| タイトル |
日 時 |
ガラスの箱
踏み出せない壁。
その透明な箱の中で歌っている。
その向こうにも、こちらにも、そして上手にも下手にも世界は広がっているのに。
ぴたりと押しとどめる壁に張り付き、歌っている。
熱い歌声がほとばしる先から凍り付いている。
それを遠くから見ている。
そんなの簡単よ。ほら、踏み出してご覧。
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2009/07/02 09:12 |
よい週末を
Bon soiree!
Bon week-end!
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2009/06/28 19:43 |
An Old New Town
学生の実習先を廻るというこの時期の恒例行事が続いている。
実習先は学年が上がるにつれて学生の住居に近づく。
それに合わせてあるいは訪問先の合間合間に、あるいは食事の場所を求めて、近辺を走り回ることになる。
数十年前に作られたニュータウンを走り抜ける。
計画的に作られた街並みに豊かで整った街路樹がほどよい木陰をつくる。
集合住宅も独立住宅も規則正しく並ぶ。
美しい。
醜悪に見える方向も高さも色合いもまちまちな、個別の欲望をそのままに形にしたような街並みと対比してみる。
美しい、が、...
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2009/06/28 04:16 |
ゆとり教育と効率志向のハイブリッド?
頭脳明晰な若い人々ばかりになって、とかくやりにくい。
「無駄なことはしない」
「ポイント」と称する「結論」だけを聞きたがる。
「答え」を聞いたところで力にはならないのに。
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2009/06/20 18:44 |
LOUD VISION
久しぶりに早めに車で帰宅。
途中、Ogni に立ち寄る。
一週間前、この前を通ったのは9時近く。すでに入り口の巻上げ鎧戸があらかた降りていた。
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2009/06/20 06:44 |
ニュースにならないとき
鉄道事故が続く。
そのたびに、あるいはと人々は思うのか、押し黙る。
そして、そのままニュースになることはない。
人口10人当たり23.7人。
2006年のデータ。
100万人あたり237人。
1000万人あたり2370人。
1億人あたり23700人。
自殺が自らに対しての殺害とする。
23700人。
しかし、それはニュースにならない。
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2009/06/12 22:19 |
空中音楽室あるいは退屈しのぎ
帰路求めた夕刊に坂本龍一が最近出したCDアルバムのことが紹介されていた。
Out of noise。
Jacques Attali、Glen Gould を思い出して、散策中、坂本龍一によるGould の選曲アルバムの存在を知る。
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2009/06/06 10:55 |
2009年4月26日
新しい年度が始った。カレンダーを見れば2009年ももはや3分の1近くをこなしてしまった。
通常の期間、「毎週のお仕事」で廻っていくことが少なくなるだけ、この一年の最初の3分の1はあたふたとする。新しい仕事をめぐるやりとり、関わっている仕事の突然の不具合、人々の入れ替わりに伴って積み重なる仕事。
年度の交替に伴って、責任のある仕事をひとつ、少し若い人に代わってもらった。
何年かごとに廻ってくる集合住宅の理事の役割がいやおうなく順番となった。
職場の仕事が二つ減り、ひとつ増えた。
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2009/04/26 06:27 |
蜘蛛の糸
水面に垂らした糸が一点を吊り上げる。
吊り上げられた水面はひたすら天空へと昇りつめる。
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2009/04/19 03:13 |
美女が立ちはだかる
歓迎すべきだろうか。
それともいらだつことだろうか。
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2009/04/16 09:13 |
狐の饂飩屋
山道のはずれに小さな饂飩屋がある。4人がけのテーブルが3つ、カウンター席3つ。旧街道に開いていた店を街の再開発を機会に移して数年。なじみの客も訪れ、それなりににぎわっていた。それが、このごろ夜、立ち寄ると決まってほかの客がいない。一人で入るときのお決まりでカウンターに座る。仕事中の夫婦と四方山話になる。「あそこの工場も金曜日から休み」「あちらでは木曜日から休み」「仕事をしている日のほうが少ない」「こちらの工場はたたんで田舎へ引き上げた」・・・いつものメニューに替えてこの間はかき揚げうどん、今日...
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2009/04/12 08:05 |
四月のジョーカー
目覚めてみればパソコンを通してお手紙が
「ワタシヤメマス」
なんと子どもじみた・・・
と呟いてみる
仕事をなんと心得る
何人の人間を相手にしている
キミのためにどれだけの人が動いている
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2009/04/01 08:21 |
困難が可能性の扉をひらくこともあり、護ることが閉じ込め、限定し、隘路に追い込むこともある
李良枝と丸山真男・・・
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2009/03/03 20:59 |
街の顔
松岡正剛氏がブルーノ・タウトのことを書いている。それを糸口にゲシュマックから数寄という表象へと話が進む。
年末年始、久しぶりに国内に留まっていた。耐え難い街の顔にわが身を晒しながら。はらわたをひっくり返したような看板、これでもかとありったけを並べた店先、それらがいっせいに襲ってきていたたまれなくなる。
こんなとき、自分自身がひどく狷介な人間に思えてきて、さらに不快感が募る。
「ゲシュマックとは「趣向、好み、味、風味」といった意味のドイツ語」だとか。そして数寄。それらを正剛氏はタウトをたどり...
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2009/01/16 19:27 |
リア王の迂闊
自分には無い。
他人さまには有る。
不当だと思う。
たとえば力。
たとえば財産。
その不当な関係を修正する。
そのためのあれこれの謀は正当なものだ。
こころの奥底で、そのように考える人は多分少なからず居る。
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2008/06/03 19:31 |
アートシアター・ギルド 1971年
ATG 1971
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2008/02/12 05:06 |
アート・シアター・ギルド 1970年
1970年
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2008/01/30 04:00 |
アート・シアター・ギルド 1969年
ATG 1969
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2008/01/04 01:27 |
アート・シアター・ギルド 1968年
ATG 1968
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2007/12/12 05:23 |
アート・シアター・ギルド 1967年
ATG 1967
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2007/12/02 21:24 |
アート・シアター・ギルド 1966年
ATG 1966
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2007/11/23 16:49 |
アート・シアター・ギルド 1965年
ATG 1965
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2007/11/22 19:04 |
アート・シアター・ギルド 1964年
ATG 1964
女ともだち - 監督: ミケランジェロ・アントニオーニ, 1956年製作(イタリア), 1964年1月封切.
イワン雷帝 - 監督: セルゲイ・エイゼンシュテイン, 1946年製作(ソビエト), 1964年2月封切.
私はそんな女 - 監督: シドニー・ルメット, 1959年製作(アメリカ), 1964年4月封切.
去年マリエンバートで - 監督: アラン・レネ, 1960年製作(フランス), 1964年5月封切.
鏡の中にある如く - 監督: イングマール・...
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2007/11/22 03:25 |
アート・シアター・ギルド 1963年
ATG 1963
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2007/11/21 06:43 |
アート・シアター・ギルド 1962年
中学生のころ、映画はまだめったに観られるものではなかった。
昨今のようにテレビで再映されることも少なく、レンタルビデオなどまだない時代である。
中学校から年に1回、市中の映画館へ連れ出してくれた。憶えているのは「小鹿物語」と「禁じられた遊び」である。友人がなぜか切符を持ってきて勧めてくれた映画を家族で観に行った。「静かなドン」と「僕の村は戦場だった」。そのころ、アート・シアター・ギルドの活動が始まったと新聞に紹介されているのを見た。しかし、その上映館への道のりは少々遠かった。
頻繁にそこへ...
