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zoom RSS テーマ「社会」のブログ記事

みんなの「社会」ブログ

タイトル 日 時
  1981年のルソー  1992年のエミール
  1981年夏、ミッテランがフランス大統領選を勝ち抜いたとき、いくつかの小さな政党が、選挙戦で合流していた。ユゲット・ブシャルドー率いるCFDTもそのひとつだった。エコロジストのグループはその傘下にいた。ミッテランの率いる社会党はエリートを輩出するグラン・ゼコールの出身者、官僚の支援の下に、民営化、地方分権化を進めた。それは、・・・・ ...続きを見る

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2017/08/07 08:42
時は過ぎ行く
出版の古い基本図書はインターネットを通じてアマゾンで取り寄せるんだ。 そんな話を聞いたのはもう20年近くも昔だろうか。 まだ、仕事で必要な電子メールをぎこちなく使っていたころ。 インターネットを使ってカード決済なんてとんでもない。 アマゾンの利用者もまだ限られていた。 そのアマゾンが、ビルゲイツのマイクロソフトを凌駕する会社となったという。 新しい時代の担い手として。 百貨店も大手書店も、時代から取り残されつつある。 あるいは、役割が変化しつつある。 ひとりひとりが直接確かめて... ...続きを見る

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2017/07/31 07:23
未熟な夢
君の夢はなに? こどもは答える。 野球選手。 ピアニスト。 冒険家。 はやく夢を決めて、それに向かって進めと大人たちは、はやし立てる。 幼い日々に憧れたこと、思い描いたこと。 育ち行く筋道の中で形作られていくもの。 迷いつつ見つけ出していく道筋。 新しい時代に投げ出されたこどもたちの形を未熟なままに夢という枠にはめ込んでしまうことにどのような意味があろう。 君たちの行く末は君たちの曲がりくねって悩みに満ちた歩みの先にある。 大人の浅知恵に振り回されるな。 ...続きを見る

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2017/07/23 14:05
戦線の英雄
若くして戦績をあげ、帰国する。 拍手喝采。 例えば新聞記者からのインタビュー。 次第に国を背負った英雄として立派な発言をするようになる。 顔写真が新聞紙上に踊る。発言のひとつひとつがとりあげられる。 戦い終わって戦線を離れる。 英雄としての実績を買われて地位を与えられる。 日常の仕事の訓練もないままに。 自他の心の裏表、その仕組みにも気づかぬままに。 ...続きを見る

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2017/07/23 07:33
映画 「この世界の片隅で」を観る
7月中旬、3連休の第一日、映画を観た。 1910年代から1946年始めの広島と呉が舞台。 アニメーション画像にのんの声を載せて。 そこにあるのは両親や、伴侶の両親、その兄弟姉妹の生きた時代。 そしてその人々のほとんどが既に鬼籍にある。 その経験のほとんどを語らぬまま。 ...続きを見る

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2017/07/17 20:24
思い違い
中学校から高等学校へ進学する時、 勉強に追い立てられるのはごめんこうむりたい、 ゆったりと読みたい本を読み、勉強したいことをしていきたい。 一番の進学校と言われたところは避けて通った。 親しい友人たちのほとんどはそちらにいったのに。 高校生になってみると、もくろみははずれていた。 その一番の進学校にいった友人たちは試験は前期2回、後期2回だけ。 あとはやりたいように暮らしているさとのどかなこと。 余裕にあふれていたはずの学校では毎月のように試験が押し寄せ、有名大学のあれこれへの合... ...続きを見る

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2016/10/01 22:41
水をさす
 どうやら、大変なことになっているらしい。  外国発信のニュースでは日本の国家財政の負債は対GDP比でみて、G20諸国のうち、イタリアと並んで最悪の事態であるという。一時は国民の預貯金が十分あるので心配は無いといわれていた。それがどういう論理構造によるのかわからないままに。内心、預貯金はどこかで霧消する、年金もなくなる、その道筋が見えていたような気がするけれど。しかしこちらも状況は激変しつつあるらしい。物価上昇、経済発展といろいろと目標値を定め、事態を打開できると言い募ってきた。それらも、素人... ...続きを見る

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2016/09/02 10:29
生きる場所を選ばないという選択
ヘッドハンター、高級転職援助業。 社長の若い女性が言う。 ...続きを見る

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2015/10/21 09:21
「Grace of Monaco 弱小国の自立」について
「Grace of Monaco 弱小国の自立」について 西に圧倒的な軍備があり、東の海の彼岸に70年を経てなお支配権を主張し続ける大国がある。フランスが支配権を主張する公国、そしてカトリック教会の影響力、アメリカを代表する経済力。これらを秤にかけ緻密な計算のもとに自立性を築く。かような知恵奢が危機の中で求められる。いずれかに完全依存することにより、かえってバランスを崩し、より大きな危機を招くこともあるだろう。 ...続きを見る

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2015/09/21 19:32
地下に蠢くもの
「水仙の香り」について イギリスのテレビドラマを見る。 時は第二次大戦中。 かの国はナチスドイツを迎え撃つ。 ユダヤ系の人々や関わりのある人々がドイツや欧州本土から逃げてくる。ベルギーも、オランダも陥落する。 反ユダヤによる地下組織。国策に抗い、ドイツとの同盟を画策する。もう1週間もすればイギリスはナチスドイツの支配下となる。そうすれば、直前の殺人事件も、盗難も、すべて反故に付される。来るべき世のために、ホテルを乗っ取り、財産を手中に入れる。戦時とはかようなことであるのか。 戦時下の刑... ...続きを見る

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2015/09/21 19:13
流されて行き着く先
 予見された悲劇。それを回避しようとあらゆる努力をする。しかし、その努力の一つ一つがことごとく、予見された悲劇の実現へと展開していく。  ソフォクレスのギリシャ悲劇のひとつをそのように伝えたのは高等学校の男子生徒であった。今から50年も昔のこと。ベトナム戦争反対運動協力が意味するものへの疑惑とともにその少年は時の流れから自らを疎外していた。  30年ほど経って1995年1月、阪神地方の大震災があり、それから10年ほど後、2006年の大阪・梅田は安定した生活の根拠を喪失した人々であふれていた。... ...続きを見る

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2015/09/19 22:24
午後の憂鬱
理由のわからぬまま、気鬱に悩まされる。 そのようなことは、時にある。 配慮に欠けた言動のその波紋。 あるいは解決されぬままに持ち越された過去のあれこれ。 気鬱の源を断ち切るために何者かに頼ること。 人の力を借りること。 あるいは何者かと同一化することで安定の手だてを打とうとすること。 ...続きを見る

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2015/09/16 21:34
初恋地獄篇の羽仁未央
 1960年代の終わり、高等学校を卒業したばかりの春だったろうか。  禁18歳未満という映画を初めて見た。  それが羽仁進と寺山修司の初恋地獄篇だった。  多分、東京の小劇場でしか見られないような映像をそれは見せてくれていたはずである。  その中に、両頬の丸い小さな女の子が墓地の中で主人公と何度が出会う場面があった。  その女の子が羽仁進と左幸子の娘、羽仁未央であった。映画監督の羽仁進が教育論もあちこちに展開していた時期であり、少し前には生まれたばかりの未央の育児日記が新聞に連載されて... ...続きを見る

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2015/08/06 18:56
Turing machine
Alan Turing の伝記的映画を見た。人工知能、あるいは電子計算機の創案者としての彼の名をどこかで聞いたことがあったであろうか。 主演は日本でも放送されたシャーロック役の俳優。 そして、スパイとダブルスパイ、国家機密の幾層にも錯綜する複雑な構図。 音楽の憂鬱な響きが全編を覆う。 シムノン原作のドラマ、アガサ・クリステイのミス・マープルシリーズ、古典のシャーロック・ホームズ、そして現代に置き換えたシャーロック・・・みな同じ手触りがする。 非情と孤独。 ...続きを見る

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2015/08/06 18:31
鶴見俊輔と青木昌彦
青木昌彦と鶴見俊輔が逝った。 いくつかの追悼文を読み、そちらから消息を知った。 東京にも京都にも、地理的・心理的に距離がある。 著作を追いかけて読み、幼少時の出来事や母親との関係について追跡し、東京や京都の世界の人々のつながりについて何事かを知っていたとしても、それは遠い世界のことである。 ...続きを見る

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2015/07/26 15:43
21世紀、極東の海に漂う・・・
1868,1898,1928,1958,1988,2018 欧州の諸国、ロシア・ソヴィエト、アメリカ、far-east, middle-east, … ...続きを見る

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2015/04/28 03:32
突然母が帰ってきて
長い間、ピアニストとして世界を飛び回り、子どもも夫も顧みなかった母が戻ってくる。 不在を埋め尽くすかのように子どもにすべてを注ぎ込む。 歯科矯正、ピアノやダンスのレッスン。 ...続きを見る

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2015/04/22 22:07
力足りず
以前に、フレンド登録をお願いしていたAnamneさんのブログに一年前の一文を見いだした。 ...続きを見る

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2015/04/22 21:29
あるひ突然 わが家に人がやってきて われら友達、なかよくしようと住み着いた
毎日、うまくいかないこともある。つらい思いもする。そして喧嘩も。 しかし、仲直りしたり、なんとか工夫して乗り越えたり、慰め合ったりしながらやっている。 ...続きを見る

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2015/03/24 09:28
木蓮の香り
3月、ふわりと暖かくなったところで大振りの木蓮が開き、そして、また突然の寒気に褐色に傷つく。 あれこれと年度末の片付けを続けたところで、首都へ研究集会に出かけた。ワークショップ、シンポジウム、講演、そして、旧知のひとびとにすれ違い、食事をともにし、知人の消息を交換する。 会場は国策で出来た首都の大学。 19世紀から続くであろう建物が並ぶ。文明開化の時代のヨーロッパの歴史的建造物のコピイがそのままに。ギリシャやローマの様式のコピイとバリエーションが19世紀末日本に持ち込まれ、国威をかけて建造... ...続きを見る

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2015/03/23 09:01
4年目の3月11日
当地は昨夕から雪。 冷たい雪まじりの風の中、本屋へ出かける。 夜半、東日本大震災を手がかりに検索すると、関心の風化、報道の表面化を指摘するものあり。 自らの4年前の記事 春の風にのって を読み直す。 4年とはどのような月日であろうか。 敗戦の日から一年半ほどで長女が生まれ、次女は4年後。 さらに4年、未だ敗戦下、復興とは名ばかり、避難小屋のような住居に人々は暮らしていた。 一夜眠れぬ夜を過ごす。 ...続きを見る

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2015/03/12 06:49
照る日あれば土砂降りも
山あり谷あり、あるいは・・・ よいときもあれば、悪いときもある。 浮沈は世の常。 悪いことが続く。それは、次のステップのための助走でもある。 易経ではそのあたりをシステムの構成として描くらしい。 ...続きを見る

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2015/03/08 18:39
A fool on the first of march
集合住宅管理組合の年次総会がようやく終わった。 昨年同じ時期に理事のひとりとなり、1年間。学区の保健委員と町内の自治会役員を兼務する。 ここに入居して20年有余。5年に一回ずつ役員の分担が訪れる。総会に備えて古い議案書を点検してみる。5年前も、10年前も、もう少し機動的にことを進めていたように見える。積み上がった書類の陰に携帯電話が紛れ込み、出先や仕事場、食事の場とあちこち探しまわって週末の時間をつぶした。 総会の議論はもつれ、さまざまな意見の整理に苦慮するうち、議題の1件は否決となった。... ...続きを見る

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2015/03/01 18:05
Grace of Monaco 弱小国の自立
姉の薦めを受け、モナコ公国の妃となったグレース・ケリーの伝記映画を見た。 モナコは確か数年前、通過した。 しかし、過去と現実が錯綜する映画を理解するに、さしたる予備知識もなく、満席の後ろから垣間見る物語は難解であった。 姉にそう伝えると、「難しいって?」と疑問符が返ってきた。 例えば、相談相手として登場するカトリックの神父。 その役割。 例えば、フランスと公国の関係の歴史。 例えば、幾人か登場する伯爵の立場と役割。 そして、ハリウッド映画の向こうにあるアメリカ大資本。 ...続きを見る

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2015/02/27 16:01
水仙の香り
 仕事に就いてこの春で40年。職場の敷地内に自生していた水仙が、今もわずかながら残って、この春の香りを確かめるよすがとなる。  春は片付けの季節。昨年はこの頃、研究会を辿って雪の残った東の地を移動していた。そしてハンナ・アーレント。  この世界はどのように動いていくのだろうか。150年前、100年前、人々ははっきりしたデザインのもとでことを進めていったのであろうか。それともそれぞれ、ばらばらな欲望に突き動かされて蠢いたその結果があのようであったのか。なにもかも含めて、神の手の内にあったのであ... ...続きを見る

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2015/02/17 08:00
不都合な真実
 貧乏な家がある。こうなったもともとに何があったかは知らぬ。しかし、貧乏であることにいわれのない理不尽さを感じる。あるべからざること、あってはならない、あるはずのない、こと。公衆の面前で「おまえの家は貧乏だから」と公言されることは避けねばならぬ。もちろん、家族自らが表明することも。  理の通らぬと思えることの道をただすために筋道から外れたことをする。無理を承知て。手にしているはずの、あるいは失われた富を回復するために。裏の手を使う。土下座をする。しかしそのことは人の目に触れてはならぬ。何人の記... ...続きを見る

