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こころの交差点:木陰の補習教室
ブログ紹介
冥土のみやげは少ないがよい。
できることならば何も無いがよい。
けっきょく、考えてきたのは、そんなことでした。
あれやこれやの荷物。
あちらこちらに置き散らかしたもの。
形をあたえ、あるべきところにあるがように納めて、旅立っていく。
そんな、さばさばした人生を送ることができたら、望外の幸せ。
皆様のお力をお借りして、少しずつ進んでいるような気がします。
ありがとう、ございます。

なお、お若いかたがたは別室「木陰の補習教室」をご訪問ください。

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タイトル 日 時
脳を観る Images of mind …備忘のために
脳を観る Images of mind 本文 備忘のために記録する。 ...続きを見る

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2017/08/18 18:41
夜半の甘酒
甚だしく調子が悪い。 睡眠をとろうとしても不調で目が覚める。 これは熱中症の症状かもしれないと気づいたのが深夜に及んでから。 一日の暮らしを振り返る。 水分をとらずに6時間ほど。食事も満足にとらずに、つい、仕事に夢中になった。 ...続きを見る

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2017/08/18 02:11
フランス精神医学の流れ ピネルから現代へ
以下備忘のために ...続きを見る

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2017/08/16 09:24
2017年8月の1週間
月曜日  朝、タイマーで淹れたコーヒーをバターコーヒーにして。片付け、掃除。ゆっくりと家を出てクリニックに行く。帰路蕎麦屋にて天丼とそばを。台風の来訪。夕食はヨーグルトときなこ。 ...続きを見る

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2017/08/13 19:42
おそとが見たい
夕刻、食事のために地下鉄に乗る。 郊外につながる中継地から。 ひととおり乗降が終わって、発車を待つひととき。 昇降口の近くのベビーカーを若い母親が動かした。 幼いこどもが頭を巡らし、右手のホームを見ている。 ドアが開いたままのひととき。 ゆるゆるとドアが閉まって、手と身体でむずむずする。 おそとが見えないね。 母親が振り返って微笑む。 ひとしきりむずむずとするうちに発車した列車は隣の駅に到着する。 ほっそりした母親はベビーカーごと両の腕で抱えて降りていった。 さっきの移動は... ...続きを見る

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2017/08/13 03:14
Wallace, 1989 Feminism and sociological theory
Ruth A. Wallace ed.1989 Feminism and sociological theory, SAGE ...続きを見る

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2017/08/09 14:52
日本型「教養」の運命 備忘のために
筒井清忠著 (1995) 日本型「教養」の運命 岩波書店  近代日本 教養主義 修養主義  学歴エリート文化としての  企業経営者文化 修養と教養      春以来続けている書架の整理に併せて。 ...続きを見る

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2017/08/09 12:28
片山廣子 覚え書き
片山廣子 1878-1957 ...続きを見る

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2017/08/08 20:21
2017年(平成29年)秋立つ
 昨日は立秋。  台風5号、あるいは野分とともに一日が過ぎた。 ...続きを見る

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2017/08/08 11:01
  1981年のルソー  1992年のエミール
  1981年夏、ミッテランがフランス大統領選を勝ち抜いたとき、いくつかの小さな政党が、選挙戦で合流していた。ユゲット・ブシャルドー率いるCFDTもそのひとつだった。エコロジストのグループはその傘下にいた。ミッテランの率いる社会党はエリートを輩出するグラン・ゼコールの出身者、官僚の支援の下に、民営化、地方分権化を進めた。それは、・・・・ ...続きを見る

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2017/08/07 08:42
田辺聖子 花衣ぬぐやまつわる・・・ 
 昔のブログ記事へのコメントから杉田久女と、田辺聖子によるその評伝を見いだし、取り寄せて開く。  通読を困難にする息苦しさがあり、何度も中断する。  俳句に関しては少なくとも子規以来の現代俳句とその結社および新結社形成の動きがある。俳句の結社とそこを拠点とした句誌の刊行、句会と吟行会。いずれも馴染みの無い世界である。   ...続きを見る