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2007/11/20 22:13 |
改めて数字を並べてみれば
東京大学の研究グループによる、全国の大学生対象の調査結果の一部が新聞紙上に載っている。
その内容を少し並べ替えた。
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2007/11/19 22:27 |
均一商品大量生産・大量消費
いつの頃だったか、「赤福餅」「お福餅」の間の抗争がドラマとなったことがあった。記憶違いでなければ、「赤福餅」の側から、最後は勝利におわった2店の競い合いがえがかれていたはずである。
引き取り商品の作り直しが三十数年前から始められていたという小さなニュースを聞き、そのことを思い出した。
もともとは、土地で採れる材料を使い、姿の見える相手との間で取引されていた生餅が、キオスクにならび、支店や営業所を方々に持ち、新幹線の中でも頒布される商品となった。品物を切らさないとなれば、どこかでは過剰に供給さ...
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2007/10/26 18:56 |
媒介者の責任
人さまにものを差し上げる。
紹介をする。
間に立つ人となる。
能動的ではなくとも、そこに責任はつきまとうものだろう。
ある大きな仕組みの中に身をおいてしまっている以上、回避できないというのだろうか。
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2007/10/24 15:55 |
自分の尻尾を追い回して目を廻し
夏向きに模様替えをしてラジオの位置を変えた。
スイッチを入れてみると、思いがけず受信状況がよい。
片づけをしながら、聞くともなしに耳に入ってきた。
「有名人 名前を知られるためにやすみなく働き、人に知られぬようにサングラスをかけて逃げ回らなければならない人」
不確かなまま聞き、不確かに再現する。
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2007/04/22 23:47 |
西への旅
所用あり、旅をした。京都、明石、岡山、丸亀、大歩危、高知。以上、通り過ぎた地。
文庫本になっている70年前の永井荷風の日記を携えて。
「問答無用」の残虐事件の数々を記録する。徳川の世の終わりからおよそ70年のちの日々における。
このとき荷風50代終わり。
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2006/12/21 06:42 |
これで最後
2006年の禍もこれで最後にしたい。
小さな追突事故にあった。
後ろを小突いたのは貨物車であるから小さいとは行かぬが、しかし、渋滞のなかのノロノロ運転であったから、今年最後の禍とすれば、むしろ幸いであったというべきであろう。
夜6時から7時の間、踏切を遠くに見て長いながい車の列。緩やかな下り坂。高い運転台から、直前の車のストップランプより、遠くの車の流れに眼が向いていたのかもしれぬ。
いつも、この時間帯は避けようと思っていた。下り坂は危ないと思っていた。大きな車の前に小さな車が入ると死角...
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2006/12/14 19:34 |
マオの時代
陳凱歌 (チェン・カイコー),『 私の紅衛兵時代 ある映画監督の青春 』講談社現代新書 1992 調べてみて、もう14年も前のことであるのに気づく。
チェン・カイコーはこの小さな回想記を読むことによって知った。
映画は見る機会があまりなく、また、2年ほど前に見た「北京バイオリン」が彼の監督作品であることには今回調べてみるまで気づかなかった。
紅衛兵の時代、文化大革命については、多くを知らず、しかし、毛語録を掲げた少年たちの映像だけをどこかで見た記憶がある。
身近な人間が経済発展...
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2006/11/01 16:14 |
「芸術の秋、スポーツの秋、そして写真の秋」
これは、高校生であった遠い昔、校内クラブの機関誌に広告を提供してくれた写真屋のためのコピーである。もちろん、当時から多才で鳴らした若き日の「木陰」が考えた。そうだ、器用貧乏という言葉もあったか。
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2006/10/05 23:42 |
生きるみちすじ <冬のソナタ集成 2>
どこかで呼ぶ声がする。
声のかなたにあるのは人の姿ではない。
問題のありか。人の生きるかたち。
とはいえ、たぶん、多くの皆様にとっては、チンプンカンプンの話でしょう。以下の話題の背景となっているのは、あるテレビドラマです。婚約している男女がいます。サンヒョクとユジンです。ユジンは新しく引き受けたスキー場施設の内装デザイン設計管理の仕事で忙しくしています。元受の会社の理事ミニョンは、なぜか高校生のころ、突然死亡(失踪?)したサンヒョクとユジンの同級生チュンサンとよく似ています。サンヒョクの気...
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2006/10/02 01:59 |
ノラの夫
「人形の家」とは、いったいどのような話なのだろうか。
おそらくは持参金つきで結婚した妻ノラ。
夫ヘルメルは重い病気になり転地療養をする。
その費用を、夫はどうまかなったと考えたのであろうか。
亡くなった妻の父、その遺産をどう見積もっていたのであろうか。
実態をしらなかったとなれば、それはあまりに無知というべきだろう。
妻の無理をしらなかったとすれば、それもあまりに無神経だったというべきだろう。
あの家で「人形」であったのは、ノラひとりではない。ヘルメルもまた、「アルジ」という人形を...
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2006/09/28 20:31 |
知ることそして読み直すこと
フランスで古い人の足跡を調べた。
活字にされたものを追いかけるうち、200年を越える過去、小さな山村に残されていたであろう手稿のかずかずにたどり着いた。
それらは丹念に整理され、地方の文書館(アーカイブ)に保存されていた。
一定の登録手続きをすれば「地球市民」の誰もが接することのできる形で。
そのときには十分に理解されえなかった意味が、読み直す中で明らかになる。
そのことを信じて他者の手に委ねる。
その人間に対する深い信頼感に舌を巻いた。
膨大な一次資料をひとつひとつ整理し巧みなア...
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2006/09/12 03:28 |
ちいさなこと
ちいさなことに異様に見えるほどはしゃぐあなた
その背後に傷ついた心が透けて見える
惨めな気持ちが見える
ごまかしてはいけない
ちいさなことはちいさなこと
みじめな自分はみじめな自分
たとえ魔法の粉をふりかけても
私には金のお城にはみえないよ
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2006/09/08 23:33 |
捨てるはずのものに実は支えられていること
伊藤整という作家については多くを知らず、そして手にしたのはわずか「近代日本人の思考様式」と題された薄い文庫本一冊だけだった。
たまたま、その北海道時代をモデルにした小説2編をめくってみた。
すでに3ヶ月も前のことである。
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2006/08/16 05:48 |
2006年07月17日
こわれた時計を直すための道具、車を運転するときに使う日除け手袋、あれやこれやの生活具を求めてまわる。
連休の最終日。それとも人々はすでに夏休みなのであろうか。
洋風花魁のようなあるいはヴェルサイユ風浴衣姿(ご想像あれ)の混じる雑踏をさまよう。人々の自足と、平和が不思議な光景に見える。
いつか、この日を思い出すことがあろう。
夕暮れ時、地下鉄の駅へと向かう階段を降りながらその光景を切り取り、心の中に焼付けた。
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2006/07/17 21:37 |
土曜日の朝スターバックスで
帰国後の雑事があって出かけ、近くの店で一休みした。
店内はほどよく込み合っている。
小さなテーブルを見つけて座った。
隣は美男・美女である。
聞くつもりはなかったのだが聞こえてくる会話。
「きのう、カットをしてもらったの。30000円」
「カリスマ・カット10000円、カリスマ・シャンプー10000円、カリスマ・コンディショニング10000円」
「そんなの僕がやってやったのに」
「だめよ、使うシャンプーだってその人にしか使えないものなんだから」
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2006/07/11 13:21 |
東京という磁場
高田里恵子さんの評論を読み始めた。
1981年、フランスの地に立って、森有正がフランスに居続けたことに何か意味があるとしたら、それは、「母なるもの」を切断したこと、あるいは、意識化したことにあると考えた。
そのときから、何も変わってはいない。はずである。
昨年、栃折久美子さんの本を読んだ。
それ以上踏み込んで何事かを言う、そのことを躊躇した。
口を開けば棘が飛び散る。
ことにはもう少し距離が要る。
高田里恵子さんには時代と言う距離がある。
古い時代を引きずったわれわれには、参勤交...
