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| タイトル | 日 時 |
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久しぶりの朝ごはん
朝早く起きた。 月曜日の夕方に使いかけた白菜が残っている。 1週間ほど前、農家で分けてもらった里芋が残っている。 有機農法の玄米がある。 使うのを忘れている生姜がある。 冷凍庫には、ご飯のストックが切れている。 流しを片付けるついでに朝ごはんを作ることを思い立った。 じつは、このところ朝、ごはんを炊いたことがない。 玄米を洗い、里芋を刻み、雑穀を足し、黒豆のカンヅメを放り込み、刻み生姜の一部も入れる。 白菜は大ぶりに刻んで、だしを入れた鍋に放り込む。 9月に愛媛からやってきた ...続きを見る |
2007/11/21 05:59 |
縞 格子縞
20年ほど前、香港へ3年続けて出かけた。 一人ではとても思いつかない買い物旅行だった。 とにかくばかばかしいほどの忙しさで、日常の生活に必要なものを買いに出かける余裕も無いころだった。だから、2泊3日なり3泊4日なりの日程をとって、仕事着をまとめて仕立ててもらうのはそれなりに合理的だった。 そして、少し年下の知り合いと、合宿生活のように付き合ったのも。 その折、スーツに合わせてシャツをいくつか誂えた。そのシャツの襟がようやく擦り切れてきた。 肩をいからせた戦闘服のような服が流行 ...続きを見る |
2007/10/19 22:09 |
BGMはラジオ講座
映像、音、物語、総合芸術たるテレビの世界は魅力的なのだけれど、ときに疲れる。そして年齢とともにその疲れやすさが募る。 近頃はラジオばかりを聴いている。車の中、居間のかたすみ、流しているのはFMではなく、第2放送。スペイン語、中国語、ドイツ語、韓国語、イタリア語、さまざまな語学講座、現代社会、国語、さまざまな内容の高等学校講座、漢詩、かくべつ勉強をするというわけではない。単なるBGMである。それでも、時にオヤと思ってテキストを求めたり、調べてみたりすることもある。騒がしすぎず、しかし少し開か ...続きを見る |
2006/11/18 05:31 |
後の月見をまちながら
紅の残る黄昏の空に細い月を望んだのは何日前のことであったか。 少し遅い十三夜の月が明晩らしい。 窓の外では雨音がしている。 陰暦ではまだ長月も半ば。 しかし、太陽暦の2006年の終わりは間近である。 月とともに規則正しくすぎたかつての時代の夜。 こころ急かれる思いですごす明るすぎる夜。 2つの暦を手の内でころがしながらまた一年がすぎる。 ...続きを見る |
2006/11/02 19:13 |
家あるいはかまど
とおいむかし、初めてフランスにやってきたときのことである。 初対面のひとと、次に会う日を相談していた。 きみたちのフォワイエは? それが棲家とか宿舎を意味することに気づくのにしばらくかかった。 火のありかフォワイエ 「かまど」が生活の中心であり、それが住むということと直結しているということなのだろう。 ...続きを見る |
2006/10/27 18:44 |
地上
このところ水難続きである。 週のはじめ、洗濯中、蛇口につけたホースがはずれて水が暴れた。 あわててタオルやバスタオルを動員してふき取った。 事なきをえた、と思っていた。 ほとんど忘れていた。 週も半ばすぎ、階下の主に出会うと複雑な顔をされる。 おずおずと、洗面台の上の天井灯のまわりから不審な黒い液体が・・・ とっさにわからず、しかし、あれやこれやと考えれば、なるほど、事なきは得ていなかったのである。 たかをくくってなおざりにしていた。 同じ頃、トイレのタンクが壊れた。水の落とし ...続きを見る |