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2015/02/16 15:44
Step aside
週末の午後、滝山コミューン 1974 を読む。 1970年代、首都圏の団地にある小学校。 全生研(全国生活指導研究会)に依拠した学校と地域の民主化運動を回顧するドキュメンタリーフィクション。 戦争前の班活動、町内活動の編成の仕組みとつなげ、児童会の委員を核とした学校「運営」。 著者は「民主」、「こどもの自主性」を御旗にしたもうひとつの「支配」の力をあぶりだす。 そして、こども時代の著者は、さらにそこから身をはがしつつ、第3の支配の力に身をゆだねようとする。 ...続きを見る

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2015/01/26 06:11
越中富山の一日
富山市は人口42万。 金曜日の朝に自宅を出て、午前中に富山着。翌日午後、帰りの便の準備を済ませて昼食。目的地は県庁の近く。市電の停留所二つ目である。昼食の後、ゆっくり歩くこと15分。30分ほど待って会場へ。夜は場所を移動。県庁と富山城を迂回して15分。この会場を辞去して同じく約15分。合計約60分。駅前のホテルに投宿後はマッサージや柔軟体操。 宿の朝食は6時半から。早い。 サービスの新聞を読みながら、おぼろ昆布の握り飯とみそ汁、そして不釣り合いなオムレツ、果物入りヨーグルト、ミルクコーヒー... ...続きを見る

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2014/11/30 08:10
朝 小学校の正門で
 寒い。普段であれば早朝に抜ける道を、1時間ほど遅れて通過した。国道から左折してゆるゆると坂を下る。人気のないはずのあたりがざわざわとしている。「えがおであいさつ」と黒々と書かれた白いたすきと幟が目に入る。小学校の低学年かと思われる子どもたちが硬い表情で並んでいる。登校してくる子どもたちを迎えているのであろうか、学校の正門前らしい。  学校の正門と言えば遅刻をとがめる生活指導の教師が立ち、服装チェックなどもした、怖い関門であった。しかしまた、「えがおであいさつ」のたすきと幟のずらりと並べられた... ...続きを見る

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2014/11/19 01:07
「「蜘蛛の糸」を切るとき」について
「「蜘蛛の糸」を切るとき」について  2014年夏に河出書房新社から刊行された 須賀敦子ふたたび に尾崎真理子が 貧しさへと向かっていく須賀敦子の姿を描いている。スコラ哲学者 松本正夫および彼を囲む人々との交流を対応させながら。 ...続きを見る

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2014/10/27 05:37
蜜に溺れる
政治の世界と小さなサークルや家庭の経済の話が錯綜して、理解できないままでいた。 ようやく、会費12000円で募ったお楽しみ会の経費が、その参加会費合計額をはるかに凌ぐものであったという数字を並べられて、問題の実像に近づいた。 参加者からみると、コストパフォーマンスの高い遊興。その場の人々はみな良い思いをしている。どこが悪いのか。この仲間に入っていると何かよいことがある。密の香りに寄せられるように。 補填された莫大の経費がそもそもどのような目的でどこから提供されたものかという問題は、そこでは... ...続きを見る

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2014/10/19 21:04
だれがこどもの教育を支援するか
トルコでのヨーロッパ青年学会第3日目のシンポジウム ...続きを見る

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2014/09/06 16:33
秋のヨーロッパ 新学期が始まる 答えはすぐには得られない
ヨーロッパではこどもたちの新年度が始まった。 夏休みを終えて、学校へ戻る。 日常生活が始まる。 この時期に、トルコのイズミール近くで心理学ベースのヨーロッパ青年研究の研究大会が行われている。 シンポジウム、発表の多いこと。9月4日、5日、6日の3日間、用意されたアブストラクトの膨大さ。 ...続きを見る

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2014/09/05 23:29
女が立ち入る先 あるいは マーガレット・ミードの見た世界
 マーガレット・ミードがサモアに入っていったとき、その行為は植民地支配に伴う宣教師・軍人の後ろ盾に守られていた。サモアにはサモアの男女の秩序があり、例えば村の重要事項を決める話し合いの席に女が立ち入る隙はなかった。女であっても踏み込むことができる領域があったとすれば、北の世界の男の秩序を彼女が利用したからである。  フリーマンがミードの誤謬を指摘したとき、彼は南の男の秩序の中にいた。植民地支配の時代の南北の秩序を逆転させるのと同時に近代化に伴う男女の秩序転換の動きも逆行させたとも見える。  ... ...続きを見る

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2014/05/22 06:12
ごちそうさん あるいは 失われた食卓
もう40年ほども昔のことであろうか。 そのころすでに60代、長くパリに暮らし日本に残した家族と離別し、生活の根拠を失った人がいた。 ようやく、時折帰国し、東京で短い仕事をこなし、またパリへと戻る生活を得た。 日本から1年ほど出かけパリで親しくなったある人が、その日本滞在の機会をとらえては自宅に招いた。 これは夫人から聞いた話である。 楽しい会食が夜更けにおよび、しかし翌朝には滞在先のホテルから必ずお礼の電話があったという。 それは、最初の招待の日、待ち合わせの場所が喰い違い、とっぷり... ...続きを見る

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2014/02/25 12:04
飛び立つワ・タ・シ
飛ぶのよ、飛ぶのよ、ワ・タ・シ 見ててね ほらそこのひと どんなもんです ...続きを見る

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2013/12/15 07:20
現在が哂う
篠原雅武 全‐生活論  転形期の公共空間 2012年 ...続きを見る

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2013/11/17 09:41
梁山泊の男たち
鬼籍に入ったある映画監督を扱ったドキュメンタリードラマを再放送している。 監督は結婚と同時に映画会社を退職し、自主映画制作を続ける。 妻は女優を続けその経済的基盤の上に生活も映画制作も置かれる。 監督の私宅はさながら梁山泊である。 同志が集まり、大言壮語が飛び交う。 妻の目に見えぬ犠牲の上に、それは膨らみあがる。 現実感覚を欠いたまま。 女優が参加する映画の作成とそれをとりまく経済のシステムを否定する。 そのシステムに首までつかりながら。 ...続きを見る

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2013/11/17 07:57
ゆるく締める(仕事のスタイル)
よく訪れるヨーロッパの街。 20世紀終わりから再開した市電(トラム)が路線を増やし、走行距離を延ばす。 列車に車掌はいない。 いわゆるこちらのワンマンカーとも違う。 乗車の前に機械印字をして乗り込めば、乗り継ぎ1時間以内はフリーとなる。 切符には最初の乗車場所と時刻が印字される。 ごくまれに、検札官による調査が入る。全てのドアからいっせいに係員が入り、内部で切符を調べる。 規定に則った切符を持っていない場合には罰金が課せられる。 1時間切符以外に、24時間切符というものもある。 ... ...続きを見る

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2013/11/05 13:03
海と毒薬 そして 菜穂子
どうせ死ぬのだから・・・ ...続きを見る

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2013/09/03 06:00
勝つか負けるか 人間関係のスタイル
勝ちたいと思う 勝ったと思う 自分の「手」と相手の「手」を比べてみる 相手がゲームに参加さえしていなかったことを知る あるいは理解できない異なるゲームを設定していたことを知る ...続きを見る

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2013/08/29 04:08
はみ出し者:学生生活のスタイル番外編
大学へ進学したものの、ほとんど顔を出さなかったつわものも、中途退学してしまったこわもても。 闇の地底を掘り下げる。 同時代のかなたと繋がる。 現在の、風に流れる空気を越えて。 梶井基次郎(1901−1931) 檸檬 1922、1931 堀辰雄(1904−1953) 聖家族 1930 風たちぬ 1937 小林秀雄(1902−1983) 様々なる意匠 宮本百合子(1899−1951) 伸子 1924 1928 ...続きを見る

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2013/07/03 05:01
「中也とその周辺  集成」について  小林秀雄のこと
「中也とその周辺  集成」について 小林秀雄の文章を最初に読んだのはいつであったろうか。高等学校の教科書であったか。戦火を被った廃材で作られた暗い部室に残された文章は後に、小林秀雄のランボオ論を下敷きにした習作だったかもしれないと思い至った。そして、その頃、ただ一度だけ程近い距離で生身のその人を仰いだ。出版社が企画する全国巡回講演会であったのではないだろうか。ほかの演者としてどのような人が連なっていたのか記憶にない。話題も、確か歴史についてのものであったと思うが定かではない。ただ、演壇を前に、懐... ...続きを見る

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2013/06/21 20:27
1963−2013
50年前の中学2年生が集まってクラス会。 オリンピックの年に開いてきた。ロンドンオリンピックの昨年、「これからは毎年実施」という声が出て、実現した。 すでにほとんどが年金生活に入っている。 ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/05/27 08:26
仕事のスタイル 番外編 
雑誌世界 2013年5月号が「人間らしい働き方が消えていく−まったなしの改革とは」という特集を組んでいる。 ...続きを見る

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2013/05/03 07:50
「仕事のスタイル 19 新聞記者」について (2013年4月28日改訂版)
「仕事のスタイル 19 新聞記者」 ...続きを見る

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2013/04/28 19:34
折れる心を支えながら
「「堀辰雄」  あるいは「芥川龍之介と背中合わせに立つ人」」について 戦争のさなか各地の学校に軍事教練のプログラムが導入されていく。茨木のり子はその中で先頭にたって号令をかけていたという。地方の女学校で優等生であった少女が生真面目に義務に応える。その基本姿勢は、あるいは戦後の模索の中でもおなじであったかもしれぬ。 ...続きを見る

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2013/03/20 16:35
とるものもとりあえず・・・
あれから2年。 なんとか生き延びてきた。 復興はこれからと。 更地になった被災地、 仮設住宅で続く生活。 仕事を、そして安全を求めて転地を繰り返す人々。 ...続きを見る

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2013/03/13 18:53
2月の週末 その1
週末土曜日は勤務先での来客を招いての行事に出席。 年度末期限で返却する図書の整理をかたわらで。 午後、予約しておいた円盤状のライ麦パンを受け取る。 日曜日は一日外出せず、確定申告の書類をまとめる。 収入と源泉徴収、必要経費、年末調整の書き写し。 年末におこなった団体への寄付の控除申告は見送る。 不要になった旧い領収書を処分し、いくつかの書類を破砕に回す。 源泉徴収と雇用保険、年金その他が一括して主たる勤務先で処理される日本の仕組み。 目の前の仕事以外はすべて視野から消してしまう。... ...続きを見る

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2013/02/24 03:48
Twelve Angry Men 形が与えられること
1950年代終わり、アメリカ映画。 ヘンリー・フォンダ ...続きを見る

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2012/12/06 19:07
冬の雨
週末、久しぶりに自宅にいた。 先週は土曜日、日曜日、早朝から夜まで、西のほうへ出かけた。月曜日から順に仕事が入り、金曜日は仕事場で片づけをした。シュレッダーにかける書類、洗い残しの道具。 そこにすでに済んだはずの仕事についての問い合わせが入る。 結局暗くなって職場を出、途中で夕食をとるはめになった。 ここ数日、疲れが残り、朝、力が入らないのは、寒さのせいであろうか。 そんな話を、てんぷらうどんを用意してくれる店のお上さんと話す。 職場は、輻輳する仕事が山をなし、混乱する。そして、同僚... ...続きを見る

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2012/11/17 21:55
風しもの村
風しもの村チェルノブイリ・スケッチ: 貝原浩画文集 ...続きを見る

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2012/11/11 01:46
世間 世の中 社会 阿部謹也
阿部謹也 世間とは何か 教養とは何か を読む。 ...続きを見る

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2012/11/11 01:33
大学生になって2年半
これは、特別誰かの話というわけではない。 日本の教育制度は、ほとんど年齢主義というトコロテン方式で作られている。 中学生は押し出されるように高校生になり、就職も決まらないし、とりあえず、大学に行こう。 多くの私立大学は「指定校推薦」という枠を持っていて、これは、特約切符である。高等学校ではとにかく、どこかに送り出すことが求められるから、この特約切符は公平な学力試験では合格できない生徒を先約するのに利用されがちになる。 いったん入れば、大学もほとんどが内部落第制度をもっていない。 いった... ...続きを見る

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2012/11/09 19:02
20年後、40年後
報道番組ではフクシマの廃炉に向けての作業とそれを支える人々についての見通しが述べられる。 1年半前、それまで、確証のないまま描いていた、漠然とした未来が、消えたと感じた。しかし、小さなストレスの増加はあったものの、あたかも、同じ日々が続くような幻想が語られる。2031年、2051年、先の戦の後先から100年後。 ...続きを見る

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2012/11/05 19:09
時は流れる
若い人と共に、篠田正浩監督「少年時代」を見る。 彼らには響かぬ作品らしい。 それも無理はなかろう。 制作1990年。 そして舞台は1944−45年。 描かれる学級というコップの中の嵐は、今の世に同一性を求められないということなのか。 ...続きを見る

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2012/10/30 16:51
「リア王の迂闊」について
「リア王の迂闊」について 松岡和子 深読みシェイクスピア 新潮新書 通勤途中の書店にて求む。 第3章はリア王 知ることがテーマとなっているとある。 使用語彙からみても、明らかにリア王では突出していると。 シェイクスピア・コンコーダンス、参照の必要有。 ...続きを見る