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2006/06/18 16:17 |
イージーライダーとカッコーの巣の上で
はるか昔のことを考えていた。
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2006/05/22 16:48 |
父親たちの時間
少し前のこと、韓国からやってきたテレビドラマが人気を集めた。何度か放映され、特別番組まで組まれた。その中で、忘れられない場面がある。主人公の母親の古い友人である男性、そして、彼は主人公の友人の父親でもある。仕事場を抜け出してとおりすがり、幼い男の子と遊び慈しむ若い父親をじっと見ている。もしや、友人の息子の、あの青年は自分の息子なのではないか。青春時代を遠く望んで疑う。
うしなわれた時間。親にとっても子にとっても。
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2006/05/22 13:47 |
賢い子どもは殺される
もう随分前のことになろうか。
京極純一氏の話の中にでてきた。
昔話のひとつとして。
ふしぎな話である。
そして、とんでもない知恵が隠されているのかも知れぬと思う。
今の人であれば「システム」の問題として読み解くだろうか。
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2006/05/17 18:36 |
仕事のスタイル 25 設計思想
どのような小さな仕事であれ、そのことの目的と、そこで選択する素材と、方法とが吟味される。
何を最も大切にしているのか。人々が、そして自分自身が生きていくことをどのような過程であると、とらえるのか。それらすべてが集約される。
自らを生かすことにつながっているようで、実はすべてを台無しにしてしまうこと。
会社の利益をまもるようで、じつは土台骨を切り崩してしまうこと。
社会のためになるようで、じつはそのありかたをむしばんでいくこと。
素材を大切に使うようで、じつはそのよさを生かしきれないこと...
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2006/02/28 07:06 |
雑木林の迷い道 1
ここでは、書棚を整理しながら、つい開いてしまった本のことを小さなメモに。
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2006/02/25 11:30 |
21世紀のエミールへ
3ヶ月ほど前から、このタイトルで記事を書こうとして、そのままになっていた。
胸に浮かんだフレーズのいくつかは、脇に置き、昨日観た映画の話。
フォード監督の「わが谷は緑なりき」
イギリス・ウェールズの炭鉱町の一家。炭鉱の繁栄と衰退。教会、牧師、そして、炭鉱主。
なかでも、「父」と「母」。19世紀末から20世紀初めにかけて。石炭の時代。鉄道の時代。
なぜか、海をこえて、日本の過去と共通性を感じる。オースティンの小説が、前世紀の日本のすがたと、親縁性をもっていると感じられるのと同じように。
...
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2006/02/25 07:20 |
中也とその周辺 集成
鴨長明さんが「ちうや」の請求をなさる。しかし、話し始めると、年寄りの繰言になりそうである。おばあちゃん、そのはなし、もうきいたよ。わが身のことながらうすうす気づいている。見栄かもしれぬが、あまり目立たずいきたい。
そんなわけで、とりあえず、ちうやに関連してこれまで書いてきた記事をこれまた集成版とした。
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2006/02/14 21:24 |
「ニュースの発信者」はどこに生きているのか
「刺客を差し向けられた人たちの必死さというのは映像を通して、インパクトがあった。だから、つい見てしまう」・・・「僕らはニュースが発信されれば伝えないわけにはいかない。刺客候補を打ち上げた自民党サイドには、その発信する力が強く、視聴者も引かれていったはずだ」 東京新聞 1月3日 朝刊 テレビ朝日、青木吾朗チーフプロデューサーの言葉として)
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2006/02/08 17:47 |
コーヒーと雑誌、そして新聞
職場へ車で行くとき。
20キロの道のりをことことと行くとき。
ちょうど中ほどで一休みする。
コーヒーを頼み、新聞、雑誌などを一渡り読む。人々のさんざめきに耳を傾ける。
新聞も雑誌も、ここで見てから、どうしても手に入れたいものだけを購入する。
しばらくひとりでぼんやりして、職場へと立ち上がる。
先を急ぐ朝は、都市高速を走る。
時間は半分ぐらい。いや3分の一だろうか。
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2006/02/07 18:49 |
悪について その2
ライブドア事件、その報道を、ほとんど見なかった。新聞とも、テレビとも、縁遠い生活をしている。
そして、時の動きはあまりに急速で、身体と気分を順応させるのが難しい。
若い人々は、携帯電話の「まるで宇宙人のような」コミュニケーションにも、ジェットコースターのような経済の動きにも、平気で対応することができるのだろうか。怒れる若者、団塊の世代も、いつのまにか歴史のかなたに押しやられていくのであろう。
しかし、この社会変化とそこでの正義の問題について、あるいは悪について、議論が進められるときに、こち...
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2006/02/03 12:53 |
「授業」の記憶 集成
昨年2月から8月まで18回を数えましたシリーズ記事 「授業」の記憶、このあたりで、一度まとめておきます。暇をみては、書き足すつもりでおりますが、とりあえずは元の記事のまま。
「授業」と括弧つきでタイトルをつけたのは「抵抗」でしょうか、「あがき」でしょうか。
いささか不真面目に見えるかもしれぬ、「授業」論、お許しを。
真面目に論じて右往左往の対極があればよいがと。・・・
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2006/01/30 13:14 |
悪について
もうかなり以前のことになるのだろうか。
トマス・H・クックの「緋色の記憶」という小説が翻案、ドラマ化されて流されたことがある。
みずみずしい女性美術教師をたしか鈴木京香さんが演じていた。その教師と妻子持ちの地味な英語教師との間の道ならぬ恋。そして、その妻の死。年上の女性にあこがれる校長の息子。
幾夜か続いたシリーズを途中から、とぎれとぎれに見て、気になっていた。そうか、日本の話ではないのだ。そんなふうに、あいまいな印象をつなげながら、気持ちの落ち着く先を探していた。文庫本で翻訳され...
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2006/01/26 18:29 |
てぃーたいむ
むかし、職場で「てぃー・たいむ」という小さな広報紙を編集したことがある。ほとんど一人で作っていた勝手な新聞。当時とがっていた職場の雰囲気をすこしぼかすのが狙いだった。近くのお惣菜やさんのニュース、それに他愛ない四方山話。しかし、ティータイムそのものは、そのころから、職場から姿を消した。
心理学者の辻 敬一郎氏(個人的には先生と呼ぶ、尊敬する先達である)は、50代直前、サウス・ヨークシャーの大学で過ごした経験を「キャンパスのティータイム」という小さな本の中に書いておられる。「たいていの人は9...
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2006/01/26 10:13 |
「賢い子どもは殺される」
京極純一氏がどこかで紹介していた話である。
「ある村で大きな釣鐘をつくった。しかし、大きすぎて吊るせない。ある子どもが鐘に合わせて鐘楼をつくり、周囲を掘り下げればよいと提言した。やってみるとうまくいった。しかし、大人たちはこんな賢い子どもを生かしておくととんでもないことになると、その子どもを殺してしまった」
ここにこめられた寓意はいったいなんであろう。
そうだ、「賢い大人」であれば殺されるような軽率なまねはしないかもしれない。皆が困っているのを、そうか、そうかと同じように困った顔を...
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2006/01/26 06:12 |
繁忙期:小石に躓いて
1月は繁忙期である。
なにもすることのない時間はいまのわたくしにとってはこのうえない贅沢。
中学時代の恩師のひとり、「高等遊民とまではいきませんが、それに近い生活」と退職後の今を知らせてくださる。
年の初めに届いたたより。
いわば妻子に恵まれた永井荷風。そうだ、氏が古典落語の世界に住んでいたのも「荷風熱」のせいだったのだろうか。
14歳にして、特別上質の和菓子か日本酒を口にしてしまった教え子たち。
それは、都会のおとなの味でした。
にもかかわらず、「二十四の瞳」の世界のような素朴さ...
