるいは訪問先の合間合間に、あるいは食事の場所を求めて、近辺を走り回ることになる。
数十年前に作られたニュータウンを走り抜ける。
計画的に作られた街並みに豊かで整った街路樹がほどよい木陰をつくる。
集合住宅も独立住宅も規則正しく並ぶ。
美しい。
醜悪に見える方向も高さも色合いもまちまちな、個別の欲望をそのままに形にしたような街並みと対比してみる。
美しい、が、...
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2009/06/28 04:16 |
ゆとり教育と効率志向のハイブリッド?
頭脳明晰な若い人々ばかりになって、とかくやりにくい。
「無駄なことはしない」
「ポイント」と称する「結論」だけを聞きたがる。
「答え」を聞いたところで力にはならないのに。
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2009/06/20 18:44 |
LOUD VISION
久しぶりに早めに車で帰宅。
途中、Ogni に立ち寄る。
一週間前、この前を通ったのは9時近く。すでに入り口の巻上げ鎧戸があらかた降りていた。
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2009/06/20 06:44 |
ニュースにならないとき
鉄道事故が続く。
そのたびに、あるいはと人々は思うのか、押し黙る。
そして、そのままニュースになることはない。
人口10人当たり23.7人。
2006年のデータ。
100万人あたり237人。
1000万人あたり2370人。
1億人あたり23700人。
自殺が自らに対しての殺害とする。
23700人。
しかし、それはニュースにならない。
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2009/06/12 22:19 |
空中音楽室あるいは退屈しのぎ
帰路求めた夕刊に坂本龍一が最近出したCDアルバムのことが紹介されていた。
Out of noise。
Jacques Attali、Glen Gould を思い出して、散策中、坂本龍一によるGould の選曲アルバムの存在を知る。
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2009/06/06 10:55 |
橋をわたって徳島へ
土曜日から徳島へ出かけた。
関西から出ている高速バスで海を渡る。
このところ休みがない。
洗濯物がたまる。
書類の山が形態解読不可となる。
書きかけのブログ記事が隠れたまま滞留する。
このように土曜日、日曜日がつぶれて、そのまま月曜日の朝になる。
早朝からの仕事に起き出すと、体が重い。
先週はかろうじて月曜日の朝の仕事は片付けたものの、その後の予定をすっかり忘れて倒れこんでしまった。
恐縮して火曜日は早朝から出かけた。
金曜日は第5時限が終わっても事務仕事が残り、夕食に出て一...
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2009/05/31 19:56 |
黒い就活
日曜日、都心へ向かう急行列車に乗った。
座席は埋まっており、ぱらぱらと立っている客がいた。
ドア近くに黒づくめの若い人が立っている。
黒いスーツ、黒いパンプス、黒い書類かばん。
まだ幼さの残るぷっくりとした頬がほんのり桜色である。
ドアと座席の間の小さな空間にもたれかかり、うつらうつらと倒れそうである。
よほど疲れているのか。
そっと手をあて、「ドアが開くからはさまれるといけない・・・」と声をかける。
幼い顔を覗いて、「これから仕事ですか」と問うとうなづく。
仕事についたばかり...
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2009/05/10 20:54 |
卯月の雨
五月五日は雨。
そして五月七日も雨。
月の暦でさえすでに卯月の半ば。
これは卯の花腐しというのであろうか。
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2009/05/08 07:52 |
「こんなものがあったら」について
「こんなものがあったら」について
母が着ていたブラウスが擦り切れてきた。
白地にオレンジ色の濃淡、青の濃淡の細かい講師縞。肌触りの柔らかい生地でごく当たり前のステン・カラー。
代わりの普段着に、丈夫で着心地がよく、洗濯の楽なものをと探した。
探すときに限って、よいものが見つからない。
百貨店を上から下まで探したものの、薄手のひらひらしたもの、金糸銀糸のはいったもの。いずれも、日常着には適さない。
街は「母の日」のサインボードを掲げて売り出しの真っ最中である。
高齢者はもう対象ではな...
