テーマ:教育

「団塊現象そしてNODAME」について

「団塊現象そしてNODAME」について 12年近く前、団塊の世代が60歳代になると段階現象の世界的広がりについて書いた。そして、今は、70歳代に突入している。 音楽も、スポーツも、若い人々が空間移動を重ね、技を競い合う。
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名古屋隠居道 小学校入学式

 志願したわけではない。順番に回ってくる集合住宅の理事。その中の役割で、あろうことか自治会長になってしまった。町内会長と名付けているところもある。  200万都市を構成する各区。それがさらに小学校の学区に分かれる。  この学区に対応して区政協力委員が配置され、学区内の各自治会と区政のつなぎ役を務める。  小学校の入学式に出席するは…
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「裏山を金色の光が、あるいは A far nation」について

「裏山を金色の光が、あるいは A far nation」について 昨年、堀田善衛生誕100年、没後20年を刻んだ。 この記事から10年を経て、回想記、晩年の著作に舞い戻る。 城館の人、ボルドー奥の山の館にこもったモンテーニュのミシェル。 カトリックとプロテスタントの諸派、それぞれにつながる富と権力。そのころ、日本は徳川の御世の前。…
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校外学習は何のために計画されたのか?

小学校1年生の男の子が亡くなった。 7月、夏休みを目前にした陽光厳しい昼、集団で徒歩千メートルほどの公園へ移動し、そこの遊具などを利用して時間を過ごし、学校へ戻ってのちに。 校長は「判断を誤った。 しかし毎年行っている年中行事なので」と説明したという。 しかし、だとすれば、厳しい暑さか、そうでなければ梅雨の名残のこの時期になぜこの…
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最後の抵抗

 今の世の中、たくさんの迷路を準備することでしか、怒涛の流れを食い止められないのかもしれないと、そのように思うのです。  人々の発想がぬかるみのなかの轍にはまっていくように、いくぞいくぞと除けたい方向へ導かれていく。  水か流れる別のでこぼこ、いくつもの絡まる水路を拓き、わだちへと進む道筋を変えていかねばならない。  鶴見俊輔…
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Maresuke Nogui

年譜によれば乃木希典(1849-1912)は1886年、37歳に至ってはじめてドイツに留学したとある。 幕藩体制下の江戸に生まれ、10歳を前に長府に移り、長府藩報国隊奇兵隊と合流して幕府軍との戦に身を投じたのが1865年、16歳。少し前の世代の人々の代表的な人々が立場を問わず、近代合理的学問と西洋の制度についての関心を持ち、研鑽の場を…
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だれがこどもの教育を支援するか

トルコでのヨーロッパ青年学会第3日目のシンポジウム フィンランド、ドイツ、イギリスの教育と職業選択の道筋が比較される。フィンランド、ドイツについての報告は以下の予定。 JIL 下村英雄氏の論文への意見論文を、一年前にまとめた機縁もあり、関連研究に引き寄せられる。 FAMILY RESOURCES AND ADOLE…
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裏山を金色の光が、あるいは A far nation

午後の光のなか、金色のかけらがちらちらと波立ち、消えていく。 ざわめきも、いつかは沈んでいくのかも知れぬ。 ゴヤを扱った映画を見たのが迷宮の入り口だった。 記憶をたどり、堀田善衛に行き着いたのが秋の初めであったか。 方丈記私記、定家明月記私抄、上海にて と読み継ぎ、自伝的小説、若き日の詩人たちの肖像に至る。 堀田善衛1918年…
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台所読書室 または Standing at the edge of something

書棚を入れた。 昨年の夏、姪から以前仕事場に使っていたアパートの明け渡し要請を受けた際、とりあえず、ダンボールの箱に詰め込み、雑木林の家に運び込んだまま、必要に応じて開け、積み上げ、そこここの床や机の上に無政府状態のまま広がっていた、仕事の周辺に位置する書籍のあれこれ。 この住居には書棚を置く場所はない。本に埋まって窒息する夢をみる…
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ゆとり教育と効率志向のハイブリッド?