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2006/01/12 06:21 |
料理と言葉
結婚することになったとき、双方を知っている人物が、料理はどうするのだと聞いてきた。
当然できないだろう。その意図が目と口調に現れていた。
本を読めば書いてあるから。
そうか、理科の実験のようなものか。
相手は笑って納得したようだった。
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2006/01/05 13:31 |
暮のすさび: ランボオ『イリュミナシオン』からジェニー (続)
Genie
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2005/12/31 08:01 |
奥行きの無い声で住む人々の存在を支えきれるか
祭りが終わったら壊されるハリボテが、一生を預ける空間としてとりひきされたという話が浮上してきた。
一箇所や2箇所の話ではない。
国会と言うところで、証人喚問となった。
はなしがどこまでまことで、どこまでがごまかしか、ここでは問わぬ。
しかし、そこでかわされる問いと答えの、その「声」の質に愕然とする。
少し考えればその行為がもたらす結果がわからないはずは無い。
浅く、がらがらした声で、何を考えていたのだろうか。
どうせ、日本は全滅するんだからとでも。
児戯に等...
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2005/12/20 18:14 |
擬似現実
朝、薄暗い内に、障子をあけてみると雪である。
積もっている。
ニュースによれば58年ぶりの大雪だという。
生まれて初めての経験だ。
子どものころひざまで隠れる雪が降ったあいまいな記憶がある。せいぜい15センチくらいだったのだろう。
さて、雪に備えて山から下りたのはよいが、長靴を持ってくるのを忘れた。
スノータイヤにすべきだろうかと心の片隅を掠めたのは、1週間ほど前だった。
生存を支えるささやかな現象の積み重ねによって、かろうじて人は自分自身を組み立てる。
世界が壊れれば、それを補...
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2005/12/19 08:54 |
都市の民
いつのことであったか、親しくしていただいた方を稲村ガ崎のお宅に訪ねた折、レーザーディスクで、ドイツオペラを見せていただいた。冒頭、前奏曲の部分で、ドイツの町の古い絵を一巡してうつす。そして、場面はある小さな劇場での町の人々のやりとりに移る。
「keikoさん、これがヨーロッパの市民社会なんですよ」
いったい誰のオペラだったのか、いまはおぼろげである。家人に聞けば、マイスタージンガーにきまっているさと答えがかえってくる。そして、先生の「市民」は「ドイツの市民」なのだとも。
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2005/12/13 19:05 |
徳川美術館前も時雨
朝、恒例の用事を済ませて、はたと気づいた。
徳川美術館でひらかれている「源氏物語絵巻展」が最終日である。
そのまま車を走らせることにした。
日曜日の朝だから道は空いていて、車で15分。
前売り券を近くで購入して開館30分後に到着した。
しかし、予想以上の混雑である。
最終日だからか、とは思うが、それにしても雪舟展をやっていた京都の美術館以来である。ひとびとが、ずらりと並んで切符を買う順番をまっている。
ともかく、前売り券のひとはこちらからと呼ばれて横からす...
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2005/12/04 20:02 |
犬が車に巻き込まれた
交差点で数台の車につづいて、信号待ちをしていた。交差する道路を右側からこちらへ左折してくる大きな黒いセダンの車。
と、横断歩道に薄茶色の日本犬が。
あ、と言う間もなく車の下へ巻き込まれていった。
おお!
車は気づかずに、通り越してしまう。
車が対向車線をこちら側へ来て見ると、横断歩道には犬が三角になってうずくまっている。
一瞬のちに、悲鳴があがる。
前の車から若いスーツを着た女の人が飛び出していく。
黒いセダンに続いてまわってきたバスが止まって運転手さんが降りてくる。
黒いセダ...
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2005/12/03 02:51 |
ほんとうにたいせつなものは目にはみえないのだよ
60年以上もまえ、地上のほのかなあかりに人々の暮らしを望んだ飛行士は、時空を超えた小さな分身に、こう言わせた。
30年以上もまえ、欧州へ南回りで向かう航空機の人となったある日本の社会科学者は、東アジアの海に浮かぶ小さな島々を見下ろしながら、そこに生きる人々の心に到達し得ないかもしれないとつぶやいた。
いま、地球をまわる衛星から、あらゆるものが捕捉可能であるという。
なにもかもがわかるという。
それが傲慢な業であったということを私たちは忘れてはいないだろうか。
どんな宝も、それを知らない...
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2005/11/15 00:09 |
11月3日
今朝の空。
3時半起床。
仕事が一段落。
電池を入れ替え、写真をとりました。
光の帯が下りています。
けっきょく今日は鈍い色の空。
寒い。
払底した食料の補充に出かけたが、あとは、家で黙々と仕事をする。
頭の片隅ではキース・ジャレットの30年間をたどっている。
1945年、アメリカの生まれ。
1970年代初めからのグループと個人の演奏活動。
1990年代の沈黙。
身体をこわしていたらしい。
夏のフランス滞在以来、ポツリポツリと重なってきたCD.
1975年、ケ...
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2005/11/03 07:56 |
一週間のめぐり
フランスでは人と会う約束をするときに、必ず曜日で確認する。
日にちよりも曜日である。
買い物も仕事もしない日曜日を中心にした一週間の巡りがひとびとの身体に叩き込まれているらしい。
今の職場では土曜日、日曜日に仕事の入ることが多い。通常の予定以外につめこまれる義務。
土曜日に食料の買出しをし、一週間の準備をするという巡りが、壊れる。
休めなかった休日の疲れに、生活の基礎が壊れた疲れが重なる。
朝早く起きて一仕事するという習慣で辛うじてなりたっている肝心要の仕事も、繰り回せず、またそのス...
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2005/10/31 18:08 |
さんおくえんのゆめ
さんおくえんがまるごとかっぱらわれたじけんは、いつのことであったろう。
あのころ、どれくらいのねうちがあったのだろうか。
さんおくえん、もしたからくじであたったらどうするとあるひとにきかれた。
ありえないことである。
まず、たからくじをかうかのうせいがないのだから。
しかし、これはゆめのはなしである。
ぶすいなことはいうなというこえもきこえる。
ならば、いちおくえんのゆめをみっつかいましょう。
みっつのねがいがかなうというおはなしがあったではないか。
ところで、いまのはなし。
...
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2005/10/30 16:40 |
プロジェクト あるいは ゆめものがたり
「ゆめものがたり」にはすててはおけないあぶなさがある。
だから、いつもこのてのはなしにはようじんしてかかるしゅうかんがついている。
そうだ、たぶん、おんねんめいたものがそこにからみついている。
たとえばルソーのエミール。
あえてこちらのゆめといえば、いつかこいつをけとばし、ひっくりかえしてやること。
おだやかではない。
もちろん。
「いつか」とおもっていた。
しかし、のんびりかまえているときか。
こかげよいかれ。
からだのおくそこでひびいてくるものがある。
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2005/10/30 14:14 |
自分自身の頭の上の蝿を追え (人間関係のスタイル 4)
まだ、ほんの駆け出しの頃だ。
どういういきがかりであったか、ひとの世話を焼いたことがあった。
そのことは、当然ながらよい結果を招かず、長く尾をひいた。
自分の力でことを進めたわけではなかった。
あるいは、自分自身の存在さえ、周囲のあれこれに依存していたうえでの暴挙であった。
結局、後始末ひとつ、自分ひとりの力ではできなかった。
そして、十分な学習効果はなく、幾度か同じような失敗をしでかした。
「おめでたかった」のか、それとも「あまったれていた」のか。
おそらくは...
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2005/10/23 21:59 |
クリスマスの記憶
子どものころ、近くに小さなキリスト教の教会があった。おそらく日本基督教団に属する教会であったろう。プロテスタントの牧師さんがいて、日曜学校を開いていた。その周囲には、四方博・れい夫妻の住居があり、子どもたちは春陽会に所属する画家、れい夫人の絵画教室に通い、ご子息のしん氏が主宰する「どんぐり子ども会」の常連となっていたので、しぜんとその流れで日曜学校の生徒となった。通うたびにうけとる小さなカードを楽しみに。
しかし、父も母も、そのことを必ずしも快くは思っていなかったようである。
クリス...