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2017/08/06 08:50
「そして誰もいなくなった」2014年 について
「そして誰もいなくなった・・・」について 2014年夏からはや3年。 1917年からはや100年。 少年レーモンの夏休みから。 1957年夏から60年。 地方都市の小学校2年生の夏休みから。 そして、慌ただしく人々は、同じところで同じようにじたばたしている。 ...続きを見る

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2017/08/01 06:45
時は過ぎ行く
出版の古い基本図書はインターネットを通じてアマゾンで取り寄せるんだ。 そんな話を聞いたのはもう20年近くも昔だろうか。 まだ、仕事で必要な電子メールをぎこちなく使っていたころ。 インターネットを使ってカード決済なんてとんでもない。 アマゾンの利用者もまだ限られていた。 そのアマゾンが、ビルゲイツのマイクロソフトを凌駕する会社となったという。 新しい時代の担い手として。 百貨店も大手書店も、時代から取り残されつつある。 あるいは、役割が変化しつつある。 ひとりひとりが直接確かめて... ...続きを見る

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2017/07/31 07:23
夏休みの百貨店
夏休みにはいって一週間。 街は夏たけなわ。 戸外に出れば朝から暑気の中をさまようはめになる。 住宅地に近い百貨店の中は、しかしさながら高原の避暑地。 ...続きを見る

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2017/07/30 19:04
未熟な夢
君の夢はなに? こどもは答える。 野球選手。 ピアニスト。 冒険家。 はやく夢を決めて、それに向かって進めと大人たちは、はやし立てる。 幼い日々に憧れたこと、思い描いたこと。 育ち行く筋道の中で形作られていくもの。 迷いつつ見つけ出していく道筋。 新しい時代に投げ出されたこどもたちの形を未熟なままに夢という枠にはめ込んでしまうことにどのような意味があろう。 君たちの行く末は君たちの曲がりくねって悩みに満ちた歩みの先にある。 大人の浅知恵に振り回されるな。 ...続きを見る

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2017/07/23 14:05
右手骨折7ヶ月
 年末に階段手前で転倒。下り階段を避けて、右後ろにひねって手をついたところ金属を叩くような音が体内に響iいた。辛うじて立ち上がって異常に気づいた。職場の医務室で湿布薬を貼ってもらったものの、心配になって行きつけの医院に立ち寄った。  怪我は思ったより重傷で、「立派な骨折です」。ギブスで固定して1ヶ月有余。それから着脱式の固定具に変えて4ヶ月。時々はずして、包帯やゴムのサポーターで1ヶ月ほど。ようやく固まった関節を少しずつ延ばして、リハビリの段階にこぎ着けた。  仕事は休まなかったものの、年末... ...続きを見る

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2017/07/23 08:57
新作ミュージカル タイミング 桶狭間に降る雨
地域の小劇場にかかる舞台の案内がふた月ほどまえに舞い込んだ。 夏至の前後は仕事がたて込むからと踏み出せずにいた。 それを予定のあれこれを繰り合わせて無理に出かけた。 当日券で潜り込んだ会場はほぼ満員。 出演者の関係者も多いのだろうが、大変な盛況である。 桶狭間という織田信長と今川義元の名の下に戦われた場を16世紀と21世紀という2つの時間を串刺しにして、物語は展開する。 若い書き手による物語は生き生きとして、舞台は運動場のようでもある。 そのごちゃごちゃした生気にあふれる雰囲気は4... ...続きを見る

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2017/07/23 08:39
「初めての、そして最後の歌劇」について
「初めての、そして最後の歌劇」を掲載したときからさらに「歌劇」の事情は変化した。友人に教えられて数年前に観た「フィガロの結婚」では、登場人物は現代の衣装をまとい、そのせいか、登場人物のひとりひとりは貴族社会の中ではなく、あたかも今を生きているように見えた。超現実的な空間が18世紀、19世紀の歌劇を今も過去も乗り越えた普遍的なものとして現前する。  メゾソプラノの若い歌い手がイタリアオペラのアリアやストーリー性の深い歌曲集に取り組むのを観る機会があった。日本人の仕草、日本人の身体言語とイタリアの... ...続きを見る