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2009/05/04 03:34 |
2009年4月26日
新しい年度が始った。カレンダーを見れば2009年ももはや3分の1近くをこなしてしまった。
通常の期間、「毎週のお仕事」で廻っていくことが少なくなるだけ、この一年の最初の3分の1はあたふたとする。新しい仕事をめぐるやりとり、関わっている仕事の突然の不具合、人々の入れ替わりに伴って積み重なる仕事。
年度の交替に伴って、責任のある仕事をひとつ、少し若い人に代わってもらった。
何年かごとに廻ってくる集合住宅の理事の役割がいやおうなく順番となった。
職場の仕事が二つ減り、ひとつ増えた。
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2009/04/26 06:27 |
蜘蛛の糸
水面に垂らした糸が一点を吊り上げる。
吊り上げられた水面はひたすら天空へと昇りつめる。
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2009/04/19 03:13 |
美女が立ちはだかる
歓迎すべきだろうか。
それともいらだつことだろうか。
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2009/04/16 09:13 |
腕時計を洗濯機で洗う
日曜日、締め切りの仕事をぎりぎりより少し手前で済ませ、ほっとしたのもつかの間、機械の不具合に見舞われた。2年前、パソコンが壊れて、CPUを取り替えてもらった。そのときにハードディスクも換えましょうかというのを断った。今考えれば、あのとき、交換しておけばよかった。月曜日、早朝からの仕事に出るのに、腕時計がない。いや、数日前から、見えなくなってしまった。「いつもの置き場」、外出着のポケット、車の座席、かばんの中、心当たりをさがしていたけれど、見つからない。不便をかこちながら、落ち着かない気持ちをな...
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2009/04/15 06:45 |
狐の饂飩屋
山道のはずれに小さな饂飩屋がある。4人がけのテーブルが3つ、カウンター席3つ。旧街道に開いていた店を街の再開発を機会に移して数年。なじみの客も訪れ、それなりににぎわっていた。それが、このごろ夜、立ち寄ると決まってほかの客がいない。一人で入るときのお決まりでカウンターに座る。仕事中の夫婦と四方山話になる。「あそこの工場も金曜日から休み」「あちらでは木曜日から休み」「仕事をしている日のほうが少ない」「こちらの工場はたたんで田舎へ引き上げた」・・・いつものメニューに替えてこの間はかき揚げうどん、今日...
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2009/04/12 08:05 |
最期の花見
母が施設で怪我をし、念のためといって近くの病院に入った。街外れにあった病院はその昔結核療養所であった。車寄せの周囲、病棟の間、散歩道を満開の桜が埋め尽くしていた。
退院の日、花の影の下をゆるゆるとくぐって病院を出、帰路、近くの公園内を車で周回した。さまざまな桜の花が燃え立つ前の木々の中に密やかに灯りをつける。
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2009/04/12 07:31 |
爪の灯のもとで
陽射しの明るさ、風のおだやかさに誘われて冬物の整理を少し。
結局は使わなかった肩掛け、襟巻き、衣装入れから出したまま眺めただけのセーター。
ひとつひとつ材質を確かめながら。
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2009/04/06 05:32 |
四月のジョーカー
目覚めてみればパソコンを通してお手紙が
「ワタシヤメマス」
なんと子どもじみた・・・
と呟いてみる
仕事をなんと心得る
何人の人間を相手にしている
キミのためにどれだけの人が動いている
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2009/04/01 08:21 |
脳の音を確かめながら
ドイツから帰ってこの方、睡眠のリズムが狂っている。
いつもは9時には眠くなり、夜10時には思い出すことさえない夢の中であるのが、いつまでもランランとしていたり、いったんは眠りについたつもりでも夜11時半、12時に目覚めてしまう。
仕事場の移転以来、山のようになっていた当座の書籍を仕分け、別の小さな山にした。「シゴトトハカンケイナイゾ」の山を枕元に置いた。夜半の気散じに開いたのは岸本佐知子の一冊。小文集だから適当に開いたところを読む。途中で手が離れてパタリとなってしまっても気にしない。また開い...
