昨日のままではいられない

関東地方から台風の被害が伝えられる。
台風の発生から進路予想をWEBの天気予報サイトで追跡していた。
家人の外出予定双方をにらみながら。
小さいし、早く抜けるといっているからと少々見くびっていた。
それが電柱が折れた、送電鉄塔が倒れた、広範囲にわたる停電、断水と次々に生活機能の切断が露になる。
昨日までの生活が今はあたりまえではない。

小さなことから全生活にかかわることまで、斯様なことはたびたびおこるのだろう。
いや、いつも、日常的に。

体力の低下、小さなけが、身近なひととの死別。
当たり前を支えてくれていたさまざまなことがらのかけらのひとつひとつの目に見えない喪失が、すべてを変えてしまうこともある。
去年まではもらっていたお小遣い、昨日までは黙っていても用意されていた食事、たった今まで歩行を助けていた身体の一部・・・

LINEを通して、「シンジランナイ」、2チャン改め5チャンに載せて、「ケシカラン」と拡散しても、昨日までは回復しない。

今ある資源、たとえば身体の機能、使える食材、知恵を点検し、これからを再構成するよりない。

昔、暮らしの手帖の若い女性社員が子どもを残して若くして亡くなった。
「あなたのために世界はあるの」というような歌が巷に流れていた遠い昔だ。
社の年配社員がその若い社員の業績を称え「せかいはあなたのためにあるのではない」というような追悼文を掲載した。


自動運転電気自動車に支えられる日常生活、すべてはあなたのためにと囁いてくれる。
自動制御住宅システムを頼る暮らし、すべてご要望に応じます。
しかし、いったん電気のシステムが崩壊すれば、あるいは電磁の混乱がおこればその日常は一秒も維持できまい。

わたしのために世界はあるの、日本のために世界は動くのなどと考えないことだ。


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