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2005/10/23 14:08 |
月は見えぬか
帰り着いて作り置きの料理、かぼちゃの煮物、納豆にピーマンとにんじんの炒め煮、パプリカのサラダ、野菜とジャガイモのスープで簡単に食事をし終えると10時近い。今日は疲れたと思いながら、ふと、最近月を見ていないのに気づく。どうなっているだろう。WEB上で暦を調べた。
月の出、13h41 月の入り23h20 そして、天中に上がるのが18h28。
西の空が隠れてしまうここでは、今日の上弦の月はもはや見ることができない。
しばらくは昼間の白い月だったようだから、無理もないが、月のことを考える暇もなかっ...
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2005/10/11 22:09 |
仕事のスタイル 19 新聞記者
これまでの経験を振り返って、新聞記者との付き合いは多くはない。
新聞は小学生の頃から読んでいたし、新聞と言うものを嫌っていたわけではない。
そのころ、すぐ近くに大手新聞社の記者を父にもつ兄弟がいた。裕福で、美しい母親と、美しい姉に、利発そうな弟は、ほどなく転勤していった。隣家の父親は地方新聞社の専用飛行機を操縦していた。しかし、記者ではなかった。飛行機から手をだして雲が触れるんだってとどきどきしながら聞いた。家の上空も飛んでいたから、空からは、どのように地上が見えるのか一つ年下の隣家の...
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2005/10/09 21:29 |
クール・ビズのつぎはウォーム・ビズ?
あの敗戦直後のよれよれ開襟シャツ姿を彷彿とさせるクール・ビズの嵐が過ぎたとおもったら、今度はウォーム・ビズの文字が躍っている。どこかの国の総理大臣も、タートルネックのセーターに厚手のチュニック・コートなんぞを羽織って隣国の人気テレビドラマのヒーローよろしく会議をとりしきられるのであろうか。
何のことはない、何十年も空調のない部屋で仕事をしていた当方は、「時代の最先端」。冬は冬でセーターにヴェストにツィードの上着なぞをはおって、「暑くない?」などといわれていたっけ。
しかし、こう、お祭り騒ぎの...
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2005/10/03 19:07 |
幻のアルザス通信
もう、随分昔の話になる。
アルザスと日本(鎌倉だったろうか)をつないで、双方向のWEB新聞のようなものを出そうという話が持ち上がったことがある。
日本語とフランス語で、(もちろん英語だってよいのだが)。
親しくしてくださった先生が引退後はアルザスに住んで事務所をおいて、民間の交流協会をかねた研究所のようなものを作りたいと夢見て。木陰さんも加わってください。
アイカタとの職場での長いお付き合い。
冗談というには真剣な夢物語だった。
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2005/10/01 06:26 |
橋本一明のこと
「フランスから本が届いた」について
それに、関連して飯島耕一『ランボー以後』についての記事もhttp://crossroad.at.webry.info/200509/article_39.html
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2005/10/01 05:25 |
よいサーヴィスとは?
今日、このブログのページトップへのアクセス数が10000を超えた。
開始1周年よりほんの少し早く。
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2005/09/26 22:48 |
勝つか、負けるか(人間関係のスタイル 2)
「こんな季節の夜がすき」について
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2005/09/25 10:45 |
疑問符の世界
インターネットを使って、あれこれやりとりしていると、疑問符をつけたくなるようなことにしばしば出会う。
「出会い系サイト」を初めとしたわけの解らないリンク。
「出会い請求」「学位売ります」「すばらしい動画を」などなど「不審メール」。
相手かまわず、連発しているのか。
そうだ、どうせ切手はいらない。
「○○歳女医です。あなたの掲示板を見て…」
当方若い女医さんと出会いを求める男性ではない。
第一掲示板など開設してはいない。
「逆援交(援助交際)らしい」を求めているエグゼクティブの女性...
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2005/09/25 10:09 |
ムカデ
住居は山にある。
ムカデ、ゲジゲジ、クモ、かまわず侵入してくる。
虫が嫌うハーブや、除虫菊の粉などで、近づけないようにするが、夏も終わりになると効力がきれてくる。
遅く帰宅。
ありあわせのもので簡単に食事を済ませ、歯を磨こうと洗面台に向かった。
ポロシャツの半そでがきれた、腕の辺りがおかしい。
ふいと見るとえっ。
ムカデだ。
息を呑んで。
叫んでも来てくれる人はいない。
洗面台のなかへ振り落とす。
はぁ、体長12センチはあった。
あとは水攻め、熱湯攻め。
無用な殺傷...
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2005/09/20 21:49 |
フランス土産はCD 2005年夏 その3 DEATH AND THE FLOWER
どのCDにしようかと迷っているうちにキース・ジャレットのところに行き当たった。
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2005/09/16 21:15 |
サルの世界の話
もう、ずいぶん前の話だ。
タモリが進行役を務める動物の生態の番組があった。
サル、ネコ、キリン、あれこれ・・・
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2005/09/14 06:44 |
三田界隈、大通りを神輿が行く
所用で三田のほうへ出かけた。
田町の駅を降りて西の方角へ歩いていくと、街は祭りであるらしい。
神輿を担ぎ、それを取り囲む一団が、大通りの交差点で、スクランブルに横断。
角材を井桁に組んだ神輿を担いでいる中に、よく見ると、女の人もいる。
背の高い人も低い人もいる。低い人は精一杯背伸びをして。
そうか、神輿って、背の高さがそろわないと苦しいんだ。
車と横断者も、ぼんやり眺めて、通常の信号指示になるまで、しばらく待っていた。
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2005/09/11 20:35 |
リチャード・ギア 演じる弁護士が少し大味
自宅から歩いて15分、車で5分のところにサービスで映画を見せてもらえるところがある。
英語に耳を慣らす、世情観察、等々と理由をつけて、ときどき空いた時間をつぶしにはいる。
先日はリチャード・ギア演じる アメリカ版 Shall We Dance?
とすらすらと書いたところでリチャード・ギアは知らなかったのである。
そして、元祖日本版も見ていない。
そこで主演した役所広司はさすがに知っているけれど。
しかし、ダンスを扱った映画ということでいえば、1999年夏、モントリオール映画祭に行き会...
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2005/09/07 06:44 |
フライブルグの石畳 その3
大写しにするとこんな感じ。
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2005/08/31 19:04 |
フライブルグの石畳 その2
これは、照明器具のお店の前。
日曜日なので残念ながらお店は閉まっている。
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2005/08/31 19:01 |
フライブルグの石畳
ヨーロッパ滞在中、知人の車に乗せて貰ってドイツの黒い森を南下、帰途フライブルグに立ち寄った。10年ほど前、そのみごとさに感嘆した石畳を写真に写した。
歩道の石畳である。店の入り口に、店の案内を兼ねた模様がはめこまれている。
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2005/08/31 18:56 |
ストラスブール 夏のサービス
ストラスブールの有名なカテドラルからほど近い広場。
クレベールの名がかぶせられている。
来年夏、ここからツール・ド・フランスが出発するそうである。
少し広く、夏とはなれば日差しが強く耐え難い感じがあった。
地下は大駐車場である。
10年前にはこの巨大駐車場の床と屋根を維持できずに、しばらく閉鎖になったことがある。
近年、周辺に樹木を配し、一角には緑地を設け、間歇泉のように霧を噴出すサービスを始めた。
子どもたちがこの吹き出し口にとりつくようにしてはしゃいでいる。
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2005/08/27 14:29 |
大学付属植物園
例によって、ストラスブールの街で短い夏をすごした。
宿の目の前は大学付属の植物園。
昼間、自由に散策することができる。
Freeとは、入場無料と言う意味である。
ひとつひとつ学名をつけた札が用意されている。
しかし、それだけでなく庭としてもなかなかである。
ベンチに腰掛けて樹木を日除けに、新聞や本を読む。
大学のカレンダーにここの写真を月ごとに載せていた。
たしか、昨年。
奥に進むと子どもたちに開放されるプラネタリウムもある。
さらに奥には週に2回公開される地震研究所もある...