2006/10/27 16:48 |
「ストーブ試運転」について
「ストーブ試運転」について 冬間近。秋から冬へと向かうこの時期に、灯りが懐かしく、焚き火にこころ惹かれる。 いじめにあったと訴えて自死をえらんだ少年の事件も悲しいが、新聞紙上でそのとなりにひっそりと掲げられていた、焚き火を叱られて縊れた少年の事件はより哀れであった。気軽に落ち葉焚きができなくなって久しい。かつて、かまどの火、焚き火の火、風呂焚きの火、囲炉裏の火、そして暖炉やストーブの火、そしてなりよりも足元や手元を照らす灯りと、火は日常の暮らしの中にあり、人々の心を暖めた。 幼い頃、 ...続きを見る |
2006/10/19 20:16 |
1年ぶりのフランス・10日ぶりの日本
短い旅をした。 旅とは言えいつもの土地。 10日間のうち、最初の数日だけ寒かった。 慣れない同行者は震え上がり、冬物を買いに走った。 すると今度はまた夏に逆戻り。 7月以来オーストラリアの冬と酷暑の日本列島を経験してきた当方はいつも同じスタイルである。洗濯の利く木綿のしっかりした上着は役に立った。 ともかく内陸の天候は気まぐれである。 ...続きを見る |
2006/09/08 01:51 |
水無月20日
旧暦では水無月20日。 膨らんだ月が夜10時近くに顔を出すはずだ。 頭の中では新暦と旧暦が錯綜する。 あれやこれやの誕生日を新暦から旧暦に翻訳してみる。 生まれ年まで変わってしまう身近な人々。 そして、そこについてくる、大安、仏滅、友引・・・ ...続きを見る |
2006/07/15 21:14 |
ドレス・コード
メルボルンのゲスト・ハウス 一泊・朝食付き6000円の安宿である。 日本風にいって1階の奥に食堂があった。 「ドレス・コード シャツおよび靴着用のこと」 「食器はカウンターへ片付けること」 少し取り澄ました金色の札に活字で書かれていた。 それらが、目に立つところ何箇所かに掲げられている。 試行錯誤のすえのガイドラインだろうか。 上半身裸で降りてくる客もいたのかもしれぬ。 はだし、あるいは室内履きでやってくる客もいたということか。 そして、24時間開放されているこの空間で夜半に ...続きを見る |
2006/07/15 06:58 |
土曜日の朝スターバックスで
帰国後の雑事があって出かけ、近くの店で一休みした。 店内はほどよく込み合っている。 小さなテーブルを見つけて座った。 隣は美男・美女である。 聞くつもりはなかったのだが聞こえてくる会話。 「きのう、カットをしてもらったの。30000円」 「カリスマ・カット10000円、カリスマ・シャンプー10000円、カリスマ・コンディショニング10000円」 「そんなの僕がやってやったのに」 「だめよ、使うシャンプーだってその人にしか使えないものなんだから」 ...続きを見る |
2006/07/11 13:21 |
散歩のとき何か食べたくなって
池波正太郎に「食卓の情景」という本があるらしいが、そちらは読んだことがない。散歩のとき・・・は、湯気に当てられながらよんだのだろう、もうしわけないことに波打っている。永井荷風の行きつけの店というのは、これで読んだのだったろうか。 ...続きを見る |
2006/05/26 21:07 |
かみごたえというごちそう
きのうも結局帰りは遅くなった。 昼ごはんも満足にとれなかった。買い物をするにも、通り過ぎる店はしまっている。 オーダーストップ間際のなじみの店に飛び込んだ。 あさりとやりいかの生スパゲッティ。 それにサラダとスープ、かみごたえのある小さなパンをつけて。 このごろここでは自家製のパンを出してくれる。 一日発酵させた、イーストを使わないパン。 ...続きを見る |
