テーマ:こども

かわいいショルダーバッグとお出かけ

昼前、百貨店で、家人と待ち合わせ。 隣接する駐車場のエレベータで待ち受けて同乗してもらった母親らしい女の人と小さな女の子。 こんにちは。 お母さんと一緒でいいわね。 今日はいいことあるかな。 まあ、かわいいバッグを持っているのね。 ようやく少しうれしそう。 下りエレベータで先に降りていく子供にさようならをする。 2階…
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いいわねおかあさんにだっこしてもらって

夏もさなか、大きな駐車場を構えた地下鉄駅と商店街。 日陰を求めて車を置き、いきつけのお好み焼き屋に向かう。 前を行く若い母親と子供。 いいわね、おかあさんにだっこしてもらって。 おもわず声をかけると子はちらりとこちらを向いて顔をうずめる。 だっことせがんだのか、速足で歩くのにかかえこまれただけなのか。 母親も笑っている。…
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涼しい関係

いじめを受けたことによるとされる自殺についての報道がもたらされる。 そして、いつものように、教師の責任、管理者の責任が問われる。 いじめを把握しなかったかどで。 いじめを防がなかったという理由で。 学校の外で起きたことにどう責任をとるのか。 目に見えない関係をどう制御するというのか。 いきおい、学校は、学校外での子ど…
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助けてもらったらいいのよ

平日の昼時 大型ショッピングモール駐車場のエレベータ 乗り合わせるのは杖をついた老夫婦、老婆とその娘、ベビーカーを引いた母親・・・ 見れば少し幅広の車の覆いを下した陰から小さな男の子が見える。 双子なんだ。 周囲に遠慮して譲ろうとする若い母親を、こちらはゆっくりでよいからと先に降ろす。 一人で生きていてさえ大変な世の中、双子…
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良い子は僕一人

心理学が人の振る舞いの源泉において来たのはながらく、「欲望」であった。 欲望を中心に、関係を組み立てる。 「飯を腹一杯食いたい」 「苦痛を避けたい」 「人を思うままに動かしたい」 「人に勝ちたい」 何よりもそれを肯定し、そこから対立をみきわめる。 僕の欲望を妨げるものはなんだ。 そこから、整理してみること。
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LA MELODIE  あるいはオーケストラ・クラス

家人の留守、久しぶりに映画を見る。 La Melodie パリが舞台のフランス映画。監督は名前からして東方の出自を持つ人か。 パリの他民族構成の学校でのオーケストラ・クラスのバイオリン指導の格闘。 ブルターニュ出身の母、アルジェリア出身の父。息子は成人し、バイオリン奏者としての成功の手前で足踏みをしている。惑いつつ引き受けた役…
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だいじょうぶ、向こうから一緒に降りよう

地下鉄の駅に隣接する郊外の百貨店。 ちょっとした事務手続きのため奥の事務所に向かう。 子どもが泣いている。 泣いているなと思いながら、声はエスカレーターの反対側から聞こえてくる。 そのまま事務所に向かい簡単な用事を済ませて戻ってくる。 五分ほども経ったろうか。 泣き声はまだ続いている。 エスカレーターを囲む臨時の売り場…
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寝ちゃったのね

夕刻の郊外百貨店。 駐車場から店舗へ入る通路を親子連れがゆく。3-4歳の女の子が先に立ち、女の人が小さい子供を抱え上げ、子どもの上着をかけなおそうとしている。お誕生日前後の男の子。 「寝ちゃったのね」 「気持ちいいのよね」 母親らしい若い女の人がふりかえってにっこりする。 幸せな一日の終わり。
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おそとが見たい

夕刻、食事のために地下鉄に乗る。 郊外につながる中継地から。 ひととおり乗降が終わって、発車を待つひととき。 昇降口の近くのベビーカーを若い母親が動かした。 幼いこどもが頭を巡らし、右手のホームを見ている。 ドアが開いたままのひととき。 ゆるゆるとドアが閉まって、手と身体でむずむずする。 おそとが見えないね。 母親が振り…
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夏休みの百貨店

夏休みにはいって一週間。 街は夏たけなわ。 戸外に出れば朝から暑気の中をさまようはめになる。 住宅地に近い百貨店の中は、しかしさながら高原の避暑地。 日曜日のうちに整える、小さな用事があり、その百貨店で一仕事。 荷物の整理をしようと入り口案内所近くの片隅で一息入れる。 と、隣の椅子に小さなこどもが二人腰掛けている。 万…
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未熟な夢