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2009/03/19 09:05 |
困難が可能性の扉をひらくこともあり、護ることが閉じ込め、限定し、隘路に追い込むこともある
李良枝と丸山真男・・・
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2009/03/03 20:59 |
少年の顔:チェコと日本のドキュメンタリー番組から
続けてチェコと日本のドキュメンタリー番組を見た。
チェコのドキュメンタリー映画作家ヤン・シクル氏と日本の作家城山三郎氏。
ヤン氏は1950年代後半の生まれ。
チェコの市民が撮ってきた映像を発掘し、関係者への丁寧な聞き取りを行い、ドキュメンタリー映画として構成している。
城山三郎氏は1927年に生まれ、2007年に死没。
ドキュメントを素材にした小説を書き続けた。
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2009/03/03 07:36 |
ワイマール、デッサウ、ベルリン
久しぶりにヨーロッパへやってきた。
仕事の隙間の時間にバウハウスのデッサウ館とベルリン資料館を廻った。
2007年にワイマールに宿をとりイエナで開催された学会に通った折ワイマールの最初のバウハウス記念館にも立ち寄ったので、これで、ワイマール、デッサウ、ベルリンというバウハウスの遍歴をそのままの順序で見たことになる。
ベルリンの資料館にはその活動に参加した人々の集合写真があり、それぞれの展開地での施設の復元模型や写真が飾られていた。
東西ベルリンの壁が取り壊され、ドイツが統一され...
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2009/02/28 03:39 |
街の顔
松岡正剛氏がブルーノ・タウトのことを書いている。それを糸口にゲシュマックから数寄という表象へと話が進む。
年末年始、久しぶりに国内に留まっていた。耐え難い街の顔にわが身を晒しながら。はらわたをひっくり返したような看板、これでもかとありったけを並べた店先、それらがいっせいに襲ってきていたたまれなくなる。
こんなとき、自分自身がひどく狷介な人間に思えてきて、さらに不快感が募る。
「ゲシュマックとは「趣向、好み、味、風味」といった意味のドイツ語」だとか。そして数寄。それらを正剛氏はタウトをたどり...
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2009/01/16 19:27 |
年あらたまりて
西暦2009年もすでに4日目になる。
年末年始はさまざまなかかわりのシステムが折り重なり身体と脳髄を核としてコンフリクトを起こす時節である。
田舎の家族・親族にはそのシステムの維持と拡大に向けた力学が働き、仕事の世界ではまたその内部の人間関係と仕事の展開に関わる論理が働く。家庭に身を置く女性たちにはそこを拠点にした夢と欲望との力学が働く。あちこちの関係に身体ひとつ、脳髄ひとつで直面するとき、身はちぎれ、あるいは関係の精力がまるで「食いあわせ」のように身体と脳髄を侵す。
システムを超えるとき...
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2009/01/04 19:41 |
冬の風景
お日様の暦では12月。
クリスマスの季節である。
フランス2では困窮者対象の食料サービスを報じている。
大きな倉庫のような場所に缶詰などの保存食料が並べられ、大きな買い物カートを引いた人々が集まってきて受け取っていた。
冬の季節いっぱい、このサービスが続けられるという。
宗教、非宗教のさまざまな団体が行うホームレスや失業者、低所得者への支援が厳しい競争の対岸にある。
年末、欧州で過ごせば身近に広がる当然の調節機構を東の果ての地では忘れがちになる。
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2008/12/02 07:29 |
霜月朔日
鉛色の空が続く。
調べてみれば旧暦11月1日である。
1昨日も、昨日も、今日も、気がついてみれば窓の外は真っ暗である。
資料やノートを持って次々と訪れる学生の相談相手になる。
相変わらず疲れの沁み込んだ心身が形態を崩している。
火曜日、朝、小さな原稿のための作業、移動の後、提出書類の作成、4年生のための特別演習「現代社会と子ども」。研究室に戻ると卒業研究の指導生が待っている。データを一緒に眺めながら次の作業について相談する。探すべき文献についての情報提供。午後3時から7時過ぎまで、臨時...