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2012/10/19 13:05
点描
出世におよそ欲のない下級武士が役目を負って政争に負けた側の一人を切る。 そんな映画を見た。その下級武士を慕う何倍もの年俸を受ける家の娘。 藤沢周平原作。そして監督が思いがけず山田洋次。 御伽噺。 原作ゆえかあるいは監督のゆえか。 御伽噺に、得られるはずのないものを仮託する人々がいるということか。 ...続きを見る

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2012/10/08 17:41
灰色の月あるいは1945年秋 志賀直哉
朝一番の仕事があった。 準備を兼ねて早朝に出た。 すでに通勤客で混雑の始まった列車を乗り継ぐ。 中央駅から半島へ向かう郊外通勤列車に乗り込む。ばらばらと人は乗り、乗り込んだ客の多くは通路に立つ。 乗換駅の売店で手にした新聞を扉近くに立って開く。 大方は読んでも詮無い記事ばかりである。 現在、われわれはいったいどこにいるのか。 行き先は南や東に展開する工業地帯である。 大きな自動車会社とその周辺の関連会社。 列島の南西に、そして大陸に展開した系列工場ではより安い賃金で人々を雇う。... ...続きを見る

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2012/09/27 05:08
道具と場所:仕事のためのしかけ
「肝つ玉の「母」への手紙、或いは「装置」について」について ...続きを見る

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2012/09/20 19:16
一雨ごとに秋になるとひとはいふ・・・ 
煙草の味がみとおりくらいにする・・・ ...続きを見る

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2012/09/17 08:47
テレビ司会者の死
1990年代、フランスのテレビで少年少女の討論番組をとりしきっていた若い司会者がいた。 大階段教室のようなしつらえのスタジオで、100人規模の参加者をむかえ、時の話題について若者の見解や主張を引き出す。当時の任期番組のひとつとなり、その司会者はヒーローとなった。 ...続きを見る

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2012/08/25 19:20
夕涼み映画館
暑さ耐えがたい午後が続いた。 週明けの仕事の準備が進まない。 仕事場にしている西向きの部屋で何日か過ごした。 朦朧としているのは、この暑さのせいだろうか。 仕事を見切って、近くの映画館へ出かけた。 いつもであれば夕食後、ぼんやり過ごす時間帯である。 かかっていたのはMeryl Streep 演じるMargarett Thatcher(1925-)。 The Iron Lady. 現役を引退し、糟糠の妻ならぬ夫を亡くし、記憶のなかの過去を彷徨する、現在。 新自由主義の時代。 そ... ...続きを見る

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2012/08/09 09:05
白樺派覚書
「一房の葡萄」は1950年代終わり、子ども向けの読み物の本に当たり前に収録されていた。 1920年代から30年代に書かれた子ども向けの読み物の多くには半世紀前の戦争を生きぬいた人々の少し貴族的な雰囲気が染み付いていたように感じられた。 ...続きを見る

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2012/05/18 07:26
高く売りたい自分と売り渡したくない自分
『赤毛同盟』と愚鈍の生成について は内田樹さんの最新のブログ記事である。 ...続きを見る

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2012/03/26 19:22
カーネーション・カーネーション
三姉妹、壮絶なけんかが展開される。 テレビドラマの話である。 姉と妹。 親に買い与えられた持ち物をめぐり、親の愛をはかる。 嫉妬心。 岸和田商店街の開けっぴろげで荒っぽい気風の中。 身近な諍いの中で、自分と人との関係を刻み込んでいく。 嫉妬を乗り越えた自分のあり方を。 谷崎は関西の地で姉妹をどのように描いたのであったか。 ...続きを見る

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2012/02/12 09:50
髪を切る
美容院とか床屋というところに出かけなくなって久しい。 髪は自分で切る。 なんとなく頭の辺りが煩くなってきたというころに。 洗面台を前にして、手指を櫛とものさしに、ごく普通のはさみで。 頭の頂を手始めに、持ち上げた髪を適当なところでばっさりと。 あとは、それに合わせて前へ、後ろへ、右へ、左へと。 多すぎる髪はふわりと持ち上げて、ざくざくと下から梳いていく。 最後に襟元と額のまわりから不規則に飛び出た髪を適当にそろえて終わり。 この間、約10分。 洗面ボールに落ちた髪を寄せ集めてゴ... ...続きを見る

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2011/09/11 17:39
阿修羅逝く
母の最期の日々、佐野洋子がその母について書いたものを読んでいた。 葬儀のあと、草間弥生の特集番組を見、Louise Bourgeoisについて同僚と話した。 Georgia O'Keeffe、屋根を直すからと来訪を断る山陰の詩人、同僚から聞く鬼女の話が楽しい。 雪柳のように、荒れ狂う白髪。 肩怒らせ、眉を上げ、炎立つかのように。 ...続きを見る

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2011/07/25 20:57
春の風にのって
にわかには現実と認めがたいことがおきる。 津波にさらわれた北日本東岸一帯。 そしてこの先どれだけの事態に発展するとも限定しがたい原子力発電所の制御不能性。 「天罰が下った」というある知事の発言が人々の顰蹙をかった。 命を落とした人々、家財を失った人々、核の恐怖におびえる人々のひとりひとりがどのような悪いことをしたのか、そして生き残った人々、ビルの上に乗って旗をひらめかす漁船をみておもしろがる若い人、避難した人々の留守宅から家財を掠め取っていく人々がいかなる善をなしとげたかという議論は、も... ...続きを見る

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2011/04/01 02:22
対岸の津波
南の海を大きな地震が襲い、島々が津波の惨禍にあったとき、かの地に仕事で出入りしていた友人は写真展を催し、寄付を集めた。問題のころ、ヨーロッパへ飛び、かの地の新聞や雑誌でその報道を見た。 欧州の人々もクリスマスリゾートのさなかに被害にあったという。 The bodies その写真があちこちに掲げられていた。そして、遺体はほとんどそのまま飛行機で国許へ運ばれたようであった。 この地ではその姿が人目にさらされることはない。 ...続きを見る

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2011/03/16 08:16
遠景の火花
戦場のピアニスト 2002 Śmierć miasta 1946 火の山―山猿記 1998 夏の花 1945-1947  ...続きを見る

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2011/02/24 00:16
春の雪
ラジオがエジプトの大統領が辞任したことを伝える。 かの地について、その大統領のあるいはそれを戴いた政治がどのようなものであったか、じつは何もしらない。 15年前の夏、フランス滞在の折、語学講座に出席していたカイロから来たという留学生がいた。 オーディオ・ヴィジュエルの討論中心のクラスで、いつも積極的な発言をしていた。 欧州議会へ見学に出かけた折、そのあり方について、少し攻撃的とも見える質問を展開していたのに驚いた。 日本からやってきた少年が学生寮に住む彼女を訪ねた。 ヴェールをかけて... ...続きを見る

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2011/02/12 06:42
寒中ありあけの月あかるく
暮れのうちに頚椎を痛めて治療に通い、一息ついたところはすでに正月も下旬にさしかかっている。 ...続きを見る

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2011/01/21 22:40
高等教育就学率80パーセントの時代
「学生生活のスタイル 5. 社会人見習い期間としての学生生活」について  統計データを調べてみると、現在日本の高等教育に就学している人は78パーセント、ざっと80パーセントである。5人の若者がいたら、4人は高等学校を卒業したあと何らかの教育機関に身をおいていることになる。もちろん、その中には特定の職業訓練をおこなう学校もふくまれる。「高等学校を卒業しても就職はないからね」と、この話題をさしむけると、みな一様にため息をつく。  40年前、あるいは30年前でもよい、だれがこのような事態を予測した... ...続きを見る

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2010/05/10 06:00
金平糖のイガイガが溶けていくとき
田淵久美子と大竹しのぶのドキュメンタリー番組をたまたま続けてみた。 篤姫のシナリオを書いた人、そしてとがった演技をする役者。 ...続きを見る

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2010/05/07 11:59
テレーズ・テスケルウ あるいは 縛られたものが抗うとき
 少し前、インターネットの契約を家族に破棄されてしまった人がことごとく家族を殺害したというようなニュースが流れた。また子どもが起こした事件かと思って聞き流していたところ、問題の人物は、十分歳を重ねた大人であった。WEBを経由して多額の費用を蕩尽したというのがことの要にあったとニュースは伝えた。  その背景をしかしニュースは正確に伝えることはない。  たとえば、WEB上で、カード決済をする。それはつまり、カードによる負債ということである。返却不能となればカードは無効となり、それ以上のカード決済... ...続きを見る

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2010/05/03 15:52
何かが変わる
新聞をスタンドで買うようになって久しい。 その時々で地方紙、全国紙、英字紙と替える。 このごろは英字紙が多い。日本の全国紙の会社と提携しているらしく、1-2ページは日本発信でその新聞の英字名が併記されている。注意するのは海外発信のニュース。 衛星放送で各国のニュースを見るように。 ...続きを見る

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2010/04/29 11:05
「呼気と吸気の感覚」について
「呼気と吸気の感覚」について 偶然ですがちょうど5年前の記事で取り上げた中也の文章が、原文ではありませんが、河上徹太郎の評論の中にみつかりました。でも、中也が考えていたのは「ゆっくりと、息を吸う、瞑想」のことでした。 ...続きを見る

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2010/04/25 12:14
新制大学60年
昨年は母校の60周年記念の会が催された。 丁寧なご案内をいただきながら、ほかの会合の都合でどうしても出席できなかった。 今頃になって戦後の高等教育改革からの60年をかみ締めている。 戦後新制教育制度への移行は、手元で調べてみたところ、中等教育が1947年4月から、高等教育が1949年からはじまっている。それから数年間は旧制度の入学生も抱えながら進行した。 団塊の世代は、ちょうどこの頃生まれて20年ほどのちにその高等教育および後期高等教育ののはじめの転換期にそこにいた。 ...続きを見る

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2010/03/29 08:22
とおいむかしに
「信じることと疑うこと」について 1960年代おわり、いわゆる70年安保といわれた時代。 ヘルメットに幼い字で所属するグループ(そういえばセクトとかいった)の印をつけ、タオルで顔を覆って、木の棒で隊列を整え、「アンポハンタイ、・・・・」と練り歩いていた。あれはいったいなんだったのだろうか。 当時でさえ、児戯に等しいと思えたのだが。 本当のことが見えない時代。こうでもしなければ、モンスターがその姿を現さないと、彼らは思っていたのか。 後の時代の若者がためらい傷のリストカットを繰り返したの... ...続きを見る

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2010/02/16 20:43
橋本一明 城戸浩太郎 備忘のために
橋本一明  1927-1969  ...続きを見る

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2010/02/13 20:27
「統計でみる世界 自殺発生頻度」について
「統計でみる世界 自殺発生頻度」について 2008年の統計によれば、日本の自殺率は人口10万人あたり25人、1998年からこのかた、自殺率は25人を下回ることがない。また、ここ10年ほどの間の韓国の自殺率の急上昇も看過できない。現在ではOECDの統計データで第1位になっている。 自殺率の高さと失業率など経済動向との関連がよくとりざたされる。就業率についてのおなじOECDの統計を見てみると、加盟国の中で目立った傾向を示しているわけではない。 就業率の算出基準というものに何かからくりでもあるの... ...続きを見る

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2009/12/17 15:43
「トーマス・マン 「トニオ・クレーゲル」 トニオが象徴するもの」について
「トーマス・マン 「トニオ・クレーゲル」 トニオが象徴するもの」について 1930年代、トーマス・マンは大正期からの教養主義の流れを汲む人々の「青春の書」の一角を占めていたらしい。親ナチスドイツの当時の風潮に沿って、ドイツ語、ドイツ文学ならなんでもというようにして読者を集めていたようだ。トニオ・クレーゲルに見える「南」への憧憬は、「ベニスに死す」でも繰り返されるのであるが、また、当時の「ゲーテ・ブーム」にも現れている。 ロマン主義と南への希求が象徴する「こころの開放」が同時に軍隊による「締め... ...続きを見る

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2009/12/17 15:16
裏山を金色の光が、あるいは A far nation
午後の光のなか、金色のかけらがちらちらと波立ち、消えていく。 ざわめきも、いつかは沈んでいくのかも知れぬ。 ゴヤを扱った映画を見たのが迷宮の入り口だった。 記憶をたどり、堀田善衛に行き着いたのが秋の初めであったか。 方丈記私記、定家明月記私抄、上海にて と読み継ぎ、自伝的小説、若き日の詩人たちの肖像に至る。 堀田善衛1918年生まれ、1936年 18歳。 1936年から1945年、18歳から27歳まで。 戦時下の青年期。 一方、放送のはじまった 坂の上の雲。 日清・日露の戦争か... ...続きを見る

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2009/12/15 14:27
選んでしまったもの あるいは previsional behavior
事後的に、何かを失ったことに気づく。 「そんなつもりではなかった」 ばたばたと繕う。 なんとかなったとおもう。 しかし、そのことによってまた何かを失う。 選んだものを手にするのだ。そしてそのことがひきつれてくるあれこれを、たとえば「喪失」という形で、あるいは「望まぬ出来事」というかたちで受け取るのだ。 ...続きを見る

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2009/12/01 22:41
老いたるえびのうた
宮沢和文による朗読CDつきの詩華集があり、その中に室生犀星の「老いたるえびのうた」が収録されていた。 この日曜日、高橋悠治のコンサートがあったらしい。 「老いたるえびのうた」 どのようであったのか、私はしらない。 ...続きを見る