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2005/08/26 23:53 |
2005年8月15日
敗戦の日から60年
当時の日本政府がこの日を敗戦宣言の日と決めたのは何か大きな戦略でもあったのだろうか。
ともあれ、60年という月日は、30年ひと世代とすれば2世代。戦禍をくぐることのなかった人々があふれかえっているということでもある。
戦後生まれのわれわれが、子どものころ日清・日露の戦争について、現実感なく聞かされたのと同じように今の子どもたちは感じることであろう。
それにしてもこの60年間は奇妙な年月であった。
アメリカの政府がある東海岸からは、広いアメリカ国土をわたってはるか西海...
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2005/08/15 03:46 |
中原中也に関する覚え書き
フランス詩をめぐって、以下の論文があります。
そのほかにも、『中原中也研究』(年一回刊) 1996〜 には関連論文が掲載されています。
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2005/08/10 22:05 |
嵐の7日間
旅行を間に挟んで6泊7日。中学生、高校生、父親と母親のご一行様は今朝、東京へ発った。
明日は、フランスへ帰国。
上の子どもはこの9月からグランゼコールを目指す準備校に通うために親元を離れる。
バカロレアを終えたこの時期が、家族旅行の最後の機会かもしれない。
子どもたちには13歳は13歳なりに、17歳は17歳なりにそれぞれの自己主張があり、そのたびに、家族4人の間で激しい議論が行き交う。
無用に昆虫をいじめる息子を母親がとっちめ、その息子との間に延々と議論が続く。
子どもの主張に対して...
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2005/08/07 14:45 |
たそがれ時の少年たち
陽も落ちてから衣料品の量販店に立ち寄った。
少し季節はずれのものをワゴンに入れて安売りしている。
前を通り過ぎようとすると、3人組の少年たちが、
「あ、ごめんなさい」
と道をあけてくれる。
気にしなくていいのに。
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2005/07/23 21:17 |
夏休みが待ち遠しい
世の中はすでに夏休みであるらしい。
こちらは、まだまだのようであるらしい。
会議。打ち合わせ。外回り。通常の仕事。
暑さのせいか、会議でつい言わずもがなのことを言う。
結局、関係修復のための会を持たねばならぬ。
若い人に厳しいことを言う。その後始末をせねばならぬ。
結局すべては、跳ね返ってくる。
机の上に積み重なった書類を、どうかたづけよう。
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2005/07/22 21:14 |
「木陰」ってどんなやつだ
父が亡くなってもう6年になる。先日、その法要のあと、皆で食事をした。
京懐石の小さな店である。
蓮の葉で包んだ鮑にじゅんさい入り葛あんまわしの一皿にはじまり、まるで、河原で料理をしたような熊笹にのせられた焼き鮎を含んだ、繊細かつ豪快な料理に時を忘れた。
店主夫妻と四方山話をして別れた。
帰途、姪は「どうやってこのお店をみつけたの?」
「コーヒーショップで同席して・・・」と事情を話すと姪はあきれている。
「そんな、居酒屋でとなりのオジさんと親しくなるような・・・」
お...
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2005/07/16 07:21 |
仕事のスタイル 15 トラブルに対処する
美術館に面したしゃれた「おしるこや」で、子どもが粗相をして器を壊した。
破片と水が飛び散った。
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2005/07/03 03:34 |
山間小都・フライブルグ
ドイツの西端に南北に走る黒い森、そのさらに西南端に接するようにフライブルグはある。南へ向かえばそこはすでにスイスのアルプス。
フライブルグとはおそらく自由の町と言う意味だろう。しかし花の町と勘違いしてしまいそうな美しい町である。
中心には市電だけがゆっくりと入っていく。市内はすべて歩行者優先である。郊外へとむかういくつかの路線が、周辺の住宅衛星都市との間を結んでいる。
町へ近づいた車はあっというまに市の中心部を迂回してしまうように作られている。ぐるりぐるりと回り、周辺の市電の駅に隣...
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2005/06/29 07:33 |
吉永小百合演じる志乃がかっこよすぎる
少し前に公開された映画 『北の零年』 を見た。
淡路島から北海道へ移封された人々が、明治初期になめた辛酸を描いた映画だった。
そういえば、会津から東北は南部地方へと領地替えをされ、移住していった人々の話も、以前に本で読んだことがある。
幕藩体制から「薩摩」「長州」が主導権を握る「明治」の時代へ。
幕藩体制という、いわば旧い官僚機構から、明治の時代の官僚機構への組み換え。
過去の社会的地位と財産の喪失、そして旧い行動規範や倫理観の崩壊。
以前に読んだ本に描かれていたのは、作物の育たない...
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2005/06/28 19:21 |
桑名という町
初めて、桑名で宿泊した。
あまりに近いために深く知る機会のない町というものもあるものだ。
はじめて仕事について、年下の同僚となった人が桑名から通っていた。
若い知り合いにやはり桑名の老舗のお嬢さんがいた。
桑名から養老山系の奥へ分け入った先の城主で、桑名の城をも治め、明治維新のころ尾張徳川家の城代家老をも勤めた家系のご老人に親しくしていただいたこともある。
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2005/06/17 18:05 |
伊勢路を走る
この季節、三重県一帯を仕事で走り回っている。
訪ねる先は小さな施設。
さまざまな道を小さな車で走る。
東名阪自動車道、伊勢自動車道、三重湾岸自動車道、3つの有料自動車道路
国道1号線、国道23号線、
さまざまな県道、
集落の中の曲がりくねった道、そして田畑の中の農業道路。
有料自動車道路は、人々の生活からフェンスとゲートによって隔絶され、一度入ったら目的地へと自動的に運び出されるまで自由が利かぬ。
国道23号線は愛知・三重の産業道路である。大型トラックがわ...
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2005/06/17 16:59 |
仕事のスタイル 12 女が着る夏の仕事着
夏、仕事の関係で外回りをする。
10年以上も前、麻の生地でスーツを仕立ててもらった。
ごく普通の襟付きの上着にセンタープリーツのスカート。
淡い青磁色とベージュのグレンチェックにごく渋いワインカラーのめだたないアクセントが入っている。
さして多くはない夏の出番に、必ずといってよいほど登場させた。
それより少し前、殆ど同じ青磁色の無地の麻のブレザーを着ていた。
既製品で気に入っていたこちらは、少し着すぎて洗濯に出すたびに襟が傷んで、きられなくなった。
職場の中で仕事をするときは、たい...
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2005/06/07 21:45 |
100年前の闇
ソフィア・コッポラの「Lost in Translation」に映し出されたTokyoは、不夜の迷宮だった。
実際に東京では、12時を過ぎても電車は窓と言う窓を輝かせ、アルコールの残り香と、疲労と、酩酊とをのせて通り過ぎてゆく。
6年前、83歳の誕生日を目前にして亡くなった父は、子どものころ、ランプの手入れをするのが役割だったという。細いガラスのほやには子どもの手しか入らなかったからだと聞いた。その村に、電気がやってきて、ほそぼそとながら、外灯が、人々の辿る村の径を照らしはじめたのはい...
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2005/05/25 07:30 |
もう一人の芥川龍之介
中学生・高校生の時期には、芥川龍之介の作品を随分読んだと思う。
そして、彼の作品についての同時代や時代が下ってからの評論も、読んだと思う。
すこおし、闇の世界を覗くような、しかし、それは、御伽噺の世界に納まってしまっているような、不思議な感覚があり、そのうちに読まなくなった。
昨晩、近くの書店で購入した関口安義氏の『芥川龍之介』(ラジオ講座のテキストである)を読み、実は芥川龍之介のことは、何も分かっていなかったのではないかと思った。
「養家」のこと、「家」のこと、「恋愛」のこと、「結婚」...