2006/05/17 06:27 |
あったらいいなこんなもの:夏の普段の着物と衣服
昨年、浴衣や甚平がたくさん店頭にならんだ。 阿波しじら、近江縮みなど各地の夏の生地を素材にした甚平を若い親子連れが選んでいたりした。 派手な柄の浴衣を前に、無地や細かい縞の女物はないのかと店の人に迫ったが、一蹴されてしまった。 しじらや縮みの生地で風を通す、昼間、着られる着物や、新しい意匠の衣服があったらと思う。 ...続きを見る |
2006/05/11 17:46 |
灯り そして 床
蝋燭の灯りが基本。 光の色合いも、形態も。 蝋燭を模倣し、ほの暗いままにその明るみを珍重する。 そして、家の中も公共の場。 ベッドにたどり着き、靴を脱ぐまでは。 ...続きを見る |
2006/04/14 22:29 |
久方ぶりにまとめて料理
土曜日の朝、久しぶりに農家と近くの百貨店地下食品売り場で集めた食材でまとめて料理をした。土曜日の午前中、土曜日の夜、そして、日曜日の午前中。冬物洗濯と職場の残りの仕事、週明けからの仕事の準備、その合間を縫って。スープ冷めかけの距離にいる姉と弟に電話して、姉の家には届け、弟にはとりにくるように頼んだ。 豆の入った薄味カレー、茹で上げた筍、それに葱生姜味噌。 姉の家の台所には丸元淑生の料理の本のコレクション。あれこれ見ていると黒豆のカレーが飛び出した。あ、似ているね 姉は手持ちの食材あれもこれ ...続きを見る |
2006/04/10 06:09 |
情報の値段・情報の市場
みなさん、おげんきですか。 ...続きを見る |
2006/02/11 20:03 |
てぃーたいむ
むかし、職場で「てぃー・たいむ」という小さな広報紙を編集したことがある。ほとんど一人で作っていた勝手な新聞。当時とがっていた職場の雰囲気をすこしぼかすのが狙いだった。近くのお惣菜やさんのニュース、それに他愛ない四方山話。しかし、ティータイムそのものは、そのころから、職場から姿を消した。 心理学者の辻 敬一郎氏(個人的には先生と呼ぶ、尊敬する先達である)は、50代直前、サウス・ヨークシャーの大学で過ごした経験を「キャンパスのティータイム」という小さな本の中に書いておられる。「たいていの人は9 ...続きを見る |
2006/01/26 10:13 |
元旦は闇夜から明けた: むかしのこよみ
昨秋、近年になくゆっくりと月見をした。それ以来気になって来たことがある。 太陰暦あるいは旧暦では、当然ながら日にちと月のありようが一致しているわけだ。 一日、朔日は月のない暗い晩である。 十五日は満月である。 三十日、晦日はいつも暗い。 大晦日も元旦も、夜は暗いのだ。 こんなわかりきった、あたりまえのことを忘れていた。 太陽暦を受け入れることになったときのひとびとのとまどいと違和の感覚を思う。 次第に人は月を眺め、生活のよりどころとする習慣を喪失したに相違ない。夜は常夜灯により明 ...続きを見る |
2006/01/08 04:46 |
料理と言葉
結婚することになったとき、双方を知っている人物が、料理はどうするのだと聞いてきた。 当然できないだろう。その意図が目と口調に現れていた。 本を読めば書いてあるから。 そうか、理科の実験のようなものか。 相手は笑って納得したようだった。 ...続きを見る |
2006/01/05 13:31 |
蜂蜜瓶の湯たんぽ
冬は野菜が柔らかく甘い。 葱、大根、白菜。 鍋にする。 漬物にする。 漬物にも冬は最適である。 白菜と大根を2日干して常滑の大かめに漬け込んだ。 2日で水が上がってきた。上出来である。 そして、冬は塩を控えても味が落ちない。日持ちする。 しかし、寒い。 店屋を物色していると、湯たんぽが見つかった。 雑誌をみていると、純銅製のドイツの湯たんぽと言うのがあった。 うーん、また物をふやすのもなと躊躇する。 1000ccの蜂蜜瓶が洗ったまま転がっていた。 そうか、これだ。 湯 ...続きを見る |