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2017/07/23 08:24
戦線の英雄
若くして戦績をあげ、帰国する。 拍手喝采。 例えば新聞記者からのインタビュー。 次第に国を背負った英雄として立派な発言をするようになる。 顔写真が新聞紙上に踊る。発言のひとつひとつがとりあげられる。 戦い終わって戦線を離れる。 英雄としての実績を買われて地位を与えられる。 日常の仕事の訓練もないままに。 自他の心の裏表、その仕組みにも気づかぬままに。 ...続きを見る

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2017/07/23 07:33
「君子は和して同ぜず」
 既に半世紀も昔のことである。  高等学校の教室で、日直当番の回覧ノートのようなものがあった。  生意気盛りがあれこれと批判めいたことを書いた(のだろう)。詳細は忘れてしまった。  ノートが一巡して帰ってくると、署名入りで「君子和而不同,小人同而不和」とある。書いた当人は貴公子のような端正な顔立ちに物静かな一人。会話を交わしたことはなかった。小人めと名指しで批判されたようなものだった。  その後も論語子と直接話すことは無く、何年も経った後、同窓会名簿の同級生の欄に、姓の変わった本人の名前... ...続きを見る

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2017/07/22 07:30
映画 「この世界の片隅で」を観る
7月中旬、3連休の第一日、映画を観た。 1910年代から1946年始めの広島と呉が舞台。 アニメーション画像にのんの声を載せて。 そこにあるのは両親や、伴侶の両親、その兄弟姉妹の生きた時代。 そしてその人々のほとんどが既に鬼籍にある。 その経験のほとんどを語らぬまま。 ...続きを見る

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2017/07/17 20:24
2017年夏
 朝とはいえすでに真昼のように沸騰した車の中、ラジオのニュースが北海道のあちこちで30度、35度を記録したと伝える。こんなことはなかった。インタビュアーに応えてかの地の町の人々が仰天する。  水涸れのニュースと土砂降り氾濫のニュースが同時に流れる。  ようやくたどり着いた週末、ぐずぐずするうちにはや戸外はギラギラしている。  その中を車を走らせて整形外科に出かける。相客の高齢者とぼそぼそと世間話。帰路に付けばなおのこと暑い。なじみの看護師は「今日は休み?」と問う。「今日は休みだけれど、明日... ...続きを見る

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2017/07/15 10:56
2017年夏至、そして半夏生
夕方、整形外科に通い、夜は自己マッサージ。 ...続きを見る

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2017/06/19 07:15
母の毒
 母は娘の、そして息子の存在自体を無条件に肯定してくれるものとして期待される。  しかし、それが嵩じて、娘や息子に起きた出来事を、たとえば、その克服しがたい不幸を周囲の誰彼に過剰な責任を負わせることで整理し、そのことによって娘や息子を護るよう振る舞うとすると問題はもつれる。 ...続きを見る

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2017/05/16 21:56
2016年暮れる
2016年が間もなく暮れる。 夏目漱石の没後100年と、様々な特集が流れた。 その1916年に生まれた人とその後の100年はいかなるものであったか。 あれこれの不調が重なり、歳をとるとはこのようなことかと改めて思う。 ...続きを見る

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2016/12/25 11:31
そこで何をして遊んでいるの
秋も深まる夕方 家々に通じる通路の脇に小さな子どもが入り込んでいる。 遊んでいるの 通りすがりに声を掛けると若い母親が なかなかお家に帰れなくってと応える こちらを見上げて子どもが戻ってくる もう晩ご飯かな さよなら またね ...続きを見る

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2016/11/19 18:32
晩ご飯美味しく食べてね
帰路を急ぐ。 背後から子どもの声がする。 振り返ると小さな男の子が手を伸ばして母親にだっこをせがんでいる。 もう少しで入り口、そこまでがゆるい上り坂。 ...続きを見る