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2009/07/06 20:38
ガラスの箱
踏み出せない壁。 その透明な箱の中で歌っている。 その向こうにも、こちらにも、そして上手にも下手にも世界は広がっているのに。 ぴたりと押しとどめる壁に張り付き、歌っている。 熱い歌声がほとばしる先から凍り付いている。 それを遠くから見ている。 そんなの簡単よ。ほら、踏み出してご覧。 ...続きを見る

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2009/07/02 09:12
よい週末を
Bon soiree! Bon week-end! ...続きを見る

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2009/06/28 19:43
An Old New Town
学生の実習先を廻るというこの時期の恒例行事が続いている。 実習先は学年が上がるにつれて学生の住居に近づく。 それに合わせてあるいは訪問先の合間合間に、あるいは食事の場所を求めて、近辺を走り回ることになる。 数十年前に作られたニュータウンを走り抜ける。 計画的に作られた街並みに豊かで整った街路樹がほどよい木陰をつくる。 集合住宅も独立住宅も規則正しく並ぶ。 美しい。 醜悪に見える方向も高さも色合いもまちまちな、個別の欲望をそのままに形にしたような街並みと対比してみる。 美しい、が、... ...続きを見る

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2009/06/28 04:16
ゆとり教育と効率志向のハイブリッド?
頭脳明晰な若い人々ばかりになって、とかくやりにくい。 「無駄なことはしない」 「ポイント」と称する「結論」だけを聞きたがる。 「答え」を聞いたところで力にはならないのに。 ...続きを見る

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2009/06/20 18:44
LOUD VISION
久しぶりに早めに車で帰宅。 途中、Ogni に立ち寄る。 一週間前、この前を通ったのは9時近く。すでに入り口の巻上げ鎧戸があらかた降りていた。 ...続きを見る

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2009/06/20 06:44
ニュースにならないとき
鉄道事故が続く。 そのたびに、あるいはと人々は思うのか、押し黙る。 そして、そのままニュースになることはない。 人口10人当たり23.7人。 2006年のデータ。 100万人あたり237人。 1000万人あたり2370人。 1億人あたり23700人。 自殺が自らに対しての殺害とする。 23700人。 しかし、それはニュースにならない。 ...続きを見る

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2009/06/12 22:19
空中音楽室あるいは退屈しのぎ
帰路求めた夕刊に坂本龍一が最近出したCDアルバムのことが紹介されていた。 Out of noise。 Jacques Attali、Glen Gould を思い出して、散策中、坂本龍一によるGould の選曲アルバムの存在を知る。 ...続きを見る

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2009/06/06 10:55
2009年4月26日
 新しい年度が始った。カレンダーを見れば2009年ももはや3分の1近くをこなしてしまった。  通常の期間、「毎週のお仕事」で廻っていくことが少なくなるだけ、この一年の最初の3分の1はあたふたとする。新しい仕事をめぐるやりとり、関わっている仕事の突然の不具合、人々の入れ替わりに伴って積み重なる仕事。  年度の交替に伴って、責任のある仕事をひとつ、少し若い人に代わってもらった。  何年かごとに廻ってくる集合住宅の理事の役割がいやおうなく順番となった。  職場の仕事が二つ減り、ひとつ増えた。 ... ...続きを見る

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2009/04/26 06:27
蜘蛛の糸
水面に垂らした糸が一点を吊り上げる。 吊り上げられた水面はひたすら天空へと昇りつめる。 ...続きを見る

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2009/04/19 03:13
美女が立ちはだかる
歓迎すべきだろうか。 それともいらだつことだろうか。 ...続きを見る

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2009/04/16 09:13
狐の饂飩屋
 山道のはずれに小さな饂飩屋がある。4人がけのテーブルが3つ、カウンター席3つ。旧街道に開いていた店を街の再開発を機会に移して数年。なじみの客も訪れ、それなりににぎわっていた。それが、このごろ夜、立ち寄ると決まってほかの客がいない。一人で入るときのお決まりでカウンターに座る。仕事中の夫婦と四方山話になる。「あそこの工場も金曜日から休み」「あちらでは木曜日から休み」「仕事をしている日のほうが少ない」「こちらの工場はたたんで田舎へ引き上げた」・・・いつものメニューに替えてこの間はかき揚げうどん、今日... ...続きを見る

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2009/04/12 08:05
四月のジョーカー
目覚めてみればパソコンを通してお手紙が 「ワタシヤメマス」 なんと子どもじみた・・・ と呟いてみる 仕事をなんと心得る 何人の人間を相手にしている キミのためにどれだけの人が動いている ...続きを見る

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2009/04/01 08:21
困難が可能性の扉をひらくこともあり、護ることが閉じ込め、限定し、隘路に追い込むこともある
李良枝と丸山真男・・・ ...続きを見る

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2009/03/03 20:59
少年の顔:チェコと日本のドキュメンタリー番組から
 続けてチェコと日本のドキュメンタリー番組を見た。  チェコのドキュメンタリー映画作家ヤン・シクル氏と日本の作家城山三郎氏。  ヤン氏は1950年代後半の生まれ。  チェコの市民が撮ってきた映像を発掘し、関係者への丁寧な聞き取りを行い、ドキュメンタリー映画として構成している。  城山三郎氏は1927年に生まれ、2007年に死没。  ドキュメントを素材にした小説を書き続けた。 ...続きを見る

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2009/03/03 07:36
街の顔
松岡正剛氏がブルーノ・タウトのことを書いている。それを糸口にゲシュマックから数寄という表象へと話が進む。 年末年始、久しぶりに国内に留まっていた。耐え難い街の顔にわが身を晒しながら。はらわたをひっくり返したような看板、これでもかとありったけを並べた店先、それらがいっせいに襲ってきていたたまれなくなる。 こんなとき、自分自身がひどく狷介な人間に思えてきて、さらに不快感が募る。 「ゲシュマックとは「趣向、好み、味、風味」といった意味のドイツ語」だとか。そして数寄。それらを正剛氏はタウトをたどり... ...続きを見る

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2009/01/16 19:27
リア王の迂闊
自分には無い。 他人さまには有る。 不当だと思う。 たとえば力。 たとえば財産。 その不当な関係を修正する。 そのためのあれこれの謀は正当なものだ。 こころの奥底で、そのように考える人は多分少なからず居る。 ...続きを見る

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2008/06/03 19:31
水の流れるみち
 水を流す。 ...続きを見る

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2008/03/15 04:49
アートシアター・ギルド 1971年
ATG 1971 ...続きを見る

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2008/02/12 05:06
アート・シアター・ギルド 1970年
1970年 ...続きを見る

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2008/01/30 04:00
アート・シアター・ギルド 1969年
ATG 1969 ...続きを見る

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2008/01/04 01:27
アート・シアター・ギルド 1968年
ATG 1968 ...続きを見る

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2007/12/12 05:23
アート・シアター・ギルド 1967年
ATG 1967 ...続きを見る

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2007/12/02 21:24
アート・シアター・ギルド 1966年
ATG 1966 ...続きを見る

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2007/11/23 16:49
アート・シアター・ギルド 1965年
ATG 1965 ...続きを見る

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2007/11/22 19:04
アート・シアター・ギルド 1964年
ATG 1964 女ともだち - 監督: ミケランジェロ・アントニオーニ, 1956年製作(イタリア), 1964年1月封切. イワン雷帝 - 監督: セルゲイ・エイゼンシュテイン, 1946年製作(ソビエト), 1964年2月封切. 私はそんな女 - 監督: シドニー・ルメット, 1959年製作(アメリカ), 1964年4月封切. 去年マリエンバートで - 監督: アラン・レネ, 1960年製作(フランス), 1964年5月封切. 鏡の中にある如く - 監督: イングマール・... ...続きを見る

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2007/11/22 03:25
アート・シアター・ギルド 1963年
ATG 1963 ...続きを見る

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2007/11/21 06:43
アート・シアター・ギルド 1962年
中学生のころ、映画はまだめったに観られるものではなかった。 昨今のようにテレビで再映されることも少なく、レンタルビデオなどまだない時代である。 中学校から年に1回、市中の映画館へ連れ出してくれた。憶えているのは「小鹿物語」と「禁じられた遊び」である。友人がなぜか切符を持ってきて勧めてくれた映画を家族で観に行った。「静かなドン」と「僕の村は戦場だった」。そのころ、アート・シアター・ギルドの活動が始まったと新聞に紹介されているのを見た。しかし、その上映館への道のりは少々遠かった。 頻繁にそこへ... ...続きを見る

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2007/11/20 22:13
改めて数字を並べてみれば
東京大学の研究グループによる、全国の大学生対象の調査結果の一部が新聞紙上に載っている。 その内容を少し並べ替えた。 ...続きを見る

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2007/11/19 22:27
仕事のスタイル 30 均一商品大量生産・大量消費
いつの頃だったか、「赤福餅」「お福餅」の間の抗争がドラマとなったことがあった。記憶違いでなければ、「赤福餅」の側から、最後は勝利におわった2店の競い合いがえがかれていたはずである。 引き取り商品の作り直しが三十数年前から始められていたという小さなニュースを聞き、そのことを思い出した。 もともとは、土地で採れる材料を使い、姿の見える相手との間で取引されていた生餅が、キオスクにならび、支店や営業所を方々に持ち、新幹線の中でも頒布される商品となった。品物を切らさないとなれば、どこかでは過剰に供給さ... ...続きを見る

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2007/10/26 18:56
媒介者の責任
人さまにものを差し上げる。 紹介をする。 間に立つ人となる。 能動的ではなくとも、そこに責任はつきまとうものだろう。 ある大きな仕組みの中に身をおいてしまっている以上、回避できないというのだろうか。 ...続きを見る

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2007/10/24 15:55
自分の尻尾を追い回して目を廻し
夏向きに模様替えをしてラジオの位置を変えた。 スイッチを入れてみると、思いがけず受信状況がよい。 片づけをしながら、聞くともなしに耳に入ってきた。 「有名人 名前を知られるためにやすみなく働き、人に知られぬようにサングラスをかけて逃げ回らなければならない人」 不確かなまま聞き、不確かに再現する。 ...続きを見る

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2007/04/22 23:47
西への旅
所用あり、旅をした。京都、明石、岡山、丸亀、大歩危、高知。以上、通り過ぎた地。 文庫本になっている70年前の永井荷風の日記を携えて。 「問答無用」の残虐事件の数々を記録する。徳川の世の終わりからおよそ70年のちの日々における。 このとき荷風50代終わり。 ...続きを見る

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2006/12/21 06:42
これで最後
2006年の禍もこれで最後にしたい。 小さな追突事故にあった。 後ろを小突いたのは貨物車であるから小さいとは行かぬが、しかし、渋滞のなかのノロノロ運転であったから、今年最後の禍とすれば、むしろ幸いであったというべきであろう。 夜6時から7時の間、踏切を遠くに見て長いながい車の列。緩やかな下り坂。高い運転台から、直前の車のストップランプより、遠くの車の流れに眼が向いていたのかもしれぬ。 いつも、この時間帯は避けようと思っていた。下り坂は危ないと思っていた。大きな車の前に小さな車が入ると死角... ...続きを見る

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2006/12/14 19:34
マオの時代
 陳凱歌 (チェン・カイコー),『 私の紅衛兵時代 ある映画監督の青春 』講談社現代新書 1992 調べてみて、もう14年も前のことであるのに気づく。  チェン・カイコーはこの小さな回想記を読むことによって知った。  映画は見る機会があまりなく、また、2年ほど前に見た「北京バイオリン」が彼の監督作品であることには今回調べてみるまで気づかなかった。  紅衛兵の時代、文化大革命については、多くを知らず、しかし、毛語録を掲げた少年たちの映像だけをどこかで見た記憶がある。  身近な人間が経済発展... ...続きを見る

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2006/11/01 16:14
「芸術の秋、スポーツの秋、そして写真の秋」
 これは、高校生であった遠い昔、校内クラブの機関誌に広告を提供してくれた写真屋のためのコピーである。もちろん、当時から多才で鳴らした若き日の「木陰」が考えた。そうだ、器用貧乏という言葉もあったか。 ...続きを見る

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2006/10/05 23:42
生きるみちすじ <冬のソナタ集成 2>
どこかで呼ぶ声がする。 声のかなたにあるのは人の姿ではない。 問題のありか。人の生きるかたち。 とはいえ、たぶん、多くの皆様にとっては、チンプンカンプンの話でしょう。以下の話題の背景となっているのは、あるテレビドラマです。婚約している男女がいます。サンヒョクとユジンです。ユジンは新しく引き受けたスキー場施設の内装デザイン設計管理の仕事で忙しくしています。元受の会社の理事ミニョンは、なぜか高校生のころ、突然死亡(失踪?)したサンヒョクとユジンの同級生チュンサンとよく似ています。サンヒョクの気... ...続きを見る

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2006/10/02 01:59
ノラの夫
「人形の家」とは、いったいどのような話なのだろうか。 おそらくは持参金つきで結婚した妻ノラ。 夫ヘルメルは重い病気になり転地療養をする。 その費用を、夫はどうまかなったと考えたのであろうか。 亡くなった妻の父、その遺産をどう見積もっていたのであろうか。 実態をしらなかったとなれば、それはあまりに無知というべきだろう。 妻の無理をしらなかったとすれば、それもあまりに無神経だったというべきだろう。 あの家で「人形」であったのは、ノラひとりではない。ヘルメルもまた、「アルジ」という人形を... ...続きを見る