2005/12/28 09:24 |
ジビエのコンフィ
通勤の途中に立ち寄るカフェ。 角の広い席に座っていた小柄ながら精悍な紳士が店主と話をしている。 「話さなかったか? あの猟犬は猪にやられちまったのさ」 もともと猪狩りをするような猟犬ではない。多分鳥撃ちにでも伴ったのであろう。 自分から猪のほうへ突進して行ったのだという。 その客が帰った後で、隣の淑女は、あそこのお宅は犬を大切にしないからと非難めいたことを言う。 ...続きを見る |
2005/12/28 08:55 |
今日の葱味噌
年末最後の週である。 月曜日だが休暇をとったので、気分は週末。 まずは葱味噌から作り始める。いつものようなのは気分しだいというだけ。 昨日入手した葱3わを洗って、白い部分だけを適当に切る。 オリーブオイルを鍋で温めて、葱を放り込む。 火を弱めて合間にしいたけを掃除して薄切りにする。 葱が柔らかくなったころあいにしいたけを入れて加熱。 あとは味噌、コチジャン、ゆずと生姜をつけこんだ蜂蜜をいれて出来上がり。 うまい。 うまいはずさ。 それだけ材料を奮発すればとだれかの声が聞こえて ...続きを見る |
2005/12/26 22:20 |
野菜の漬物
冬は漬物の季節だ。 子どもの頃は、何十本もの大根を干して、樽に糠付けするのが生家の習慣だった。 白菜も8つ割りか6つ割りにして干し、糠付けにした。 父は若いころ水戸に職を得て住んでいたことがある。 そこで身に着けた業と聞いたような気がする。 味にいろいろ注文をつけて、母に仕事にあたらせていた。 しかし、なぜかその父の父は料理が得意で、ラッキョウやあれこれの保存漬けを常滑の甕につくって、自ら食卓に供していたらしい。 「料理は男のするものではない」といっていた父の言動がどこかちぐはぐで ...続きを見る |
2005/12/09 00:45 |
一週間のめぐり
フランスでは人と会う約束をするときに、必ず曜日で確認する。 日にちよりも曜日である。 買い物も仕事もしない日曜日を中心にした一週間の巡りがひとびとの身体に叩き込まれているらしい。 今の職場では土曜日、日曜日に仕事の入ることが多い。通常の予定以外につめこまれる義務。 土曜日に食料の買出しをし、一週間の準備をするという巡りが、壊れる。 休めなかった休日の疲れに、生活の基礎が壊れた疲れが重なる。 朝早く起きて一仕事するという習慣で辛うじてなりたっている肝心要の仕事も、繰り回せず、またそのス ...続きを見る |
2005/10/31 18:08 |
仕事のスタイル 21 数学者2
彼は高等学校の数学の教師。息子は当時たしか10歳。少し前、パリで行われた囲碁の試合の少年の部で優勝したと聞かされた。知人がわれわれを伴って訪問するのを彼らは待ち構えていた。町の中心部ちかくにある彼らのアパートは、かつては大きな馬車の入る門を備えた個人の屋敷であったものをいくつかの住居に改装したものだそうで、映画に出てくる貴族の住居のような広い階段と驚くほど高い天井とがわれわれの眼を惹いた。 知人が彼と話をしている間、われわれは少年と話をした。暖炉の上に写真が飾ってある。おかあさんなの?そう ...続きを見る |
2005/10/28 07:59 |
クリスマスの記憶