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2008/11/28 20:09 |
地と月のダンス
10年以上も前、少し長くフランスに滞在したとき、その地でダンスのフィルムフェスティバルが開かれていた。
そのうちの一つに、SIDA、エイズで亡くなったダンス振付師の生涯と作品を紹介するものがあった。ダンスの振り付けを表すフランス語はchoreographie。図像的なニュアンスがある。
そのままに、そのダンスは動くモザイク模様のように、あるいは輝くダイヤモンドのように、華麗であった。
くるくると回転しながら円弧をつくり、相互に移動しながらアラベスク模様をつくる。
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2008/11/14 20:43 |
銀杏のこぼれる街路あるいは個人という虚構
銀杏の実を拾う。
手袋代わりにポリエチレンの袋を裏向きにして悪臭のする果肉を洗い流す。
塩をまぶして鍋で乾煎りする。
秋深まる頃、フランスに滞在した折、雨の降る暗い午後、この異臭に引かれて、銀杏を見つけたことがあった。
誰も拾おうとはしない。
かの地では銀杏を食する習慣はないらしい。
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2008/11/07 00:00 |
朔日の夜空
神無月の一日。
冬が始まる。
糸のような月が昼間空にあり、それは殆ど目に入らぬ。
陽がおちれば闇夜である。
闇夜に目覚め、10時半からの共同の仕事の準備に手間取り、職場に出て仕上げをする。
いっぽうで、外の仕事に関わるEmailのやり取りに思いのほか時間をとられ、気がつけば元の仕事を忘れている。
次々と人の出入りがあり、会議が3つ続き、部屋に落ち着いてみるとまた闇夜が始まっている。
この季節、かつて、人々は長く暗い夜をどのようにやり過ごしたのであろうか。
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2008/10/29 19:13 |
冬支度
旧暦9月27日、細い月が未明にひっそりと東の空に現われ、人々に気づかれることなく午後、西の山に隠れる。
一昨晩、旧知の人々と夕食を共にする。
それぞれの老いと病の道のりを噛み締めて小ぬか雨の夜空の下で別れる。
昨晩、YOUTUBEを通して「風のガーデン」を観る。
東京、北海道富良野、札幌。
様々な出来事を遠景とする孤独。
映像と音との間の微妙な時差。
近景、遠景の様々な組み合わせ。
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2008/10/25 06:00 |
夏のざわめきのなごり
振り返ってみればこの時期、体調を崩すことが多い。
夏、身体の言い分を聞かずに動き回った報いか。
秋、焦って積み重なった仕事をこなした脳髄がまとまりつかぬまま混乱しているためか。
休息を入れても、身体の芯から疲れの素が滲み出してくるばかりである。
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2008/10/18 06:07 |
よいことは手をつないでやってくる
高田和子の声と絃の響きで部屋を満たして一日が始まる。
朝、仕事に思い切りをつけてあらかた形にし、久しぶりに車で職場へ出かける。
本が届く。
雑事の数々。片付けてみれば、簡単なことに思える。
帰路は大きな月。18日くらいであろうか。
その大きないびつな電球のような光に導かれるように、デザインルームOGNIの前にさしかかる。
いつもは暗く、人気のない店の周りがいつになくにぎやかである。
臨時停車。
横断歩道を渡って近づいてみるとなごやでざいんうぃーく2008の大きなポスター。
ここ...
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2008/10/17 21:16 |
はちみつとクローバー そして高田和子のこと
映画「はちみつとクローバー」を見る。
水をむけると、「見に行った」「見たかった」と若い人々の声が返ってくる。
美大の学生のみずみずしい群像。原作は連載漫画だったらしい。
「のだめカンタービレ」の美大版といったところ。
少し離れて若者を見守る美大の教師たちも、「のだめカンタービレ」のピアノ科の教師、指揮者の姿と呼応する。
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2008/10/15 20:43 |
アートシアター・ギルド 1972
記録によればこの年ATGで公開されたのは以下の11作品である。
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2008/09/01 21:10 |
つくば
その週の後半、つくばにいた。
開通して間もないらしい「つくばエクスプレス」に乗って本を読んでいると、あっけなく到着する。地下から階段を上って行くとバスターミナルがあり、LOFTやLOSONの文字が目に飛び込んでくる。ここから徒歩10分足らずのところにある国際会議場との間を往来した。
主要な建物は箱型である。ガラスを用い、明るく単純化されている。「近代」を彩ったスタイル。カナダの都市に似ていると聞かされたこともある。そして、一昨年訪れたオーストラリアの風景とも似ているように見える。ここは...