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2016/10/31 17:22
思い違い
中学校から高等学校へ進学する時、 勉強に追い立てられるのはごめんこうむりたい、 ゆったりと読みたい本を読み、勉強したいことをしていきたい。 一番の進学校と言われたところは避けて通った。 親しい友人たちのほとんどはそちらにいったのに。 高校生になってみると、もくろみははずれていた。 その一番の進学校にいった友人たちは試験は前期2回、後期2回だけ。 あとはやりたいように暮らしているさとのどかなこと。 余裕にあふれていたはずの学校では毎月のように試験が押し寄せ、有名大学のあれこれへの合... ...続きを見る

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2016/10/01 22:41
フランス土産はCD ルイサダ ショパンを弾く
 この夏はフランスへは出かけなかった。整形外科に通い、暑さにうなりながら短い夏をやり過ごした。  新しく取り寄せたCDをおさめるために、棚を整理していくうちに、2年ほど前にフランスから持ち帰ったルイサダのCDが出てきた。たしか、現地の新しい演奏家を紹介する番組で見て求めたものだ。クラシックの有名曲を並べた1枚と、ショパンのマズルカ。  久しぶりに車の中で聞いてみた。トルコ行進曲、エリーゼのために、など通俗曲を並べ、ショパンで売り、そのように扱われている演奏者なのかもしれない。  ルイサダの... ...続きを見る

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2016/09/30 17:10
水をさす
 どうやら、大変なことになっているらしい。  外国発信のニュースでは日本の国家財政の負債は対GDP比でみて、G20諸国のうち、イタリアと並んで最悪の事態であるという。一時は国民の預貯金が十分あるので心配は無いといわれていた。それがどういう論理構造によるのかわからないままに。内心、預貯金はどこかで霧消する、年金もなくなる、その道筋が見えていたような気がするけれど。しかしこちらも状況は激変しつつあるらしい。物価上昇、経済発展といろいろと目標値を定め、事態を打開できると言い募ってきた。それらも、素人... ...続きを見る

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2016/09/02 10:29
 その車造り、よく考えて取り組んでいますか?
 半年に1回の車の点検。製造会社系列の販売店・修理工場に持ち込む。空調設備の清掃も追加で頼んで、新聞や雑誌を読みながら待つ。たかだか1時間ほど。  しばらくすると営業担当の社員が「次の車は?」と話しかけてくる。毎回のことである。最近この製造会社の販売成績はあまりよくないらしい。販売店も盛んに売り立て案内の郵便物を送ってくる。しかし、現在乗っている車にも不満があり、かといって、その他の新しい車にもこころが動かない。  なぜだろうかと考える。確かに「安全」「環境」「経済性」など、こちらから聞けば... ...続きを見る

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2016/08/30 06:21
暮しの手帖 第4世紀 83号 品切れ
 週末に立ち寄る珈琲店で、暮しの手帖の最新号を見た。裾幅の広いはきやすそうなズボン(パンツともいうのか)の作り方が紹介されていた。久しぶりに購入してみようかと本屋に立ち寄ると品切れだという。あちこち廻ってみたがどこにもない。ウェブサイトを探してみると案の定、出版元でも品切れで増刷手配中とのことである。結局、近くの店に頼むことにした。類似誌も出回り、比較的地味な存在となっていた暮しの手帖が、売り切れ続出とは大変なことになっていると少々慌てた。  朝の連続テレビドラマ「ととねえちゃん」が終盤にさし... ...続きを見る

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2016/08/27 20:09
夏の週末
晴れれば酷暑のこの季節、週末も少し仕事があって、職場へと向かった。 朝は恒例となった、バターと生卵を入れて泡立てた飲み物。 木の実と小魚を齧って家を出る。 早朝にも関わらず道は込み合っている。 午前中、同僚と仕事をこなし、提供された弁当をはんぶんだけ分けて食す。 レンコンとひき肉の団子、きんぴら、大根、そして白米のご飯。 真昼に途中買い物に立ち寄りつつ帰宅。 平飼いの卵10個、無農薬の野菜少々、フェアトレードの珈琲、米酢、マグロの水煮缶詰など。 帰宅後、洗濯、料理、片付けを平行し... ...続きを見る