子どものころ、近くに小さなキリスト教の教会があった。おそらく日本基督教団に属する教会であったろう。プロテスタントの牧師さんがいて、日曜学校を開いていた。その周囲には、四方博・れい夫妻の住居があり、子どもたちは春陽会に所属する画家、れい夫人の絵画教室に通い、ご子息のしん氏が主宰する「どんぐり子ども会」の常連となっていたので、しぜんとその流れで日曜学校の生徒となった。通うたびにうけとる小さなカードを楽しみに。 しかし、父も母も、そのことを必ずしも快くは思っていなかったようである。 クリス ...続きを見る |
2005/10/23 14:08 |
健康チェックで夕方はOFF
勤務先の医務室から、連絡があった。 健康チェックの問い合わせである。 いや、連絡があったのはもう一ヶ月まえであった。 そのままにしていたら、今度はEmailでの催促。 ボーダーラインの数字が目にとまったらしい。 しかたないなぁと昼休みに、そそくさと蕎麦がきをつくって食したあと、はずれにある部屋まで出かけた。 血圧を3度測り直し、 やはり「あちゃー」という数値が出て、生活のチェックを受ける。 ほかの数値は大丈夫ですからねぇ。 ここは皆さん帰りが遅いんですねぇ。 もう少しゆったり ...続きを見る |
2005/10/19 06:22 |
月を惜しむ
昨夜は十三夜の月を逃してしまった。 今晩こそは。 ...続きを見る |
2005/10/16 18:48 |
恒例 休日のお買い物
きのうは出勤だったので、朝の買出しは今日、日曜日。 まず、散歩をかねて、コンビニエンス・ストアへ新聞を買いに。 戻って一休み。少し汗をかいた。往復40分くらいなのだ。 9時のパン屋開店を中心に、予定をたて、まず、農家へ野菜を買いに行く。 今日は葱、大根菜、枝豆、それに生花を少し。 小菊とほととぎす。 つぎにパン屋に開店前に押し入り、ショコラのパン(オレンジピールはこのごろ入っていない)、それに特別のタネを使った発酵パン。それぞれ半分と4分の一。 百貨店の食料品売り場があくまで、ス ...続きを見る |
2005/10/16 12:33 |
38度5分? たいしたことないわ、迎えに行くからいらっしゃい
10年以上も前のことである。 真冬にストラスブールに滞在していた。 引き上げる時期が近づいてきていた。 借りていたアパートの家主から、夕食に招待されていた。 あいにく、熱が出た。 体温計を当ててみると38度5分もある。 これはかなわぬ。 たまたま来ていたアイカタだけを送り出した。 まもなく電話がかかってきた。薬剤師をしている家主の奥さんである。 「招待したのはトンマリじゃなくてトワ」 「熱がある?38度5分?たいしたことないわ。迎えに行くからいらっしゃい。」 まもなく、彼女 ...続きを見る |
2005/10/12 06:12 |
今夜の食卓
今日は山のアパートで仕事をしながら、料理の作りだめをした。 賞味期限のちかいもの(中にはすぎたものも)、つい買いすぎた野菜。 1.ピーマンとにんじんの炒め煮。 農家で分けてもらったピーマンが大量に。おまけにつけてくれた小さなにんじんを千切りに。ピーマンは二つに割って種をとる。これもまた、そろそろ使い切りたいオリーブオイルをたっぷり入れて暖めたところにドンと入れて炒める。またまた使い切りたい白醤油の残りを空けて少し煮込む。ボールに山盛りだった材料がくたっと小さくなってできあがり。 2.ピーマ ...続きを見る |
2005/10/10 19:09 |
仕事のスタイル 19 新聞記者
これまでの経験を振り返って、新聞記者との付き合いは多くはない。 新聞は小学生の頃から読んでいたし、新聞と言うものを嫌っていたわけではない。 そのころ、すぐ近くに大手新聞社の記者を父にもつ兄弟がいた。裕福で、美しい母親と、美しい姉に、利発そうな弟は、ほどなく転勤していった。隣家の父親は地方新聞社の専用飛行機を操縦していた。しかし、記者ではなかった。飛行機から手をだして雲が触れるんだってとどきどきしながら聞いた。家の上空も飛んでいたから、空からは、どのように地上が見えるのか一つ年下の隣家の ...続きを見る |