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2006/09/28 20:31
知ることそして読み直すこと
フランスで古い人の足跡を調べた。 活字にされたものを追いかけるうち、200年を越える過去、小さな山村に残されていたであろう手稿のかずかずにたどり着いた。 それらは丹念に整理され、地方の文書館(アーカイブ)に保存されていた。 一定の登録手続きをすれば「地球市民」の誰もが接することのできる形で。 そのときには十分に理解されえなかった意味が、読み直す中で明らかになる。 そのことを信じて他者の手に委ねる。 その人間に対する深い信頼感に舌を巻いた。 膨大な一次資料をひとつひとつ整理し巧みなア... ...続きを見る

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2006/09/12 03:28
ちいさなこと
ちいさなことに異様に見えるほどはしゃぐあなた その背後に傷ついた心が透けて見える 惨めな気持ちが見える ごまかしてはいけない ちいさなことはちいさなこと みじめな自分はみじめな自分 たとえ魔法の粉をふりかけても 私には金のお城にはみえないよ ...続きを見る

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2006/09/08 23:33
捨てるはずのものに実は支えられていること
伊藤整という作家については多くを知らず、そして手にしたのはわずか「近代日本人の思考様式」と題された薄い文庫本一冊だけだった。 たまたま、その北海道時代をモデルにした小説2編をめくってみた。 すでに3ヶ月も前のことである。 ...続きを見る

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2006/08/16 05:48
2006年07月17日
こわれた時計を直すための道具、車を運転するときに使う日除け手袋、あれやこれやの生活具を求めてまわる。 連休の最終日。それとも人々はすでに夏休みなのであろうか。 洋風花魁のようなあるいはヴェルサイユ風浴衣姿(ご想像あれ)の混じる雑踏をさまよう。人々の自足と、平和が不思議な光景に見える。 いつか、この日を思い出すことがあろう。 夕暮れ時、地下鉄の駅へと向かう階段を降りながらその光景を切り取り、心の中に焼付けた。 ...続きを見る

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2006/07/17 21:37
土曜日の朝スターバックスで
帰国後の雑事があって出かけ、近くの店で一休みした。 店内はほどよく込み合っている。 小さなテーブルを見つけて座った。 隣は美男・美女である。 聞くつもりはなかったのだが聞こえてくる会話。 「きのう、カットをしてもらったの。30000円」 「カリスマ・カット10000円、カリスマ・シャンプー10000円、カリスマ・コンディショニング10000円」 「そんなの僕がやってやったのに」 「だめよ、使うシャンプーだってその人にしか使えないものなんだから」 ...続きを見る

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2006/07/11 13:21
東京という磁場
高田里恵子さんの評論を読み始めた。 1981年、フランスの地に立って、森有正がフランスに居続けたことに何か意味があるとしたら、それは、「母なるもの」を切断したこと、あるいは、意識化したことにあると考えた。 そのときから、何も変わってはいない。はずである。 昨年、栃折久美子さんの本を読んだ。 それ以上踏み込んで何事かを言う、そのことを躊躇した。 口を開けば棘が飛び散る。 ことにはもう少し距離が要る。 高田里恵子さんには時代と言う距離がある。 古い時代を引きずったわれわれには、参勤交... ...続きを見る

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2006/06/18 16:17
イージーライダーとカッコーの巣の上で
はるか昔のことを考えていた。 ...続きを見る

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2006/05/22 16:48
父親たちの時間
 少し前のこと、韓国からやってきたテレビドラマが人気を集めた。何度か放映され、特別番組まで組まれた。その中で、忘れられない場面がある。主人公の母親の古い友人である男性、そして、彼は主人公の友人の父親でもある。仕事場を抜け出してとおりすがり、幼い男の子と遊び慈しむ若い父親をじっと見ている。もしや、友人の息子の、あの青年は自分の息子なのではないか。青春時代を遠く望んで疑う。 うしなわれた時間。親にとっても子にとっても。 ...続きを見る

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2006/05/22 13:47
賢い子どもは殺される
もう随分前のことになろうか。 京極純一氏の話の中にでてきた。 昔話のひとつとして。 ふしぎな話である。 そして、とんでもない知恵が隠されているのかも知れぬと思う。 今の人であれば「システム」の問題として読み解くだろうか。 ...続きを見る

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2006/05/17 18:36
1950年代アメリカ
テレビがまだ身近でなかった時代、アメリカという国を知ったのはまず、「進駐軍のアメリカ兵」だった。少し町へ出ると建物の前にたって見張りをしている軍服姿を幾度も見た。少し大きな町に転居したあとは、近くに、借り上げられた住宅がいくつもあり、そこにはちいさな子どもたちもいた。床の間をトイレに改造された、土足で家の中に入っている、そんな噂話が流れてきた。町中や観光地には白い服を着た男の人が幾人か並んで、アコーディオンで音楽を奏でていたりした。父はそれを横目で見ながら、ああはなりたくないとつぶやいた。少し不... ...続きを見る

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2006/03/18 05:40
仕事のスタイル 25 設計思想
どのような小さな仕事であれ、そのことの目的と、そこで選択する素材と、方法とが吟味される。 何を最も大切にしているのか。人々が、そして自分自身が生きていくことをどのような過程であると、とらえるのか。それらすべてが集約される。 自らを生かすことにつながっているようで、実はすべてを台無しにしてしまうこと。 会社の利益をまもるようで、じつは土台骨を切り崩してしまうこと。 社会のためになるようで、じつはそのありかたをむしばんでいくこと。 素材を大切に使うようで、じつはそのよさを生かしきれないこと... ...続きを見る

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2006/02/28 07:06
雑木林の迷い道 1
ここでは、書棚を整理しながら、つい開いてしまった本のことを小さなメモに。 ...続きを見る

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2006/02/25 11:30
21世紀のエミールへ
3ヶ月ほど前から、このタイトルで記事を書こうとして、そのままになっていた。 胸に浮かんだフレーズのいくつかは、脇に置き、昨日観た映画の話。 フォード監督の「わが谷は緑なりき」 イギリス・ウェールズの炭鉱町の一家。炭鉱の繁栄と衰退。教会、牧師、そして、炭鉱主。 なかでも、「父」と「母」。19世紀末から20世紀初めにかけて。石炭の時代。鉄道の時代。 なぜか、海をこえて、日本の過去と共通性を感じる。オースティンの小説が、前世紀の日本のすがたと、親縁性をもっていると感じられるのと同じように。 ... ...続きを見る

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2006/02/25 07:20
中也とその周辺  集成
 鴨長明さんが「ちうや」の請求をなさる。しかし、話し始めると、年寄りの繰言になりそうである。おばあちゃん、そのはなし、もうきいたよ。わが身のことながらうすうす気づいている。見栄かもしれぬが、あまり目立たずいきたい。  そんなわけで、とりあえず、ちうやに関連してこれまで書いてきた記事をこれまた集成版とした。 ...続きを見る

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2006/02/14 21:24
「ニュースの発信者」はどこに生きているのか
「刺客を差し向けられた人たちの必死さというのは映像を通して、インパクトがあった。だから、つい見てしまう」・・・「僕らはニュースが発信されれば伝えないわけにはいかない。刺客候補を打ち上げた自民党サイドには、その発信する力が強く、視聴者も引かれていったはずだ」 東京新聞 1月3日 朝刊 テレビ朝日、青木吾朗チーフプロデューサーの言葉として) ...続きを見る

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2006/02/08 17:47
コーヒーと雑誌、そして新聞
職場へ車で行くとき。 20キロの道のりをことことと行くとき。 ちょうど中ほどで一休みする。 コーヒーを頼み、新聞、雑誌などを一渡り読む。人々のさんざめきに耳を傾ける。 新聞も雑誌も、ここで見てから、どうしても手に入れたいものだけを購入する。 しばらくひとりでぼんやりして、職場へと立ち上がる。 先を急ぐ朝は、都市高速を走る。 時間は半分ぐらい。いや3分の一だろうか。 ...続きを見る

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2006/02/07 18:49
1981年のルソー
 1981年夏、ミッテランがフランス大統領選を勝ち抜いたとき、いくつかの小さな政党が、選挙戦で合流していた。ユゲット・ブシャルドー率いるCFDTもそのひとつだった。エコロジストのグループはその傘下にいた。ミッテランの率いる社会党はエリートを輩出するグラン・ゼコールの出身者、官僚の支援の下に、民営化、地方分権化を進めた。それは、・・・・ ...続きを見る

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2006/02/03 20:18
悪について その2
ライブドア事件、その報道を、ほとんど見なかった。新聞とも、テレビとも、縁遠い生活をしている。 そして、時の動きはあまりに急速で、身体と気分を順応させるのが難しい。 若い人々は、携帯電話の「まるで宇宙人のような」コミュニケーションにも、ジェットコースターのような経済の動きにも、平気で対応することができるのだろうか。怒れる若者、団塊の世代も、いつのまにか歴史のかなたに押しやられていくのであろう。 しかし、この社会変化とそこでの正義の問題について、あるいは悪について、議論が進められるときに、こち... ...続きを見る

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2006/02/03 12:53
「授業」の記憶 集成
 昨年2月から8月まで18回を数えましたシリーズ記事 「授業」の記憶、このあたりで、一度まとめておきます。暇をみては、書き足すつもりでおりますが、とりあえずは元の記事のまま。  「授業」と括弧つきでタイトルをつけたのは「抵抗」でしょうか、「あがき」でしょうか。   いささか不真面目に見えるかもしれぬ、「授業」論、お許しを。  真面目に論じて右往左往の対極があればよいがと。・・・ ...続きを見る

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2006/01/30 13:14
悪について
 もうかなり以前のことになるのだろうか。  トマス・H・クックの「緋色の記憶」という小説が翻案、ドラマ化されて流されたことがある。  みずみずしい女性美術教師をたしか鈴木京香さんが演じていた。その教師と妻子持ちの地味な英語教師との間の道ならぬ恋。そして、その妻の死。年上の女性にあこがれる校長の息子。  幾夜か続いたシリーズを途中から、とぎれとぎれに見て、気になっていた。そうか、日本の話ではないのだ。そんなふうに、あいまいな印象をつなげながら、気持ちの落ち着く先を探していた。文庫本で翻訳され... ...続きを見る

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2006/01/26 18:29
てぃーたいむ
 むかし、職場で「てぃー・たいむ」という小さな広報紙を編集したことがある。ほとんど一人で作っていた勝手な新聞。当時とがっていた職場の雰囲気をすこしぼかすのが狙いだった。近くのお惣菜やさんのニュース、それに他愛ない四方山話。しかし、ティータイムそのものは、そのころから、職場から姿を消した。  心理学者の辻 敬一郎氏(個人的には先生と呼ぶ、尊敬する先達である)は、50代直前、サウス・ヨークシャーの大学で過ごした経験を「キャンパスのティータイム」という小さな本の中に書いておられる。「たいていの人は9... ...続きを見る

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2006/01/26 10:13
「賢い子どもは殺される」
 京極純一氏がどこかで紹介していた話である。  「ある村で大きな釣鐘をつくった。しかし、大きすぎて吊るせない。ある子どもが鐘に合わせて鐘楼をつくり、周囲を掘り下げればよいと提言した。やってみるとうまくいった。しかし、大人たちはこんな賢い子どもを生かしておくととんでもないことになると、その子どもを殺してしまった」  ここにこめられた寓意はいったいなんであろう。  そうだ、「賢い大人」であれば殺されるような軽率なまねはしないかもしれない。皆が困っているのを、そうか、そうかと同じように困った顔を... ...続きを見る

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2006/01/26 06:12
繁忙期:小石に躓いて
1月は繁忙期である。 なにもすることのない時間はいまのわたくしにとってはこのうえない贅沢。 中学時代の恩師のひとり、「高等遊民とまではいきませんが、それに近い生活」と退職後の今を知らせてくださる。 年の初めに届いたたより。 いわば妻子に恵まれた永井荷風。そうだ、氏が古典落語の世界に住んでいたのも「荷風熱」のせいだったのだろうか。 14歳にして、特別上質の和菓子か日本酒を口にしてしまった教え子たち。 それは、都会のおとなの味でした。 にもかかわらず、「二十四の瞳」の世界のような素朴さ... ...続きを見る

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2006/01/12 06:21
視点の引用 あるいは アントニオーニの 『Blow-up』 について
 アントニオーニ監督1966年の映画『欲望』の原題が「写真のひきのばし」を意味するBlow-upであったことは、今では知らない人の方が少ないかもしれない。もちろん、関心を持っている人の間でのことだが。しかし、1966年当時、高校生だった筆者にとっては、「欲望」という題名だけで避けて通る作品になってしまっていたのかもしれない。以後10年ほどの間に、ずいぶんたくさんの映画を見たはずだと思うが、改めてDVDで見て、鮮明な記憶が残っていない。  今、この映画をみると、人が事物をみるという行為が、他者と... ...続きを見る

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2006/01/08 12:55
料理と言葉
 結婚することになったとき、双方を知っている人物が、料理はどうするのだと聞いてきた。  当然できないだろう。その意図が目と口調に現れていた。  本を読めば書いてあるから。  そうか、理科の実験のようなものか。  相手は笑って納得したようだった。 ...続きを見る

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2006/01/05 13:31
暮のすさび: ランボオ『イリュミナシオン』からジェニー (続)
Genie ...続きを見る