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2016/07/02 17:58
すべてが許されると思うとき
 だれかが自分自身より恵まれた条件を与えられていると思うとき、あるいは自分自身が「不当に」恵まれない状況に置かれていると思うとき、様々な不正さえもその自分には許された権利だと思えてしまうのだろうか。  それが都知事であれ、少ない椅子を奪い合う雇われ職人であれ。  舞台は戦況悪化の小国、都心の商社本店。戦況下、会社の仕事は行き詰る。いっぽう、生活に逼迫した役員の親族が女子社員の少ない椅子を求める。椅子を明け渡すのは末席に座る二人のうち一人。ある事件をきっかけにこの決定はあっけなく下される。勤務... ...続きを見る

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2016/06/14 19:13
こころほぐれるとき
 長い間、記事を書き継ぐことができなかった。  タイトルだけ起こしてそのままになったもの、U−3行書き次いであとが続かなかったもの。  身体の調子が思わしくないこともある。  どこが悪いというほどではなくとも、一日の疲れをいやすためのあれこれにこころを砕き、そのほかの時間は残されていない。  その毎日にも、ほっとするひとつふたつの出来事はあるのだが。  街の郊外につながるターミナル駅近くの集合住宅。便利さを求めて人々が集まる。敷地内の駐車場へ遅れてたどり着く若い人がいる。ベビーカーとい... ...続きを見る

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2016/06/13 06:59
父の庭のクレマチス
 書店の店先に平積みにされた雑誌にクレマチス特集の文字が見えた。園芸放送のテキスト。  鉄線という和名でなく、この外来種の名前とともに、生家では長く深い紫と繊細な蔓の植物を愛でていた。 ...続きを見る

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2016/04/26 17:49
うしろめたさが蛇の道へとみちびく
おなかがすいてふらふらだった。 そのとき、棚から牡丹餅をくらったとする。 そっと周りを見回しても、落ちてきたのはわが身の下だけである。 みつかれば、なぜおまえが牡丹餅を食べるのだと責められるにちがいない。 ...続きを見る

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2016/03/16 18:14
リア王の憂鬱
憂いに満ちた王よ あなたの気持ちを引き立てたのはなんであったろう とおい昔に身罷った母の優しい言葉、はげまし あなたは強い子 あなたは正しい ...続きを見る

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2016/03/16 18:06
旅立ちの置き土産
老いた人がいる。 すでに人生の残り少ない日々を数えている。 仕事だけの生涯だった。 残りの日々で知り合った若い、しかし婚期を過ぎた女性と旅をする。 車とガイドを頼み、初めての土地を廻り、食事をともにし、美しい景色を背景に写真に収める。 ...続きを見る

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2016/03/13 18:09
2011年6月
最後の食事 > ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0 あのことがあってから、食事の度にこれが最後かもしれぬと思うようになった。 薄紙をはがすように、見えてくる事態。 しかし、それはことの発端となった、3ヶ月前のあの日からわかっていたようにも思う。 圧力容器の破損、そして格納容器の損傷。 冷却されているはずだった莫大な量の使用済み核燃料。 受容しがたい事態の進展。 海ばかりでなく地中にもれ出た核燃料がどのようになるか。 地下水脈は、そして地層の構造は。 ... ...続きを見る

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2016/03/13 16:16
2011年4月
春の風にのって > ...続きを見る

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2016/03/13 11:12
2011年2月から3月
以下に再掲する。 ...続きを見る