君の夢はなに? こどもは答える。 野球選手。 ピアニスト。 冒険家。 はやく夢を決めて、それに向かって進めと大人たちは、はやし立てる。 幼い日々に憧れたこと、思い描いたこと。 育ち行く筋道の中で形作られていくもの。 迷いつつ見つけ出していく道筋。 新しい時代に投げ出されたこどもたちの形を未熟なままに夢という枠にはめ込ん…
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そこで何をして遊んでいるの

秋も深まる夕方 家々に通じる通路の脇に小さな子どもが入り込んでいる。 遊んでいるの 通りすがりに声を掛けると若い母親が なかなかお家に帰れなくってと応える こちらを見上げて子どもが戻ってくる もう晩ご飯かな さよなら またね
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晩ご飯美味しく食べてね

帰路を急ぐ。 背後から子どもの声がする。 振り返ると小さな男の子が手を伸ばして母親にだっこをせがんでいる。 もう少しで入り口、そこまでがゆるい上り坂。 おばちゃんもがんばって歩いてるのよ。 ほらね。 気が紛れたのか子どもも歩く。 おばちゃん、おうちにきて。 おうちであそぼ。 若い母親の手をとりながら二人…
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こころほぐれるとき

 長い間、記事を書き継ぐことができなかった。  タイトルだけ起こしてそのままになったもの、Ⅱ-3行書き次いであとが続かなかったもの。  身体の調子が思わしくないこともある。  どこが悪いというほどではなくとも、一日の疲れをいやすためのあれこれにこころを砕き、そのほかの時間は残されていない。  その毎日にも、ほっとするひとつふたつ…
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羽仁進 「不良少年」と「午前中の時間割」

学生時代、学内の映画研究会、通称映研が活発に上映会を開いていた。その主力メンバーは後に学外に上映団体を作り、大きな興行成績を見込めない作品の上映会を続けた。羽仁進による「不良少年」はまだ入学して間もない時期の春の大学祭の連続上映の一部であった。不良少年は1961年公開、午前中の時間割は1972年公開されている。寺山修司と組んで作成した初…
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初恋地獄篇の羽仁未央

 1960年代の終わり、高等学校を卒業したばかりの春だったろうか。  禁18歳未満という映画を初めて見た。  それが羽仁進と寺山修司の初恋地獄篇だった。  多分、東京の小劇場でしか見られないような映像をそれは見せてくれていたはずである。  その中に、両頬の丸い小さな女の子が墓地の中で主人公と何度が出会う場面があった。  その女…
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朝 小学校の正門で

 寒い。普段であれば早朝に抜ける道を、1時間ほど遅れて通過した。国道から左折してゆるゆると坂を下る。人気のないはずのあたりがざわざわとしている。「えがおであいさつ」と黒々と書かれた白いたすきと幟が目に入る。小学校の低学年かと思われる子どもたちが硬い表情で並んでいる。登校してくる子どもたちを迎えているのであろうか、学校の正門前らしい。 …
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だれがこどもの教育を支援するか

トルコでのヨーロッパ青年学会第3日目のシンポジウム フィンランド、ドイツ、イギリスの教育と職業選択の道筋が比較される。フィンランド、ドイツについての報告は以下の予定。 JIL 下村英雄氏の論文への意見論文を、一年前にまとめた機縁もあり、関連研究に引き寄せられる。 FAMILY RESOURCES AND ADOLE…
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動くのよ、止まっていたら死んでしまったのと同じ

娘の父親と別居することを決めた母は、娘に言う。 娘は変化を望まない。 小さかったときの家族の関係へと引き戻そうとする。 日本語字幕では「変わるのよ」と母は言うことになっているのだが、流れてくるフランス語は"devient"そして"bouge!"。 動詞devnir とbouger が使われている。devnirは前の状態から次の状態…
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春の宵に

横断歩道で信号の変わるのを待つ。 小さな子どもを肩車にした母親が、もう一人の子どもの手を引く。 これはどうしたの? 子どものズボンをひっぱって、中を確かめる。 パンツははいたの? ううん。 自分で替えるの? うん。 信号が変わる。 閉店間際の店に急ぐ。 後ろで声がする。 おばあちゃん、速い。 そうね、…
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灰色の月あるいは1945年秋 志賀直哉