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2005/12/31 08:01
奥行きの無い声で住む人々の存在を支えきれるか
 祭りが終わったら壊されるハリボテが、一生を預ける空間としてとりひきされたという話が浮上してきた。  一箇所や2箇所の話ではない。  国会と言うところで、証人喚問となった。  はなしがどこまでまことで、どこまでがごまかしか、ここでは問わぬ。  しかし、そこでかわされる問いと答えの、その「声」の質に愕然とする。  少し考えればその行為がもたらす結果がわからないはずは無い。  浅く、がらがらした声で、何を考えていたのだろうか。  どうせ、日本は全滅するんだからとでも。  児戯に等... ...続きを見る

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2005/12/20 18:14
擬似現実
朝、薄暗い内に、障子をあけてみると雪である。 積もっている。 ニュースによれば58年ぶりの大雪だという。 生まれて初めての経験だ。 子どものころひざまで隠れる雪が降ったあいまいな記憶がある。せいぜい15センチくらいだったのだろう。 さて、雪に備えて山から下りたのはよいが、長靴を持ってくるのを忘れた。 スノータイヤにすべきだろうかと心の片隅を掠めたのは、1週間ほど前だった。 生存を支えるささやかな現象の積み重ねによって、かろうじて人は自分自身を組み立てる。 世界が壊れれば、それを補... ...続きを見る

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2005/12/19 08:54
都市の民
 いつのことであったか、親しくしていただいた方を稲村ガ崎のお宅に訪ねた折、レーザーディスクで、ドイツオペラを見せていただいた。冒頭、前奏曲の部分で、ドイツの町の古い絵を一巡してうつす。そして、場面はある小さな劇場での町の人々のやりとりに移る。  「keikoさん、これがヨーロッパの市民社会なんですよ」 いったい誰のオペラだったのか、いまはおぼろげである。家人に聞けば、マイスタージンガーにきまっているさと答えがかえってくる。そして、先生の「市民」は「ドイツの市民」なのだとも。 ...続きを見る

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2005/12/13 19:05
徳川美術館前も時雨
 朝、恒例の用事を済ませて、はたと気づいた。  徳川美術館でひらかれている「源氏物語絵巻展」が最終日である。 そのまま車を走らせることにした。  日曜日の朝だから道は空いていて、車で15分。  前売り券を近くで購入して開館30分後に到着した。  しかし、予想以上の混雑である。  最終日だからか、とは思うが、それにしても雪舟展をやっていた京都の美術館以来である。ひとびとが、ずらりと並んで切符を買う順番をまっている。  ともかく、前売り券のひとはこちらからと呼ばれて横からす... ...続きを見る

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2005/12/04 20:02
犬が車に巻き込まれた
交差点で数台の車につづいて、信号待ちをしていた。交差する道路を右側からこちらへ左折してくる大きな黒いセダンの車。 と、横断歩道に薄茶色の日本犬が。 あ、と言う間もなく車の下へ巻き込まれていった。 おお! 車は気づかずに、通り越してしまう。 車が対向車線をこちら側へ来て見ると、横断歩道には犬が三角になってうずくまっている。 一瞬のちに、悲鳴があがる。 前の車から若いスーツを着た女の人が飛び出していく。 黒いセダンに続いてまわってきたバスが止まって運転手さんが降りてくる。 黒いセダ... ...続きを見る

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2005/12/03 02:51
ほんとうにたいせつなものは目にはみえないのだよ
60年以上もまえ、地上のほのかなあかりに人々の暮らしを望んだ飛行士は、時空を超えた小さな分身に、こう言わせた。 30年以上もまえ、欧州へ南回りで向かう航空機の人となったある日本の社会科学者は、東アジアの海に浮かぶ小さな島々を見下ろしながら、そこに生きる人々の心に到達し得ないかもしれないとつぶやいた。 いま、地球をまわる衛星から、あらゆるものが捕捉可能であるという。 なにもかもがわかるという。 それが傲慢な業であったということを私たちは忘れてはいないだろうか。 どんな宝も、それを知らない... ...続きを見る

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2005/11/15 00:09
11月3日
今朝の空。 3時半起床。 仕事が一段落。 電池を入れ替え、写真をとりました。 光の帯が下りています。 けっきょく今日は鈍い色の空。 寒い。 払底した食料の補充に出かけたが、あとは、家で黙々と仕事をする。 頭の片隅ではキース・ジャレットの30年間をたどっている。 1945年、アメリカの生まれ。 1970年代初めからのグループと個人の演奏活動。 1990年代の沈黙。 身体をこわしていたらしい。 夏のフランス滞在以来、ポツリポツリと重なってきたCD. 1975年、ケ... ...続きを見る

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2005/11/03 07:56
一週間のめぐり
フランスでは人と会う約束をするときに、必ず曜日で確認する。 日にちよりも曜日である。 買い物も仕事もしない日曜日を中心にした一週間の巡りがひとびとの身体に叩き込まれているらしい。 今の職場では土曜日、日曜日に仕事の入ることが多い。通常の予定以外につめこまれる義務。 土曜日に食料の買出しをし、一週間の準備をするという巡りが、壊れる。 休めなかった休日の疲れに、生活の基礎が壊れた疲れが重なる。 朝早く起きて一仕事するという習慣で辛うじてなりたっている肝心要の仕事も、繰り回せず、またそのス... ...続きを見る

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2005/10/31 18:08
さんおくえんのゆめ
さんおくえんがまるごとかっぱらわれたじけんは、いつのことであったろう。 あのころ、どれくらいのねうちがあったのだろうか。 さんおくえん、もしたからくじであたったらどうするとあるひとにきかれた。 ありえないことである。 まず、たからくじをかうかのうせいがないのだから。 しかし、これはゆめのはなしである。 ぶすいなことはいうなというこえもきこえる。 ならば、いちおくえんのゆめをみっつかいましょう。 みっつのねがいがかなうというおはなしがあったではないか。 ところで、いまのはなし。 ... ...続きを見る

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2005/10/30 16:40
プロジェクト あるいは ゆめものがたり
「ゆめものがたり」にはすててはおけないあぶなさがある。 だから、いつもこのてのはなしにはようじんしてかかるしゅうかんがついている。 そうだ、たぶん、おんねんめいたものがそこにからみついている。 たとえばルソーのエミール。 あえてこちらのゆめといえば、いつかこいつをけとばし、ひっくりかえしてやること。 おだやかではない。 もちろん。 「いつか」とおもっていた。 しかし、のんびりかまえているときか。 こかげよいかれ。 からだのおくそこでひびいてくるものがある。 ...続きを見る

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2005/10/30 14:14
自分自身の頭の上の蝿を追え (人間関係のスタイル 4)
 まだ、ほんの駆け出しの頃だ。  どういういきがかりであったか、ひとの世話を焼いたことがあった。  そのことは、当然ながらよい結果を招かず、長く尾をひいた。  自分の力でことを進めたわけではなかった。  あるいは、自分自身の存在さえ、周囲のあれこれに依存していたうえでの暴挙であった。  結局、後始末ひとつ、自分ひとりの力ではできなかった。  そして、十分な学習効果はなく、幾度か同じような失敗をしでかした。  「おめでたかった」のか、それとも「あまったれていた」のか。  おそらくは... ...続きを見る

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2005/10/23 21:59
クリスマスの記憶
 子どものころ、近くに小さなキリスト教の教会があった。おそらく日本基督教団に属する教会であったろう。プロテスタントの牧師さんがいて、日曜学校を開いていた。その周囲には、四方博・れい夫妻の住居があり、子どもたちは春陽会に所属する画家、れい夫人の絵画教室に通い、ご子息のしん氏が主宰する「どんぐり子ども会」の常連となっていたので、しぜんとその流れで日曜学校の生徒となった。通うたびにうけとる小さなカードを楽しみに。  しかし、父も母も、そのことを必ずしも快くは思っていなかったようである。  クリス... ...続きを見る

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2005/10/23 14:08
月は見えぬか
帰り着いて作り置きの料理、かぼちゃの煮物、納豆にピーマンとにんじんの炒め煮、パプリカのサラダ、野菜とジャガイモのスープで簡単に食事をし終えると10時近い。今日は疲れたと思いながら、ふと、最近月を見ていないのに気づく。どうなっているだろう。WEB上で暦を調べた。 月の出、13h41 月の入り23h20 そして、天中に上がるのが18h28。 西の空が隠れてしまうここでは、今日の上弦の月はもはや見ることができない。 しばらくは昼間の白い月だったようだから、無理もないが、月のことを考える暇もなかっ... ...続きを見る

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2005/10/11 22:09
仕事のスタイル 19 新聞記者
 これまでの経験を振り返って、新聞記者との付き合いは多くはない。  新聞は小学生の頃から読んでいたし、新聞と言うものを嫌っていたわけではない。  そのころ、すぐ近くに大手新聞社の記者を父にもつ兄弟がいた。裕福で、美しい母親と、美しい姉に、利発そうな弟は、ほどなく転勤していった。隣家の父親は地方新聞社の専用飛行機を操縦していた。しかし、記者ではなかった。飛行機から手をだして雲が触れるんだってとどきどきしながら聞いた。家の上空も飛んでいたから、空からは、どのように地上が見えるのか一つ年下の隣家の... ...続きを見る

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2005/10/09 21:29
クール・ビズのつぎはウォーム・ビズ?
あの敗戦直後のよれよれ開襟シャツ姿を彷彿とさせるクール・ビズの嵐が過ぎたとおもったら、今度はウォーム・ビズの文字が躍っている。どこかの国の総理大臣も、タートルネックのセーターに厚手のチュニック・コートなんぞを羽織って隣国の人気テレビドラマのヒーローよろしく会議をとりしきられるのであろうか。 何のことはない、何十年も空調のない部屋で仕事をしていた当方は、「時代の最先端」。冬は冬でセーターにヴェストにツィードの上着なぞをはおって、「暑くない?」などといわれていたっけ。 しかし、こう、お祭り騒ぎの... ...続きを見る

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2005/10/03 19:07
幻のアルザス通信
もう、随分昔の話になる。 アルザスと日本(鎌倉だったろうか)をつないで、双方向のWEB新聞のようなものを出そうという話が持ち上がったことがある。 日本語とフランス語で、(もちろん英語だってよいのだが)。 親しくしてくださった先生が引退後はアルザスに住んで事務所をおいて、民間の交流協会をかねた研究所のようなものを作りたいと夢見て。木陰さんも加わってください。 アイカタとの職場での長いお付き合い。 冗談というには真剣な夢物語だった。 ...続きを見る

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2005/10/01 06:26
橋本一明のこと
「フランスから本が届いた」について それに、関連して飯島耕一『ランボー以後』についての記事もhttp://crossroad.at.webry.info/200509/article_39.html ...続きを見る

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2005/10/01 05:25
よいサーヴィスとは?
今日、このブログのページトップへのアクセス数が10000を超えた。 開始1周年よりほんの少し早く。 ...続きを見る

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2005/09/26 22:48
勝つか、負けるか(人間関係のスタイル 2)
「こんな季節の夜がすき」について ...続きを見る

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2005/09/25 10:45
疑問符の世界
インターネットを使って、あれこれやりとりしていると、疑問符をつけたくなるようなことにしばしば出会う。 「出会い系サイト」を初めとしたわけの解らないリンク。 「出会い請求」「学位売ります」「すばらしい動画を」などなど「不審メール」。 相手かまわず、連発しているのか。 そうだ、どうせ切手はいらない。 「○○歳女医です。あなたの掲示板を見て…」 当方若い女医さんと出会いを求める男性ではない。 第一掲示板など開設してはいない。 「逆援交(援助交際)らしい」を求めているエグゼクティブの女性... ...続きを見る

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2005/09/25 10:09
ムカデ
住居は山にある。 ムカデ、ゲジゲジ、クモ、かまわず侵入してくる。 虫が嫌うハーブや、除虫菊の粉などで、近づけないようにするが、夏も終わりになると効力がきれてくる。 遅く帰宅。 ありあわせのもので簡単に食事を済ませ、歯を磨こうと洗面台に向かった。 ポロシャツの半そでがきれた、腕の辺りがおかしい。 ふいと見るとえっ。 ムカデだ。 息を呑んで。  叫んでも来てくれる人はいない。 洗面台のなかへ振り落とす。 はぁ、体長12センチはあった。  あとは水攻め、熱湯攻め。 無用な殺傷... ...続きを見る

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2005/09/20 21:49
フランス土産はCD 2005年夏 その3 DEATH AND THE FLOWER
どのCDにしようかと迷っているうちにキース・ジャレットのところに行き当たった。 ...続きを見る

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2005/09/16 21:15
王様のふくらんだおなか
王様は生まれたときから王様でした。 王様は生まれたときからお金持ちでした。 ...続きを見る

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2005/09/14 20:15
サルの世界の話
もう、ずいぶん前の話だ。 タモリが進行役を務める動物の生態の番組があった。 サル、ネコ、キリン、あれこれ・・・ ...続きを見る

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2005/09/14 06:44
三田界隈、大通りを神輿が行く
所用で三田のほうへ出かけた。 田町の駅を降りて西の方角へ歩いていくと、街は祭りであるらしい。 神輿を担ぎ、それを取り囲む一団が、大通りの交差点で、スクランブルに横断。 角材を井桁に組んだ神輿を担いでいる中に、よく見ると、女の人もいる。 背の高い人も低い人もいる。低い人は精一杯背伸びをして。 そうか、神輿って、背の高さがそろわないと苦しいんだ。 車と横断者も、ぼんやり眺めて、通常の信号指示になるまで、しばらく待っていた。 ...続きを見る

