|
親が子どもを痛めつける、ときには死へと導く。 その親自身が子ども時代に虐待を受けていた。 このような虐待の世代間伝達、虐待連鎖に関する根強い信仰がある。 この議論に執拗にこだわる人に、その正しさを確かめることの困難、その論への懐疑を提示すると、ほとんど泣かんばかりに抗う。そんな場面をいくつも見てきた。 私は初め、あまりの反応の激しさに、その人が、自身、苛酷な経験を抱えているのだろうかと訝った。 しかし、慎重に時間をかけて観察しても、そのような懼れは形になってくることはない。 ある日、はたとある考えに行き当たった。 彼らは自分自身を納得させようとしているのではないか。 「自分は虐待をするような素因は持っていない。虐待をするのは特別の履歴を持った、あちら側の人である」と。 「私は優しい」。「私は暴力的ではない」。「私は正しい」。 残酷な偏見の芽を指摘されたと彼らは感じ取るのだろうか。 |
| << 前記事(2008/02/12) | トップへ | 後記事(2008/03/07)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/02/12) | トップへ | 後記事(2008/03/07)>> |