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2005/05/17 15:17 |
仕事のスタイル 8 アルコールの付き合い
アルコールを分解する酵素に2種類あると聞く。
即効的な酵素の多い人は、当座分解されるので赤くならない。
遅効性の酵素の多い人は、二日酔いにならない。
父はすぐ酔い赤くなった。母も家でアルコールを口にすると、動けなくなった。
しかし、父の父、祖父は斗酒なお辞さずの豪傑だったらしい。
アルコールを口にする機会は大学生活の終わりくらいからあった。
緊張していたせいもあるかもしれない。前に置かれるとつい飲んでしまうのだが、一向に酔わず、赤くもならなかった。
仕事に就いたとき、所属部局の長は...
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2005/05/15 18:36 |
仕事のスタイル 7. デザイナーズ・ギルドについて
「「仕事のスタイル 6 一息入れる時」について」について
若いころすんでいたアパートから程よい散歩の距離に、小さなギャラリーがあった。対になった小さな二つの店舗の一方は企画個展、一方はセレクトショップのようになっていた。二つの店舗のそれぞれをご夫婦で分けて運営していた。セレクトショップの方は夫人の分担だった。一時は服飾中心のデザイナーとして縫い子さんもたくさん頼んで仕事をしていた方だった。ある大手広告会社の仕事を請けていたこともあると聞いた。
このころには、自分で気に入った品々を並べる趣味の...
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2005/05/12 18:39 |
乙武氏 「五体不満足」 のこと
「「蜘蛛の糸」を切るとき」について
乙武洋匡氏の『五体不満足』が刊行されたのは1998年秋だったらしい。
いまは閉じてしまった行きつけの本屋に平積みされているのに気づいて購入し、「これは」と思ってかかわりのある「統合保育」を実践している保育園の園長先生のところへ持ち込んだ。行動力のある園長先生は「すわっ」とばかりに、頭のかたい所轄のお役所に数冊購入して寄付してくださったらしい。
心のバリアフリーを広げたいというお気持ちからだったと思う。
この本の特徴は誰もが認めるとおり「無類の明るさ」に...
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2005/05/12 18:02 |
学生生活のスタイル 4. 異国で学ぶ
「桜井よしこ 「何があっても大丈夫」 について」について
ジャーナリスト桜井よしこさんの自伝的回想記「何があっても大丈夫」は、アメリカで学生生活を送ろうという若い人にとっても示唆に富む。
桜井さんは高校卒業後、長い間別れて暮らしていたお父上の仕事先ハワイで、その仕事を手伝いながら学生生活を始められた。その後お父上と別れて、資金援助のないまま苦労して学生生活を続けられた。語学のこと、学費のこと、日本人留学生としての自国文化への姿勢。
卒業までの5年間、そしてその後1年の学生生活について、留学...
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2005/05/08 07:15 |
仕事のスタイル 5. 桜井よしこさんの回想記から
「桜井よしこ 「何があっても大丈夫」 について」について
ジャーナリスト桜井よしこさんの回想記『何があっても大丈夫』(新潮社)には、女性の仕事の服装についても興味ある文章がある。
彼女がハワイでの学生生活を終えてとあるアメリカの会社の東京支局で助手として働いていた時期、
その支局長ボンド女史が彼女に言った言葉、
「記者はいつ何時でも、取材に走らなければならない。突然、総理大臣官邸に行くこともある。身づくろいは、そのことを念頭に置いておきなさい」
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2005/05/07 20:36 |
桜井よしこ 「何があっても大丈夫」 について
風薫さんのブログを拝見して、私も桜井よしこさんの回想記を読みました。購入したまま、出先で一気に。
1945年生まれとあるので、今年、60歳になられるのでしょう。30代の半ばから40代をテレビのアンカーマン、50代を執筆活動に振り向けられたとあります。
広報誌「波」に2002年から2004年にかけて連載されたものが基盤となっているようなので、おおむね50代の終わりに書かれたものということになります。
感嘆するのはまず、ご両親について、思い切って書き込んでいらっしゃること。今は故人となられたお...
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2005/05/07 19:59 |
学生生活のスタイル 3. 僕もない知恵を絞っている、君も・・・
子どもの頃に読んだ夏目漱石の伝記に第1高等学校で教えていた時代の、こんな逸話が載せられていた。
ある日、講義をしていると一番前の学生が片手を懐手にして座っている。漱石が「君、失礼じゃないか、腕はきちんと出して講義を受けたまえ」と注意する。と本人は困ったような顔、周囲の学生はにやにやしている。そのうちに周囲の友人が、「先生、彼は片腕がないんです」と弁明する。
困った漱石は、「僕もない知恵を絞って講義をしている。君もない腕くらい出して聞いてくれてもよいではないか」と応じたという。
たしかその本...
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2005/05/07 07:56 |
学生生活のスタイル 2. 地面に座る
「今の若いのはやたら地面にはりついているんだよ」
などと取り交わされるようになって久しい。
「まあ、犬の糞が落ちてることも少なくなったしね」
とまぜっかえす私。
そういえば、当方がまだ学生の頃、ほんの数年年上の大学院生が
「僕らの頃は大学生といっても、着る服がなかったから、ほとんど皆、詰め襟のままだったよ」というのを聞いた記憶がある。
黒い学生服であれば、地面に座れば痕が残る。
すべてが気軽に、境界がないスタイルになったということか。
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2005/05/07 06:08 |
映画から人間関係と心を読む: ブログ発見
「「授業」の記憶 8 裁判:父の課外授業」について
少し前、1950年代のアメリカ映画「12人の怒れる男」について、書きました。この映画、社会心理学と関連させてみても、生涯発達心理学と関連付けてみても興味深いものでした。
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2005/05/06 15:32 |
仕事のスタイル 4. 女が仕事に履く靴
須賀敦子の晩年の作に『ユルスナールの靴』という中篇がある。
子ども時代のカトリック系の学校でのシスターの靴、銀座で誂えていたという父の靴、そして、フランス語によって作品を発表した女性作家ユルスナールの子ども時代から成人期の靴。
もちろん、自分自身の靴についてのあれこれも。
『ユルスナールの靴』では、靴がその土地の文化,、人々の生き方と分かちがたくねじれあっていることがそれらのパーツをとおして編み上げられている。
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2005/05/05 18:06 |
仕事のスタイル 3. ON と OFF
最近、整体に通うようになった。
気づかぬうちに身体全体の血液やリンパ液の循環が悪くなっているらしい。
治療をうけて始めて身体の異常に気づく。
仕事でパソコンに向かう人には「肩こり」「腰痛」が多いですよ。
と先生。
たしかにしらずしらず、不自然な姿勢のまま、長時間ディスプレイの前に固まっている。
定期的に休憩をとること、身体を動かすこと。
心がけてもなかなかうまくいかないのだが。
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2005/05/05 13:34 |
仕事のスタイル 2. 人命第一ということ
先日の新聞に、福知山線の事故車両に乗り合わせ、ご自身も怪我をされた新聞記者の方の記事が掲載されていた。
事故の当事者として見聞された、初期救助に尽力してくれた周辺の会社などの人々についての報告だった。
仕事を返上し、駆けつけ、仕事に使っているさまざまな道具、トラックや機材、氷、水までもを投入し、救助にあたったと。震災の記憶が蘇ったといって。
読んでいて涙が出た。
急ぎの仕事もあったかもしれぬ、使用予定のあるシートや氷、商品としての水でもあったろう。
そのとき、何が一番大切かと言うことに...