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2008/09/01 20:15 |
下り坂の途中で
梅雨をタイトルにしたまま身辺多事に追われるうち、旧暦水無月も終わり近い。昨日は遠方に竜巻かと思われるくっきりとした黒雲が立ち、にわかに木の葉の舞う空模様となった。驟雨の後、夜はその前の晩の熱にもやった室内がうそのように風が通った。今夜は、耳をすませば、秋の虫と思しき声がかすかに届く。暦を調べてみれば、秋立つ日も近い。
身辺多事とは、ほかでもない。長い間仕事場に使っていたアパートを引き払い、新しい場所に移すことにした。夏になっても区切りのつかぬあれこれの仕事の合間に宿替えのためのこまごました...
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2008/07/30 00:19 |
梅雨空の下
東京では新しい地下鉄線が開通したという。当地でも私鉄乗り入れを含む新しい路線が交わる。その一つに乗って木曽川を越えた北の幼稚園に出かけた。地下鉄と私鉄共通のパスで、そのまま同じ駅の中を改札を通りなおさず乗り換えるのは、おなじみの方式ではあるけれど、奇妙でもある。そして郊外のどの地も駅のプラットホームは相変わらずの工事現場のような愛想のなさなのに、駅舎はこぎれいになっている。普通電車しか止まらない無人駅に降りて、15分ほど歩く。
毎年恒例のこの仕事、今年は東美濃地方から西三河地方を廻る。濃尾...
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2008/06/26 17:53 |
リア王の迂闊
自分には無い。
他人さまには有る。
不当だと思う。
たとえば力。
たとえば財産。
その不当な関係を修正する。
そのためのあれこれの謀は正当なものだ。
こころの奥底で、そのように考える人は多分少なからず居る。
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2008/06/03 19:31 |
隘路の先
旧暦卯月も晦日である。
当地ではすでに梅雨入りしたらしい。
まだ10代も半ば、そのころは父が生きていて、娘の入学した高校の呼び出しに応じて出かけてくれた。
戦争の名残がまだそこここにあり、その高等学校の正門脇は廃車・廃物の処理場だった。徳川の城の外堀から正門へ向けてはにわかに道路が狭まり、いずこかの家の庭先に迷い込みそうであった。
「これをアイロというのだ」と父は言い、その時その人が何を思い浮かべていたのか娘は知らない。
物事が立ち行かなくなり、あれこれの対応を迫られる事態になる。
...
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2008/06/03 19:08 |
東へ西へ
気がついてみれば梅雨も間近である。
長い間何も書けなかったのは、あれやこれやの積みあがった仕事がいずれも遅れ気味だからである。
「遊んでいないで、さっさとせい」とどこかから矢が飛んできそうでおそろしい。
憂い気分のあとは心が縮んでいる。
ついでにどの仕事も進まない。
そして、どの仕事にも致命的な誤りが見つかる。
大切に思えるものが視界から消失している。
と、これだけ並べてみると、まだまだ人生に執着があるらしい。
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2008/05/30 07:01 |
しいたけのマリネ
このところ、気持ちが晴朗ではない。どちらかというと沈んでいる。春愁というのか。久しぶりに少し歩いてなじみの店に食事に出かけた。スープと、それに合わせたパスタか何かと注文すると、春ニンジンのポタージュにニンジンの桜の花を浮き実にしたもの、それに山椒の芽、エンドウ、うるい、あれこれ春野菜とあさりを合わせた淡い味わいのパスタを出してくれた。客は一人だけ。店主夫妻とおしゃべりをして、少し元気になって帰宅。
家には昨日の日曜日に思い切って山を買い込んだ椎茸がそのまま残っていた。計画性がないのである。...
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2008/04/14 22:13 |