2005/10/09 21:29 |
また、朝がきた
昨日は2年ほど前に職場を変わっていったもと同僚を囲んだ席。 8時半ごろそれがお開きとなり、家におちついてみれば夜も10時近く。 ベッドに倒れこんでいるところ夜半に電話。 それで、また起き上がったので、今朝はいつもより遅い5時近くに起床。 疲れが残っている。 朝はにんじんジュースに生姜いり紅茶。 生姜は以前は毎朝すりおろしていたが、いまは、まとめて蜂蜜につけこんである。 体温をあげ、自己免疫力を高めろという医師の話をとりいれて、半年ほどつづけている。 律儀にというわけにはいかず、 ...続きを見る |
2005/10/07 07:18 |
夜明けはまだか
午前2時半に起きて、仕事の算段。 WEB上を覗いていると、『陽だまりの庭で』という老獪な映画が終わったところらしい。 残念なことをした。 昨日はあれこれあった後、夕方5時半まで会議、そのあと、同僚と立ち話、チーフと部屋で相談、あと片付けを済ませると夜8時半。「アタマンナカゴチャゴチャ」という超多忙のチーフを慰めて、なんとか乗り切ってもらわねば。 さすがに、あたまがキーンとなってくる。 帰りはキース・ジャレットを聞きながら、なぜか、1981年ヨーロッパの夏の宵を思い出す。 途中でどこか ...続きを見る |
2005/10/05 04:35 |
クール・ビズのつぎはウォーム・ビズ?
あの敗戦直後のよれよれ開襟シャツ姿を彷彿とさせるクール・ビズの嵐が過ぎたとおもったら、今度はウォーム・ビズの文字が躍っている。どこかの国の総理大臣も、タートルネックのセーターに厚手のチュニック・コートなんぞを羽織って隣国の人気テレビドラマのヒーローよろしく会議をとりしきられるのであろうか。 何のことはない、何十年も空調のない部屋で仕事をしていた当方は、「時代の最先端」。冬は冬でセーターにヴェストにツィードの上着なぞをはおって、「暑くない?」などといわれていたっけ。 しかし、こう、お祭り騒ぎの ...続きを見る |
2005/10/03 19:07 |
冬支度
2005年度も後半。 半年分の仕事の算段をする。 スケジュールをチェック、毎週の予定を決めていく。 あまり欲張り過ぎないように。 仕事場でひとしきり眺め、まず、3とおりのスケジュール表を作成。 今日はこれまで。 かかとの減った靴を見て、新しいものを購入。 白いタオルが出ていたので、来客用を更新。 これから、散髪。 それに衣類の整理。 ...続きを見る |
2005/10/02 18:46 |
農家へ出かける
週末恒例の農家への買出し。 昨日は「お彼岸」のせいか、おやすみしていたし、当方も仕事だったので、日曜日、今朝、少し早めに立ち寄ってみた。 「今日はこれだけ」 と、籠に満載してきた無花果を山にしている。 「今年はいつまでも暑いね、去年は9月15日で無花果はおしまいにしたのに、今年はいつまでも暑いから終わらない」 そうか、そうなのだ。 きっと、おかみさん、日録をつけているのだろう。 ...続きを見る |
2005/09/25 09:29 |
ちいさないきものが
金曜日は当地の再生ごみ収集日である。 プラスチック包装 紙包装 ペットボトル 空き缶 空き瓶 ざっとこんなところ。 それぞれに分けて袋に入れて出す。 空き瓶だけはかごの中。 ...続きを見る |
2005/09/22 21:08 |
仕事のスタイル 18 芸術家
およそ芸術家と言うもの、かれらのアクティヴィティは仕事なのか。 私には今もって解らない。 しかしともかく芸術家と呼ばれる人々はいて、彼らもまた、衣服を着、食事をし、睡眠をとる。 ...続きを見る |