頭脳明晰な若い人々ばかりになって、とかくやりにくい。 「無駄なことはしない」 「ポイント」と称する「結論」だけを聞きたがる。 「答え」を聞いたところで力にはならないのに。 頭脳明晰な若い教師は教科書を丸写しにして穴あき部分をつくり、「さあ、きみたち、ここに入るのは何かな」 なるほど「わかる」授業だ。 ゆとり教育と言っ…
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困難が可能性の扉をひらくこともあり、護ることが閉じ込め、限定し、隘路に追い込むこともある

李良枝と丸山真男・・・ << 作成日時 : 2007/10/11 03:22 >>  再録 秋には秋の日々のあわただしさがあり、そのただ中で丸山真男についての小さな本と、李良枝の小説集を読んだ。 22/3/1914-15/8/1996  丸山真男の生涯は、個人的には父親の生…
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「広い砂浜でほんのひとかけらのさくら貝をひろったような」

もう40年も昔、「ヤマテイ」とかいう英文解釈の受験参考書があり、それが高等学校の英語のサブテキストだった。授業でとりあげられることはなく、ただ、範囲を決めて、定期的に試験があった。数行の英文を、読み解く。それも、哲学や思想のジャンルから、小説の一節。まるで、パズルを解くように難渋し、とんでもない読み方をした。 今ならば、ひとつひと…
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ドレス・コード

メルボルンのゲスト・ハウス 一泊・朝食付き6000円の安宿である。 日本風にいって1階の奥に食堂があった。 「ドレス・コード シャツおよび靴着用のこと」 「食器はカウンターへ片付けること」 少し取り澄ました金色の札に活字で書かれていた。 それらが、目に立つところ何箇所かに掲げられている。 試行錯誤のすえのガイドラインだろう…
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行きつ戻りつ迷い道 覚書き

学生時代、大学に入って2年間は「教養課程」といった。 旧制高校をモデルにしたものだったろう。 新制高等学校の教育内容とかわりがない、学生がやる気をなくすといろいろ取りざたされた。 やがて、あちこちで教養部解体の動きが起きた。 そのうちシェイクスピアも知らない、数学の基礎がわからない。 あれこれと騒がれるようになった。 偉い先…
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21世紀のエミールへ

3ヶ月ほど前から、このタイトルで記事を書こうとして、そのままになっていた。 胸に浮かんだフレーズのいくつかは、脇に置き、昨日観た映画の話。 フォード監督の「わが谷は緑なりき」 イギリス・ウェールズの炭鉱町の一家。炭鉱の繁栄と衰退。教会、牧師、そして、炭鉱主。 なかでも、「父」と「母」。19世紀末から20世紀初めにかけて。石炭の時…
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「授業」の記憶 集成

 昨年2月から8月まで18回を数えましたシリーズ記事 「授業」の記憶、このあたりで、一度まとめておきます。暇をみては、書き足すつもりでおりますが、とりあえずは元の記事のまま。  「授業」と括弧つきでタイトルをつけたのは「抵抗」でしょうか、「あがき」でしょうか。   いささか不真面目に見えるかもしれぬ、「授業」論、お許しを。  真面…
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しもやけがひびわれて

小学校もまだ初めのころ、しもやけがひび割れてみるも無残な手になった。あかぎれがふかくひびわれ、出血した。放課後の掃除当番で、雑巾がけをする。泥水の中へ手を入れて雑巾をすすぎ、絞る。 ますますひどくなる傷口をみて様子を察した母が、まだ生まれて間もない弟を背中に、学校まで来て担任の先生に話してくれた。 それから、雑巾がけは冬の間免除され…
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サルの世界の話

もう、ずいぶん前の話だ。 タモリが進行役を務める動物の生態の番組があった。 サル、ネコ、キリン、あれこれ・・・ そのときのテーマはサルのけんか。 メスザルに言い寄った?ワカイノが、ボスサルにガツンとやられる。 すると、そのワカイノがアッチの方を指差して? 「悪いのはアイツなんですよ」 とやる。 するとボスザルは、…
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未明から仕事

3時半に目覚めてみれば、早朝はさすがに涼しい。 少しあせらなければならない仕事。 頭痛はほぼおさまっている。 昨日届いていたブルーベリーの錠剤を飲んで仕事にかかる。 出張中に手がけていたものを見直し、編集。 なんとか9時前に出来て発送、送信した。 亜さんのよく練られた記述を思い出して見る。 まだ、手直しが要るであろ…
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三田界隈、大通りを神輿が行く