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2005/09/11 20:35
リチャード・ギア 演じる弁護士が少し大味
自宅から歩いて15分、車で5分のところにサービスで映画を見せてもらえるところがある。 英語に耳を慣らす、世情観察、等々と理由をつけて、ときどき空いた時間をつぶしにはいる。 先日はリチャード・ギア演じる アメリカ版 Shall We Dance? とすらすらと書いたところでリチャード・ギアは知らなかったのである。 そして、元祖日本版も見ていない。 そこで主演した役所広司はさすがに知っているけれど。 しかし、ダンスを扱った映画ということでいえば、1999年夏、モントリオール映画祭に行き会... ...続きを見る

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2005/09/07 06:44
フライブルグの石畳 その3
大写しにするとこんな感じ。 ...続きを見る

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2005/08/31 19:04
フライブルグの石畳 その2
これは、照明器具のお店の前。 日曜日なので残念ながらお店は閉まっている。 ...続きを見る

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2005/08/31 19:01
フライブルグの石畳
ヨーロッパ滞在中、知人の車に乗せて貰ってドイツの黒い森を南下、帰途フライブルグに立ち寄った。10年ほど前、そのみごとさに感嘆した石畳を写真に写した。 歩道の石畳である。店の入り口に、店の案内を兼ねた模様がはめこまれている。 ...続きを見る

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2005/08/31 18:56
ストラスブール 夏のサービス
ストラスブールの有名なカテドラルからほど近い広場。 クレベールの名がかぶせられている。 来年夏、ここからツール・ド・フランスが出発するそうである。 少し広く、夏とはなれば日差しが強く耐え難い感じがあった。 地下は大駐車場である。 10年前にはこの巨大駐車場の床と屋根を維持できずに、しばらく閉鎖になったことがある。 近年、周辺に樹木を配し、一角には緑地を設け、間歇泉のように霧を噴出すサービスを始めた。 子どもたちがこの吹き出し口にとりつくようにしてはしゃいでいる。 ...続きを見る

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2005/08/27 14:29
大学付属植物園
例によって、ストラスブールの街で短い夏をすごした。 宿の目の前は大学付属の植物園。 昼間、自由に散策することができる。 Freeとは、入場無料と言う意味である。 ひとつひとつ学名をつけた札が用意されている。 しかし、それだけでなく庭としてもなかなかである。 ベンチに腰掛けて樹木を日除けに、新聞や本を読む。 大学のカレンダーにここの写真を月ごとに載せていた。 たしか、昨年。 奥に進むと子どもたちに開放されるプラネタリウムもある。 さらに奥には週に2回公開される地震研究所もある... ...続きを見る

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2005/08/26 23:53
2005年8月15日
敗戦の日から60年 当時の日本政府がこの日を敗戦宣言の日と決めたのは何か大きな戦略でもあったのだろうか。 ともあれ、60年という月日は、30年ひと世代とすれば2世代。戦禍をくぐることのなかった人々があふれかえっているということでもある。 戦後生まれのわれわれが、子どものころ日清・日露の戦争について、現実感なく聞かされたのと同じように今の子どもたちは感じることであろう。 それにしてもこの60年間は奇妙な年月であった。 アメリカの政府がある東海岸からは、広いアメリカ国土をわたってはるか西海... ...続きを見る

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2005/08/15 03:46
中原中也に関する覚え書き
フランス詩をめぐって、以下の論文があります。 そのほかにも、『中原中也研究』(年一回刊) 1996〜 には関連論文が掲載されています。 ...続きを見る

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2005/08/10 22:05
嵐の7日間
旅行を間に挟んで6泊7日。中学生、高校生、父親と母親のご一行様は今朝、東京へ発った。 明日は、フランスへ帰国。 上の子どもはこの9月からグランゼコールを目指す準備校に通うために親元を離れる。 バカロレアを終えたこの時期が、家族旅行の最後の機会かもしれない。 子どもたちには13歳は13歳なりに、17歳は17歳なりにそれぞれの自己主張があり、そのたびに、家族4人の間で激しい議論が行き交う。 無用に昆虫をいじめる息子を母親がとっちめ、その息子との間に延々と議論が続く。 子どもの主張に対して... ...続きを見る

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2005/08/07 14:45
たそがれ時の少年たち
 陽も落ちてから衣料品の量販店に立ち寄った。  少し季節はずれのものをワゴンに入れて安売りしている。  前を通り過ぎようとすると、3人組の少年たちが、  「あ、ごめんなさい」  と道をあけてくれる。  気にしなくていいのに。 ...続きを見る

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2005/07/23 21:17
夏休みが待ち遠しい
 世の中はすでに夏休みであるらしい。  こちらは、まだまだのようであるらしい。  会議。打ち合わせ。外回り。通常の仕事。  暑さのせいか、会議でつい言わずもがなのことを言う。  結局、関係修復のための会を持たねばならぬ。  若い人に厳しいことを言う。その後始末をせねばならぬ。  結局すべては、跳ね返ってくる。  机の上に積み重なった書類を、どうかたづけよう。 ...続きを見る

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2005/07/22 21:14
「木陰」ってどんなやつだ
 父が亡くなってもう6年になる。先日、その法要のあと、皆で食事をした。  京懐石の小さな店である。  蓮の葉で包んだ鮑にじゅんさい入り葛あんまわしの一皿にはじまり、まるで、河原で料理をしたような熊笹にのせられた焼き鮎を含んだ、繊細かつ豪快な料理に時を忘れた。  店主夫妻と四方山話をして別れた。  帰途、姪は「どうやってこのお店をみつけたの?」  「コーヒーショップで同席して・・・」と事情を話すと姪はあきれている。  「そんな、居酒屋でとなりのオジさんと親しくなるような・・・」  お... ...続きを見る

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2005/07/16 07:21
仕事のスタイル 15 トラブルに対処する
美術館に面したしゃれた「おしるこや」で、子どもが粗相をして器を壊した。 破片と水が飛び散った。 ...続きを見る

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2005/07/03 03:34
山間小都・フライブルグ
 ドイツの西端に南北に走る黒い森、そのさらに西南端に接するようにフライブルグはある。南へ向かえばそこはすでにスイスのアルプス。  フライブルグとはおそらく自由の町と言う意味だろう。しかし花の町と勘違いしてしまいそうな美しい町である。  中心には市電だけがゆっくりと入っていく。市内はすべて歩行者優先である。郊外へとむかういくつかの路線が、周辺の住宅衛星都市との間を結んでいる。  町へ近づいた車はあっというまに市の中心部を迂回してしまうように作られている。ぐるりぐるりと回り、周辺の市電の駅に隣... ...続きを見る

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2005/06/29 07:33
吉永小百合演じる志乃がかっこよすぎる
少し前に公開された映画 『北の零年』 を見た。 淡路島から北海道へ移封された人々が、明治初期になめた辛酸を描いた映画だった。 そういえば、会津から東北は南部地方へと領地替えをされ、移住していった人々の話も、以前に本で読んだことがある。 幕藩体制から「薩摩」「長州」が主導権を握る「明治」の時代へ。 幕藩体制という、いわば旧い官僚機構から、明治の時代の官僚機構への組み換え。 過去の社会的地位と財産の喪失、そして旧い行動規範や倫理観の崩壊。 以前に読んだ本に描かれていたのは、作物の育たない... ...続きを見る

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2005/06/28 19:21
桑名という町
 初めて、桑名で宿泊した。  あまりに近いために深く知る機会のない町というものもあるものだ。  はじめて仕事について、年下の同僚となった人が桑名から通っていた。  若い知り合いにやはり桑名の老舗のお嬢さんがいた。  桑名から養老山系の奥へ分け入った先の城主で、桑名の城をも治め、明治維新のころ尾張徳川家の城代家老をも勤めた家系のご老人に親しくしていただいたこともある。 ...続きを見る

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2005/06/17 18:05
伊勢路を走る
 この季節、三重県一帯を仕事で走り回っている。  訪ねる先は小さな施設。  さまざまな道を小さな車で走る。  東名阪自動車道、伊勢自動車道、三重湾岸自動車道、3つの有料自動車道路  国道1号線、国道23号線、  さまざまな県道、  集落の中の曲がりくねった道、そして田畑の中の農業道路。    有料自動車道路は、人々の生活からフェンスとゲートによって隔絶され、一度入ったら目的地へと自動的に運び出されるまで自由が利かぬ。  国道23号線は愛知・三重の産業道路である。大型トラックがわ... ...続きを見る

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2005/06/17 16:59
仕事のスタイル 12 女が着る夏の仕事着
夏、仕事の関係で外回りをする。 10年以上も前、麻の生地でスーツを仕立ててもらった。 ごく普通の襟付きの上着にセンタープリーツのスカート。 淡い青磁色とベージュのグレンチェックにごく渋いワインカラーのめだたないアクセントが入っている。 さして多くはない夏の出番に、必ずといってよいほど登場させた。 それより少し前、殆ど同じ青磁色の無地の麻のブレザーを着ていた。 既製品で気に入っていたこちらは、少し着すぎて洗濯に出すたびに襟が傷んで、きられなくなった。 職場の中で仕事をするときは、たい... ...続きを見る

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2005/06/07 21:45
100年前の闇
 ソフィア・コッポラの「Lost in Translation」に映し出されたTokyoは、不夜の迷宮だった。  実際に東京では、12時を過ぎても電車は窓と言う窓を輝かせ、アルコールの残り香と、疲労と、酩酊とをのせて通り過ぎてゆく。  6年前、83歳の誕生日を目前にして亡くなった父は、子どものころ、ランプの手入れをするのが役割だったという。細いガラスのほやには子どもの手しか入らなかったからだと聞いた。その村に、電気がやってきて、ほそぼそとながら、外灯が、人々の辿る村の径を照らしはじめたのはい... ...続きを見る

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2005/05/25 07:30
もう一人の芥川龍之介
中学生・高校生の時期には、芥川龍之介の作品を随分読んだと思う。 そして、彼の作品についての同時代や時代が下ってからの評論も、読んだと思う。 すこおし、闇の世界を覗くような、しかし、それは、御伽噺の世界に納まってしまっているような、不思議な感覚があり、そのうちに読まなくなった。 昨晩、近くの書店で購入した関口安義氏の『芥川龍之介』(ラジオ講座のテキストである)を読み、実は芥川龍之介のことは、何も分かっていなかったのではないかと思った。 「養家」のこと、「家」のこと、「恋愛」のこと、「結婚」... ...続きを見る

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2005/05/17 15:17
仕事のスタイル 8 アルコールの付き合い
アルコールを分解する酵素に2種類あると聞く。 即効的な酵素の多い人は、当座分解されるので赤くならない。 遅効性の酵素の多い人は、二日酔いにならない。 父はすぐ酔い赤くなった。母も家でアルコールを口にすると、動けなくなった。 しかし、父の父、祖父は斗酒なお辞さずの豪傑だったらしい。 アルコールを口にする機会は大学生活の終わりくらいからあった。 緊張していたせいもあるかもしれない。前に置かれるとつい飲んでしまうのだが、一向に酔わず、赤くもならなかった。 仕事に就いたとき、所属部局の長は... ...続きを見る

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2005/05/15 18:36
仕事のスタイル 7. デザイナーズ・ギルドについて
「「仕事のスタイル 6 一息入れる時」について」について 若いころすんでいたアパートから程よい散歩の距離に、小さなギャラリーがあった。対になった小さな二つの店舗の一方は企画個展、一方はセレクトショップのようになっていた。二つの店舗のそれぞれをご夫婦で分けて運営していた。セレクトショップの方は夫人の分担だった。一時は服飾中心のデザイナーとして縫い子さんもたくさん頼んで仕事をしていた方だった。ある大手広告会社の仕事を請けていたこともあると聞いた。 このころには、自分で気に入った品々を並べる趣味の... ...続きを見る

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2005/05/12 18:39
乙武氏 「五体不満足」 のこと
「「蜘蛛の糸」を切るとき」について 乙武洋匡氏の『五体不満足』が刊行されたのは1998年秋だったらしい。 いまは閉じてしまった行きつけの本屋に平積みされているのに気づいて購入し、「これは」と思ってかかわりのある「統合保育」を実践している保育園の園長先生のところへ持ち込んだ。行動力のある園長先生は「すわっ」とばかりに、頭のかたい所轄のお役所に数冊購入して寄付してくださったらしい。 心のバリアフリーを広げたいというお気持ちからだったと思う。 この本の特徴は誰もが認めるとおり「無類の明るさ」に... ...続きを見る

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2005/05/12 18:02
学生生活のスタイル 4. 異国で学ぶ
「桜井よしこ 「何があっても大丈夫」 について」について ジャーナリスト桜井よしこさんの自伝的回想記「何があっても大丈夫」は、アメリカで学生生活を送ろうという若い人にとっても示唆に富む。 桜井さんは高校卒業後、長い間別れて暮らしていたお父上の仕事先ハワイで、その仕事を手伝いながら学生生活を始められた。その後お父上と別れて、資金援助のないまま苦労して学生生活を続けられた。語学のこと、学費のこと、日本人留学生としての自国文化への姿勢。 卒業までの5年間、そしてその後1年の学生生活について、留学... ...続きを見る