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2016/03/13 11:04
タングルウッドと小沢征爾音楽塾
小沢征爾が率いる若い人たちのオペラコンサートが当地で開かれ、同僚が出かけたという。 タングルウッド音楽祭とそこでの研修会を連想したが、その同僚はサイトウキネンオーケストラの方が原型ではないかという。 口をついてでたのがタヴィストックという、似て非なる名前だったのはご愛嬌。 改めて、タングルウッドのことを調べた。 ...続きを見る

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2016/03/06 07:47
日々のことば(1) 奇しくも 
キシクモ 土曜日の昼、聞くともなく聞いていた放送。 突然、この言葉が耳に障った。 奇しくも(クシクモ)のことではないかと疑う。 しかし、発した人はわが国の超有力大学の先生である。 こちらがまちがっていたかと辞書で調べるものの、いいや、たしかにクシクモとある。 思いついて確かめると、クスシ=奇し もある。 ...続きを見る

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2016/03/05 20:57
リモンチェロでカクテル
東京の有名カクテルバーの話を聞いて、就職1年生のころ、職場の老先生が見せてくれた見事な手さばきを思い出した。 台所の棚を探ってみると、しばらく使っていないリモンチェロが見つかった。 シークワーサーと氷、それに生姜の蜂蜜漬け。 まとめてステンレスの水筒に入れあの8の字の回転をかけてガチャガチャ。 どんなもんだい。 小さなグラスに注いでできあがり。 いつもは紅茶を入れている350ccの小さな水筒がシェーカーに早変わり。 ...続きを見る

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2016/02/27 19:33
一歩一歩、薄暗がりに踏み込む
山間の渓流にかかった橋の上で、「若い人たちはよいですね。私たち年寄は、一日一日うす暗がりに入っていくようで・・・・」 そんな言葉を聞かされたのはもう40年以上も昔のことでしょうか。 そのとき、その女の人は今の私よりもう少し若かったような気がします。 遠い未来のことのように思われた道のりの向こう。 しかし、振り返ってみれば30代には30代の、40代には40代の、そして50代には50代の、さらに60代にも70代にもそれぞれの峠があり、その峠を越すことなく身罷った人々がありました。 鼻から先... ...続きを見る

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2016/02/17 15:27
弧冬
須賀敦子がコルシア書店で過ごした30代の日々を本にまとめたのは60代になってからだった。 彼女が帰ってきた日本ではすでに「関係性」重視の言説が騒がしかった。 ...続きを見る

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2015/12/15 18:12
be trampled or step aside
遠い昔のことだ。 議論に議論を繰り返していて、ある同意に達する。 しかし、同席した一人が、翌日には理由無くその同意を覆す。 まるで、そこにいないだれかに指示されてきたかのように。 理由は言えない。 自分自身で考えて得た結論ではないからだ。 力を持つ判断というものがあるとして、それは議論を尽くして得られ、共有されるものではなく、ここにはないどこかにあり、そこへの距離によって分け与えられるものであるらしい。 このことがどこかで確かめられ、突然、面前の相手は踏みつけにして構わないと思いな... ...続きを見る

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2015/11/17 20:51
幽霊の正体見たり枯れ尾花
人々は何を恐れているのだろうか。 その昔、本気で革命をおこそうとしている人々が少なからず存在し、あるいはその存在が人々に信じられていたとき、その組織の正体を明らかにすべく、別件で、あるいはとるにたらない罪状で捕らえた人を拷問にかけ、死に至らしめたり、あるいは転向を強いたりしたと人々は伝える。 今を生きる人々が、本気で革命を企て、その企てとそれを実現する組織とが明らかにならないように情報統制と組織防衛を徹底しているというのだろうか。 ...続きを見る

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2015/11/15 18:16
最後の抵抗
 今の世の中、たくさんの迷路を準備することでしか、怒涛の流れを食い止められないのかもしれないと、そのように思うのです。  人々の発想がぬかるみのなかの轍にはまっていくように、いくぞいくぞと除けたい方向へ導かれていく。  水か流れる別のでこぼこ、いくつもの絡まる水路を拓き、わだちへと進む道筋を変えていかねばならない。 ...続きを見る

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2015/11/11 15:02

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