所用で三田のほうへ出かけた。 田町の駅を降りて西の方角へ歩いていくと、街は祭りであるらしい。 神輿を担ぎ、それを取り囲む一団が、大通りの交差点で、スクランブルに横断。 角材を井桁に組んだ神輿を担いでいる中に、よく見ると、女の人もいる。 背の高い人も低い人もいる。低い人は精一杯背伸びをして。 そうか、神輿って、背の高さがそろわな…
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合間に読書

亜さんの著書 『リーダーの易経』  PHP を半分ほど読む。 易経のことは、子どものころ(多分中学か高校のころだろう)父から聞いたことがある。研究会をつくって、勉強したことがあると言っていた。占いとは違うといわれても、当時は区別がつかなかった。しかし、どうやら、大変な書物らしいということはおぼろげながらわかった。 しかし、なぜか縁の…
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少し遅れ気味の11ヶ月記念

このブログ、始めたのが2004年10月1日でしたから、もう1ヶ月足らずで1周年です。 ここで経験したことを振り返り、これからについて、考えてみます。 とりあえず。
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青年ゲーテのストラスブール滞在

1770年から1771年、ゲーテはストラスブールの中心近くに住んでいた。メダル状のレリーフがかかっているこの建物である。ゲーテは1749年生まれであるので、20代のはじめである。 これに先立つライプツィヒにおける場合と同様、どうやらあまりまじめな学生ではなかったらしい。 このストラスブールの町から少し離れたところにある友人宅へ(…
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大学付属植物園

例によって、ストラスブールの街で短い夏をすごした。 宿の目の前は大学付属の植物園。 昼間、自由に散策することができる。 Freeとは、入場無料と言う意味である。 ひとつひとつ学名をつけた札が用意されている。 しかし、それだけでなく庭としてもなかなかである。 ベンチに腰掛けて樹木を日除けに、新聞や本を読む。 大学のカレン…
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授業の記憶 18 繰り返すことの効用

 結局、自分でやっていくほかないのだと思い決めたときから、「繰り返し」はその方法論のひとつになった。  だから、これは、自分自身への授業 についての一文である。 と、ここまで書いて、内部保存にするつもりが、間違って公開。 いずれ、書き足します。
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ブロコリの調理は僕がやる

13歳の少年は好き嫌いがはげしい。 父親はなんでもおいしそうに食べ、家族の残したものを最後までさらって食べている。 いつもそうらしい。 一昨日、外で夕食をとったときには、予め希望を聞いておいたので、気持ちよく食べてくれた。 そのうえ、「これ大好き」とほかの皿からブロコリを摘み上げて食べていた。 昨日、家族が京都へ出かけて留…
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学生生活のスタイル 7 詩をよむ

 いまの若い人々がどれほど詩を読んだり、書いたりしているのか、わからない。  しかし、歌の詞、ということになれば、日常なじんでいる人の割合はかなり高いだろう。  The Boom というグループのボーカリスト、宮沢和史が編んだアンソロジー 『詞人から詩人へ』をみつけたのはまったくの偶然だった。  いきつけのコーヒーショップでたまた…
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授業の記憶 16 丘の上の文化村

 4歳の終わりごろ移り住んだ土地は今考えれば不思議な地域であった。 日本が戦争に負けて教育制度の大きな改変があり、その結果新たに作られた「新制大学」に赴任してきたスタッフが、官舎を与えられて郊外の丘陵に住み着いた。敗戦後、日本の社会を立て直すには「教育」が重視されるべきだという暗黙の了解が人々の間にあったかもしれない。丘の上の人々…
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授業の記憶 14. 「ゆっくり、でも着実に」

 いま、この場で覚えていられるのは、せいぜい30秒、5から6チャンク(単位)までであるという。私自身についてみると、このチャンク数はもっと少ない気がする。ウロウロ、ノロノロしていて、必要な事柄のあれこれをすぐにこぼしてしまう。育った時代がもう少し遅かったら、学校の中でまったく適応できなかったかもしれない。  いや、当時でさえ、器用にス…
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