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2005/05/08 07:15
仕事のスタイル 5. 桜井よしこさんの回想記から
「桜井よしこ 「何があっても大丈夫」 について」について   ジャーナリスト桜井よしこさんの回想記『何があっても大丈夫』(新潮社)には、女性の仕事の服装についても興味ある文章がある。   彼女がハワイでの学生生活を終えてとあるアメリカの会社の東京支局で助手として働いていた時期、 その支局長ボンド女史が彼女に言った言葉、 「記者はいつ何時でも、取材に走らなければならない。突然、総理大臣官邸に行くこともある。身づくろいは、そのことを念頭に置いておきなさい」 ...続きを見る

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2005/05/07 20:36
桜井よしこ 「何があっても大丈夫」 について
風薫さんのブログを拝見して、私も桜井よしこさんの回想記を読みました。購入したまま、出先で一気に。 1945年生まれとあるので、今年、60歳になられるのでしょう。30代の半ばから40代をテレビのアンカーマン、50代を執筆活動に振り向けられたとあります。 広報誌「波」に2002年から2004年にかけて連載されたものが基盤となっているようなので、おおむね50代の終わりに書かれたものということになります。 感嘆するのはまず、ご両親について、思い切って書き込んでいらっしゃること。今は故人となられたお... ...続きを見る

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2005/05/07 19:59
学生生活のスタイル 3. 僕もない知恵を絞っている、君も・・・
子どもの頃に読んだ夏目漱石の伝記に第1高等学校で教えていた時代の、こんな逸話が載せられていた。 ある日、講義をしていると一番前の学生が片手を懐手にして座っている。漱石が「君、失礼じゃないか、腕はきちんと出して講義を受けたまえ」と注意する。と本人は困ったような顔、周囲の学生はにやにやしている。そのうちに周囲の友人が、「先生、彼は片腕がないんです」と弁明する。 困った漱石は、「僕もない知恵を絞って講義をしている。君もない腕くらい出して聞いてくれてもよいではないか」と応じたという。 たしかその本... ...続きを見る

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2005/05/07 07:56
学生生活のスタイル 2. 地面に座る
「今の若いのはやたら地面にはりついているんだよ」 などと取り交わされるようになって久しい。 「まあ、犬の糞が落ちてることも少なくなったしね」 とまぜっかえす私。 そういえば、当方がまだ学生の頃、ほんの数年年上の大学院生が 「僕らの頃は大学生といっても、着る服がなかったから、ほとんど皆、詰め襟のままだったよ」というのを聞いた記憶がある。 黒い学生服であれば、地面に座れば痕が残る。 すべてが気軽に、境界がないスタイルになったということか。 ...続きを見る

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2005/05/07 06:08
映画から人間関係と心を読む: ブログ発見
「「授業」の記憶 8 裁判:父の課外授業」について 少し前、1950年代のアメリカ映画「12人の怒れる男」について、書きました。この映画、社会心理学と関連させてみても、生涯発達心理学と関連付けてみても興味深いものでした。 ...続きを見る

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2005/05/06 15:32
仕事のスタイル 4. 女が仕事に履く靴
須賀敦子の晩年の作に『ユルスナールの靴』という中篇がある。 子ども時代のカトリック系の学校でのシスターの靴、銀座で誂えていたという父の靴、そして、フランス語によって作品を発表した女性作家ユルスナールの子ども時代から成人期の靴。 もちろん、自分自身の靴についてのあれこれも。 『ユルスナールの靴』では、靴がその土地の文化,、人々の生き方と分かちがたくねじれあっていることがそれらのパーツをとおして編み上げられている。 ...続きを見る

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2005/05/05 18:06
仕事のスタイル 3. ON と OFF
最近、整体に通うようになった。 気づかぬうちに身体全体の血液やリンパ液の循環が悪くなっているらしい。 治療をうけて始めて身体の異常に気づく。 仕事でパソコンに向かう人には「肩こり」「腰痛」が多いですよ。 と先生。 たしかにしらずしらず、不自然な姿勢のまま、長時間ディスプレイの前に固まっている。 定期的に休憩をとること、身体を動かすこと。 心がけてもなかなかうまくいかないのだが。 ...続きを見る

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2005/05/05 13:34
仕事のスタイル 2. 人命第一ということ
先日の新聞に、福知山線の事故車両に乗り合わせ、ご自身も怪我をされた新聞記者の方の記事が掲載されていた。 事故の当事者として見聞された、初期救助に尽力してくれた周辺の会社などの人々についての報告だった。 仕事を返上し、駆けつけ、仕事に使っているさまざまな道具、トラックや機材、氷、水までもを投入し、救助にあたったと。震災の記憶が蘇ったといって。 読んでいて涙が出た。 急ぎの仕事もあったかもしれぬ、使用予定のあるシートや氷、商品としての水でもあったろう。 そのとき、何が一番大切かと言うことに... ...続きを見る

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2005/05/05 12:34
桐野夏生の『魂萌え!』を読む
日曜日の新聞書評を見て、購入。 久しぶりに新刊小説を読んだ。 昨年の毎日新聞連載小説らしい。 「日残りて、昏るるにまだ遠し」という人生の昼下がり、伴侶を亡くした人々の物語。 日常生活の中に埋め込まれて、気づかない問題。見ようとしなかった世界。 それが伴侶の喪失を契機に、姿を現す。 「・・・・初めて知って、動揺したわ。でも、心の中ではパズルが合ったような爽快な気持ちもあった・・・・」 ...続きを見る

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2005/05/05 12:27
仕事のスタイル 1. 女が仕事に着る服
  初めて月給をもらう仕事についたのは20代半ばだった。   仕事につくということが何を意味しているのか、今思えば何もわかってはいなかった。いや、当時の自分自身、学生気分の抜けないまま、不安で一杯だったのだが。   しかし、もう学生でいてはいけないという思いだけがあった。   ならばどうすれば良いのか何一つ見通しのないまま。 ...続きを見る

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2005/05/03 19:54
呼気と吸気の感覚
「本当にたいへんだと思ったら、息をゆっくり吐いていくことだ」 とおい昔に教えてくれたのは、中原中也ではなかったろうか。 今考えてみれば、あの「ちうや」もどこかでは、過呼吸を経験したことがあったかもしれぬ。 はじめて、その場面に遭遇したときはさすがに動揺した。 知らせを受けて駆けつけてくれた看護婦さんのその若い人への対応を見ていてなるほどと思い出したのだ。 吸うのではなく、吐くことだと、「ちうや」が言っていたのを。 吸うことで構成された現代社会を憂えていたことを。 あの幼い日から、私... ...続きを見る

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2005/04/27 20:35
ストラスブールのトラム(市電)
  10年ほど前、フランスの東北の一角を占めるアルザス地方ストラスブール市に市電が走り始めた。   モータリゼーションへの抑制効果をねらった、排気ガスのない、安全に歩ける市内を希求する動きとして「市電」の復活が注目されだした時期であった。ちょうどこのころ、ここより南、ドイツのフライブルグの交通システムがひとつのモデルとして日本にも紹介されていた。内橋克人氏のレポートを新聞で読んで、列車を乗り継いでドイツの黒い森の南端につながる美しい町を見に行ったことがある。   ストラスブールのトラムの... ...続きを見る

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2005/04/22 13:40
「ぼくは2番だ」 本当の強さとは何か
  遠い昔のことだ。   クラブの定期刊行物に卒業生が寄稿したエッセイに忘れられない文章があった。   将棋の手合わせを皆でする。ぐるりと見回して、「ぼくはこの中で2番だな」と言えるひとが本当の強さを備えた人だ。そんな趣旨のものだった。   まだ、日本が経済成長と国際競争力の増強を目指して、「右肩上がり」の進歩を遂げようとしていた1966年のことだ。   20年以上もたって、テレビで、日本は世界一豊かな国だと喧伝されるようになった。にぎやかなバラエティー番組で、「東京だけの土地代で世界中... ...続きを見る

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2005/04/20 09:56
「蜘蛛の糸」を切るとき
  伴侶の妹が子どもたちを保育園に通わせていたころ、この孫たちの運動会の様子を見に出かけた義母が、不機嫌な顔で戻ってきた。同じクラスにいた障害を抱えた子どもたちのことをさして、「あんな子どもたちとうちの孫が一緒に生活するなんて」と子どもたちの母親、すなわち自分の娘、そして息子とその伴侶を前にして感情を吐き出した。   娘はあわててその火を消そうとしたが収まらなかった。   娘は障害児の保育を教育の課程で修め、いわゆる統合保育の実践者でもあった。息子の伴侶は幼少のころから、「しいのみ学園」の記... ...続きを見る

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2005/04/19 11:54
統計でみる世界 自殺発生頻度
自殺や、心中のニュースがもたらされない日はない。 いったいどれくらいなのだろう。 OECDの統計を教えてくれた人がいる。 世界各国の統計データがある。 わかったこと。 1.年単位で見て人口10万人あたり、14人ぐらいは、自殺者がある。ということは、100万人の都市であれば140人ぐらいは1年の間に自殺していることになる。200万人の都市ならば280人。 2.高齢者においては若年層におけるより圧倒的に自殺が多い。 3.女性よりも男性の方に圧倒的に自殺が多い。 4.現在日本は自殺者割... ...続きを見る

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2005/04/19 11:45
トーマス・マン 「トニオ・クレーゲル」 トニオが象徴するもの
    トーマス・マンはなぜか近寄りがたい存在であった。北杜夫の「楡家の人々」やその成立の経緯を書いた彼の自伝的小説をとおして、マンのことは知った。手近にあったのは、「老い」をテーマにした小編を編んだ作品集だった。「楡家の人々」は徹夜同然で読み通してしまったのに、「ブッデンブローク家」や「魔の山」には手がでなかった。そもそも、当時、翻訳の言葉に神経質になっていて、外国文学を読むのが辛かったという事情もあった。中学生の頃までは無邪気に読み飛ばしていたのに。    いずれにせよ、10代の終わりのこ... ...続きを見る

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2005/04/14 22:28
「堀辰雄」  あるいは「芥川龍之介と背中合わせに立つ人」
 堀辰雄の作品は、高校2年生の時に初めて読んだ。 ...続きを見る

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2005/04/08 09:49
その旧い友人の死を知らされてからさえ、既に長い月日がたった
最後に会ったのはその年さえ定かではない昔のこと。 井の頭線の車中だった。 ...続きを見る

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2005/04/05 10:50
『シュバちゃんかベトちゃんか、そんなこと いざ知らね・・・』
 もう10年以上も前だろうか、「都響」がベートーベンのシンフォニーの連続演奏プログラムを組んでいたのは。  当時、知人が契約していた会員権を、在外研究でフランスに滞在してる間という約束で、わが家で預かっていた。 ...続きを見る

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2005/04/05 08:28
エイプリル・フール
子どものころ、エイプリル・フールのニュースをよく聞いた。 気の利いた「おかしなはなし」 ユーモアのある「ほら」 ニヤリとしたり、 クスリとしたり、 おなかを抱えて笑ったり、 できるといいな。 ...続きを見る

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2005/04/01 11:26
「授業」の記憶 11 長所と短所をよむ
  大学3年生の専門の演習のひとつは、学術雑誌の1年間分の論文を分担して読み、報告するという形で進められた。   厳しい先生で、1時間目の開始時刻で部屋に中から鍵をかけてしまうと予告された。   レポートの準備が間に合わなかったときは悲惨で、朝まだ暗いうちに印刷室にもぐりこみ、ひやひやしながら配布資料の準備をしたものだった。 ...続きを見る

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2005/03/29 19:35
努力が実らない不幸:回転扉の改造と事故をめぐる特集番組
日曜日の夜、テレビの特集番組を見るともなくみていた。 ...続きを見る

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2005/03/29 19:10
ブルガリアのブルースに寄せて
2日前のことである。 職場の会合がお開きになって音楽を専門にしている同僚と駐車場で別れた。 そのとき、件(くだん)のブルースのCDを渡した。前に話したときには、「ブルースまではちょっと」と、身を引いていた相手に。 われながら押し付けがましいかなと思いながら。 ...続きを見る

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2005/03/17 15:49
とある国のライブハウスにブルースの響きは流れ
ときどき立ち寄る茶館の店主が教えてくれた、ブルガリア?のブルース。 ...続きを見る

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2005/03/01 04:09
井上陽水 「カナリア」 とジェーン・バーキン 「カナリア」
1980年代の井上陽水の歌、「カナリア」。 ...続きを見る

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2005/02/26 14:03
信じることと疑うこと
久しぶりにテレビのニュースを見ていたら、関西の小学校での卒業生による殺傷事件およびそれを受けての学校の警戒態勢の強化についてのニュース、東北地方での子どものキャッチボールの玉が他の子どもに与えた被害についての親の責任を問う裁判のニュース、それに若い女性に「つきまとって」それを咎められた男性が女性を殺害したこと、その男性が逮捕されたこと、家族がつきまとわれていることを警察に訴えたこと、それらが併せて、ほとんど続いて報じられた。 いずれも、やるせない。 殺傷事件を起こした少年や外国からやってきた... ...続きを見る

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2005/02/18 11:05
ジェーン・バーキンの名は知らなかった
何ヶ月も前のことだ。 ...続きを見る

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2005/02/02 03:58
井上陽水の「青空、ひとりきり」 1980年代を準備したもの
陽水の1970年代前半までの作品については、比較的評価が安定しているのに対し、1980年代以降の作品と音楽活動については、評価が分かれるようである。 ...続きを見る

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2004/12/22 17:24

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