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2005/05/05 12:34 |
桐野夏生の『魂萌え!』を読む
日曜日の新聞書評を見て、購入。
久しぶりに新刊小説を読んだ。
昨年の毎日新聞連載小説らしい。
「日残りて、昏るるにまだ遠し」という人生の昼下がり、伴侶を亡くした人々の物語。
日常生活の中に埋め込まれて、気づかない問題。見ようとしなかった世界。
それが伴侶の喪失を契機に、姿を現す。
「・・・・初めて知って、動揺したわ。でも、心の中ではパズルが合ったような爽快な気持ちもあった・・・・」
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2005/05/05 12:27 |
仕事のスタイル 1. 女が仕事に着る服
初めて月給をもらう仕事についたのは20代半ばだった。
仕事につくということが何を意味しているのか、今思えば何もわかってはいなかった。いや、当時の自分自身、学生気分の抜けないまま、不安で一杯だったのだが。
しかし、もう学生でいてはいけないという思いだけがあった。
ならばどうすれば良いのか何一つ見通しのないまま。
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2005/05/03 19:54 |
呼気と吸気の感覚
「本当にたいへんだと思ったら、息をゆっくり吐いていくことだ」
とおい昔に教えてくれたのは、中原中也ではなかったろうか。
今考えてみれば、あの「ちうや」もどこかでは、過呼吸を経験したことがあったかもしれぬ。
はじめて、その場面に遭遇したときはさすがに動揺した。
知らせを受けて駆けつけてくれた看護婦さんのその若い人への対応を見ていてなるほどと思い出したのだ。
吸うのではなく、吐くことだと、「ちうや」が言っていたのを。
吸うことで構成された現代社会を憂えていたことを。
あの幼い日から、私...
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2005/04/27 20:35 |
ストラスブールのトラム(市電)
10年ほど前、フランスの東北の一角を占めるアルザス地方ストラスブール市に市電が走り始めた。
モータリゼーションへの抑制効果をねらった、排気ガスのない、安全に歩ける市内を希求する動きとして「市電」の復活が注目されだした時期であった。ちょうどこのころ、ここより南、ドイツのフライブルグの交通システムがひとつのモデルとして日本にも紹介されていた。内橋克人氏のレポートを新聞で読んで、列車を乗り継いでドイツの黒い森の南端につながる美しい町を見に行ったことがある。
ストラスブールのトラムの...
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2005/04/22 13:40 |
「ぼくは2番だ」 本当の強さとは何か
遠い昔のことだ。
クラブの定期刊行物に卒業生が寄稿したエッセイに忘れられない文章があった。
将棋の手合わせを皆でする。ぐるりと見回して、「ぼくはこの中で2番だな」と言えるひとが本当の強さを備えた人だ。そんな趣旨のものだった。
まだ、日本が経済成長と国際競争力の増強を目指して、「右肩上がり」の進歩を遂げようとしていた1966年のことだ。
20年以上もたって、テレビで、日本は世界一豊かな国だと喧伝されるようになった。にぎやかなバラエティー番組で、「東京だけの土地代で世界中...
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2005/04/20 09:56 |
「蜘蛛の糸」を切るとき
伴侶の妹が子どもたちを保育園に通わせていたころ、この孫たちの運動会の様子を見に出かけた義母が、不機嫌な顔で戻ってきた。同じクラスにいた障害を抱えた子どもたちのことをさして、「あんな子どもたちとうちの孫が一緒に生活するなんて」と子どもたちの母親、すなわち自分の娘、そして息子とその伴侶を前にして感情を吐き出した。
娘はあわててその火を消そうとしたが収まらなかった。
娘は障害児の保育を教育の課程で修め、いわゆる統合保育の実践者でもあった。息子の伴侶は幼少のころから、「しいのみ学園」の記...
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2005/04/19 11:54 |
統計でみる世界 自殺発生頻度
自殺や、心中のニュースがもたらされない日はない。
いったいどれくらいなのだろう。
OECDの統計を教えてくれた人がいる。
世界各国の統計データがある。
わかったこと。
1.年単位で見て人口10万人あたり、14人ぐらいは、自殺者がある。ということは、100万人の都市であれば140人ぐらいは1年の間に自殺していることになる。200万人の都市ならば280人。
2.高齢者においては若年層におけるより圧倒的に自殺が多い。
3.女性よりも男性の方に圧倒的に自殺が多い。
4.現在日本は自殺者割...
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2005/04/19 11:45 |
トーマス・マン 「トニオ・クレーゲル」 トニオが象徴するもの
トーマス・マンはなぜか近寄りがたい存在であった。北杜夫の「楡家の人々」やその成立の経緯を書いた彼の自伝的小説をとおして、マンのことは知った。手近にあったのは、「老い」をテーマにした小編を編んだ作品集だった。「楡家の人々」は徹夜同然で読み通してしまったのに、「ブッデンブローク家」や「魔の山」には手がでなかった。そもそも、当時、翻訳の言葉に神経質になっていて、外国文学を読むのが辛かったという事情もあった。中学生の頃までは無邪気に読み飛ばしていたのに。
いずれにせよ、10代の終わりのこ...
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2005/04/14 22:28 |
「堀辰雄」 あるいは「芥川龍之介と背中合わせに立つ人」
堀辰雄の作品は、高校2年生の時に初めて読んだ。
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2005/04/08 09:49 |
その旧い友人の死を知らされてからさえ、既に長い月日がたった
最後に会ったのはその年さえ定かではない昔のこと。
井の頭線の車中だった。
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2005/04/05 10:50 |
『シュバちゃんかベトちゃんか、そんなこと いざ知らね・・・』
もう10年以上も前だろうか、「都響」がベートーベンのシンフォニーの連続演奏プログラムを組んでいたのは。
当時、知人が契約していた会員権を、在外研究でフランスに滞在してる間という約束で、わが家で預かっていた。
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2005/04/05 08:28 |
エイプリル・フール
子どものころ、エイプリル・フールのニュースをよく聞いた。
気の利いた「おかしなはなし」
ユーモアのある「ほら」
ニヤリとしたり、
クスリとしたり、
おなかを抱えて笑ったり、
できるといいな。
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2005/04/01 11:26 |
「授業」の記憶 11 長所と短所をよむ
大学3年生の専門の演習のひとつは、学術雑誌の1年間分の論文を分担して読み、報告するという形で進められた。
厳しい先生で、1時間目の開始時刻で部屋に中から鍵をかけてしまうと予告された。
レポートの準備が間に合わなかったときは悲惨で、朝まだ暗いうちに印刷室にもぐりこみ、ひやひやしながら配布資料の準備をしたものだった。
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2005/03/29 19:35 |
努力が実らない不幸:回転扉の改造と事故をめぐる特集番組
日曜日の夜、テレビの特集番組を見るともなくみていた。
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2005/03/29 19:10 |
ブルガリアのブルースに寄せて
2日前のことである。
職場の会合がお開きになって音楽を専門にしている同僚と駐車場で別れた。
そのとき、件(くだん)のブルースのCDを渡した。前に話したときには、「ブルースまではちょっと」と、身を引いていた相手に。
われながら押し付けがましいかなと思いながら。
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2005/03/17 15:49 |
とある国のライブハウスにブルースの響きは流れ
ときどき立ち寄る茶館の店主が教えてくれた、ブルガリア?のブルース。
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2005/03/01 04:09 |
井上陽水 「カナリア」 とジェーン・バーキン 「カナリア」
1980年代の井上陽水の歌、「カナリア」。
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2005/02/26 14:03 |
信じることと疑うこと
久しぶりにテレビのニュースを見ていたら、関西の小学校での卒業生による殺傷事件およびそれを受けての学校の警戒態勢の強化についてのニュース、東北地方での子どものキャッチボールの玉が他の子どもに与えた被害についての親の責任を問う裁判のニュース、それに若い女性に「つきまとって」それを咎められた男性が女性を殺害したこと、その男性が逮捕されたこと、家族がつきまとわれていることを警察に訴えたこと、それらが併せて、ほとんど続いて報じられた。
いずれも、やるせない。
殺傷事件を起こした少年や外国からやってきた...
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2005/02/18 11:05 |
ジェーン・バーキンの名は知らなかった
何ヶ月も前のことだ。
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2005/02/02 03:58 |
井上陽水の「青空、ひとりきり」 1980年代を準備したもの
陽水の1970年代前半までの作品については、比較的評価が安定しているのに対し、1980年代以降の作品と音楽活動については、評価が分かれるようである。
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2004/12/22 17:24 |