2005/09/21 20:24 |
ムカデ
住居は山にある。 ムカデ、ゲジゲジ、クモ、かまわず侵入してくる。 虫が嫌うハーブや、除虫菊の粉などで、近づけないようにするが、夏も終わりになると効力がきれてくる。 遅く帰宅。 ありあわせのもので簡単に食事を済ませ、歯を磨こうと洗面台に向かった。 ポロシャツの半そでがきれた、腕の辺りがおかしい。 ふいと見るとえっ。 ムカデだ。 息を呑んで。 叫んでも来てくれる人はいない。 洗面台のなかへ振り落とす。 はぁ、体長12センチはあった。 あとは水攻め、熱湯攻め。 無用な殺傷 ...続きを見る |
2005/09/20 21:49 |
亡失
子どものころからよく物をなくして父に叱られた。 あとかたづけをしない。 夢中になるとあとさきほかごと見えなくなる。 まるで新しいおもちゃを見せられると握っていたものをはらりと落としてしまう赤子のようなものだ。 原因はわかっている。 こころの配分のしかたがへたくそな所為だ。 父の書斎では、もののありかがきちんと決められていて乱れがなかった。 生家の仕事場。農具や種や家畜のえさ、収穫物を整え、収納し、次の仕事に備える。誰かが交代しても支障がないように。 そんな習慣のなごりだったのだろ ...続きを見る |
2005/09/20 14:07 |
「猫が気になって:筧忠治さんのこと」について
「猫が気になって:筧忠治さんのこと」について 筧忠治さんの1975年「猫」の銅版画を写真にうつして、デスクトップ背景に入れた。 縦長の画面がデスクトップにあわせて広がってふとっちょねこになってしまった。 しかし、それでもなお迫力ある精悍な顔に見える猫。そこをおもしろがって日々眺めている。 ...続きを見る |
2005/09/20 08:09 |
飯島耕一 『ランボー以後』
書棚の隅から、ほとんど忘れかけていた本を拾い出す。 はるか昔に手に入れて、しかし、読むだけのエネルギーもなく、しまいこんでいた。 箱にかけた帯に、小林秀雄訳『地獄の季節』との出会い、・・・友人橋本一明の死・・・朔太郎、となじんだ文字が飛び込んでくる。 ばらばらだった詩人たちとのつながりがぐるりと外の世界で結び合わされていく。 昭和50年11月初版発行、そして、手元にあるのは昭和54年4月再版されたもの。 1979年に入手したのだろうか、それとももっと後だろうか。 3パーセントの消費税 ...続きを見る |
2005/09/18 23:19 |
月見を待つ: 月にむらくも
東の空の雲間から月が顔をだした。 かぐや姫を迎えに来た月のようだ。 明日は芋名月。 芋を炊いた。 ただし、里芋ではない。 薩摩芋だ。 輪切りにした黄色い芋がちょうど月のようだ。 りんごと年代ものの梅酒と一緒にいいにおい?をさせて器におさまった。 明日、母のところへ持っていこう。 すべてに我流。 画竜点睛を欠こうが勘弁願いたい。 月見もこの程度にしてもうひと仕事。 皆様よい週末を。 そして、よい連休を。 ...続きを見る |
2005/09/17 19:22 |
月見支度 曇りか雨か
天気予報によると、当地の中秋の名月9月18日は雲の上のようである。 地上から愛でるにはいかがしよう。 一日前にするか、それとも居待ち、立ち待ちといくか。 ここは山の東斜面。 ゆっくり拝見するには月の出が遅いのは歓迎すべきだけれど。 ...続きを見る |
2005/09/17 08:59 |
月見支度