朝一番の仕事があった。 準備を兼ねて早朝に出た。 すでに通勤客で混雑の始まった列車を乗り継ぐ。 中央駅から半島へ向かう郊外通勤列車に乗り込む。ばらばらと人は乗り、乗り込んだ客の多くは通路に立つ。 乗換駅の売店で手にした新聞を扉近くに立って開く。 大方は読んでも詮無い記事ばかりである。 現在、われわれはいったいどこにいるのか。…
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黒いランドセル

休みをとって今日が日限の無粋な家事をした。 風もなく明るい。 午後はいつになくのんびりした気分になり、テレビを見た。 さる作家の娘が出ている。 子供時代の話が続く。 家で仕事をする父の傘のもと母も子供たちもおびえて暮らしている。 ある日、帰宅すると父が呼ぶ。 志賀直哉先生から入学祝が届いた。 大きな箱を開くと黒いランドセ…
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少年の顔:チェコと日本のドキュメンタリー番組から

 続けてチェコと日本のドキュメンタリー番組を見た。  チェコのドキュメンタリー映画作家ヤン・シクル氏と日本の作家城山三郎氏。  ヤン氏は1950年代後半の生まれ。  チェコの市民が撮ってきた映像を発掘し、関係者への丁寧な聞き取りを行い、ドキュメンタリー映画として構成している。  城山三郎氏は1927年に生まれ、2007年に死没。…
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「わたしはそんなことはしない」

 親が子どもを痛めつける、ときには死へと導く。  その親自身が子ども時代に虐待を受けていた。  このような虐待の世代間伝達、虐待連鎖に関する根強い信仰がある。  この議論に執拗にこだわる人に、その正しさを確かめることの困難、その論への懐疑を提示すると、ほとんど泣かんばかりに抗う。そんな場面をいくつも見てきた。  私は初め、あまり…
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「熊本子どもの本の研究会」のこと

「熊本子どもの本の研究会」については、先のページに書いておいた。 その研究会の活動を、WEB上で調べていて、遠い昔の「どんぐり子ども会」のことを思い出した。「どんぐり子ども会」については、「授業の記憶」シリーズのどこかに書いておいた。 昭和30年代の初め、名古屋市の東の丘、新しく開発されつつあった住宅地に、のちに「劇団うりんこ」…
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小話ふたつ

その一  月曜日朝の仕事を終え、街中で食事をとったあと、文房具やちょっとした小物を探しに出た。  「あ、ごめんなさい」  「ぶつかっちゃった」  二人連れの若い女の子の声が恐縮している。  振り返ってみると老いにはまだ少し間のある男の人。  渋い声で 「しあわせでした」のひとこと。  近すぎず、離れすぎ…
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遠ざかる風景: 井上陽水( Yosui )の「少年時代」

 1999年にリリースされた井上陽水ゴールデン・ベスト・アルバム最初の曲は「少年時代」である。  この曲がつくられたのはおそらく1990年代の初め。陽水、初老(42歳)のころ。遠景に退いた少年時代が激情や諧謔をそぎ落とし美しく歌われる。もとより当時、同時代の音楽に縁のなかった身に、記憶が残るわけもない。しかし聞けば、この曲は義務教育の…
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少年よ

少年よ チチハハを乗り越えていけ チチの愛を求めてはならない ハハの過誤を背負ってはならない ここを旅立ち 遠い地から振り返るそのときまで 少年よ チチハハを乗り越えていけ ハハのぬくもりを求めてはいけない チチの許しを願ってはならない ただひたすらに 君の道を歩いていけ いま、答えの出せぬことは秘密の箱…
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夢見る時間

子どもが親の腕の中でゆらゆらしている。 目を閉じて。 どこの世界にいるのか。 何を夢見ているのか。 はっと目覚めて恐ろしさに泣く。 醒めた幸いだろうか。 それとも・・・ 茣蓙の上の夏の日の午睡。 秋、傾き差し込むやはらかな日差しが届く先の短い眠り。 開いた本の上に突っ伏し、頬に感じる暖かさに甘える怠惰な冬。 幼い…
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