留守のあいだ枯死寸前までいったプランターの植物に水をやるためにベランダに出た。 月が天空にかかっている。 しばらくぼんやりとベランダにしゃがんで風にあたっていた。 そうだ、今日の月は? 中秋の名月はいつか? あわてて調べた。 本日の月齢11.3日 今年の中秋の名月(芋名月)は9月18日 そして、13夜の月(栗名月・豆名月)が10月15日 長い間月見などしたことがなかった。 あたふたとするうちにお月様のことなど忘れてしまっていた。 そうだ、子どものころひとりではしゃいでススキ ...続きを見る |
2005/09/15 21:16 |
父と母
めったにない自分の写真です。 とっていただいた集合写真からきりとりました。 ○○○〇○○○○○さん、つかわせていただきました。 ありがとうございました。 ...続きを見る |
2005/09/14 22:40 |
今日は早く帰ろう
出張の続き。 東京文京区の真ん中にいる シンポジウムに出席。 その後、出版社のブースであれこれ、購入。職場へ送ってもらうように手配。 今日はできるだけ早く宿に帰ろう。 少し、疲れた。 宿ですべきこともある。 ...続きを見る |
2005/09/09 19:12 |
つい、くたびれ果てて
8日の日記を10日に書いている。 夏休みの宿題をまとめて書いたことがあったような気がする。遠い昔のことである。 久しぶりに東京にでてきて、また、久しぶりにいろいろな人の顔をみた。 しかし、舌先なめらかになるには少し時間がかかる。 ただ、旧友の能弁さに呆然としている。 日常と異なる時間。 夜遅く、近郊のアパートに戻れば、足の踏み場もない。それで、ふうといって夜が更けた。 ...続きを見る |
2005/09/08 23:09 |
台風もこちらは一息
今日は、台風の余波で、風のある中、仕事先に。 明日からは出張。締め切りにまにあわせるためには今日中に片付けなければならない仕事が残っている。 100部程度の資料の点検。 これを2サイクル。 その上で、決断約200回。 これが疲れるし、神経を使う。 おまけに、点検ミスを発見して調べなおしなど。 一通り終えて、袋に収納。 仕事先のEメールの確認。 今後の予定のチェック。 傍ら、プリントアウトをして昨日渡したものを、フロッピィにおとして渡しなおし。 最後に、今日中にやはり片付けた ...続きを見る |
2005/09/07 19:21 |
台風余波の夜は
時どき思い出したように風が吹く。 台風が来るからと予定をずらしたり、くりのべしたりしたけれど、けっきょく、こちらではあまり影響なく済むのか。 今日、午前中から締め切りにかけこむべく、キーボードを打ち、考え、午後は会議、その合間に午前の仕事の続きをして、提出。会議終了後、部屋に戻って明日締め切りの仕事にかかろうかというところで、少し風が出てきた。勢いがつかない。えーい、明日朝から出てきて取り組もう。早めに切り上げて帰宅。 昼は何を食べたか覚えがない。そういえば休憩時間がなかった。 夕食は定 ...続きを見る |
2005/09/06 19:58 |
日曜日の夜はローズヒップとハイビスカスのお茶を飲みながら
週末がまた暮れていく。 今日も一日、締め切りの迫った原稿のことを考えながら、あれこれ片付け。 積もった埃と十数年の歳月。 あせる気持ちとあきらめと・・・ などと言ってみたくなる。 どこかから転がり込んだハーブティのティ-バック。 夜の早い生活には具合がいい。 鮮やかな色と酸味が夜の明かりの下での無聊を慰める。 ...続きを見る |
2005/09/04 19:54 |
大学付属植物園 ひろい庭をひとりじめ?
そうなのです。 宿舎にしたステュデオ(ワンルームマンションといったところ)の窓から、植物園が一望の下。 古い建物で、エレベータがないので、日本風にいって5階まで、長い長い階段を上らねばならないのですが。 写真は、つい、夕日に合わせて撮りたくなり、したがって逆光。夕日の中に沈む庭をご想像ください。 ...続きを見る |
2005/09/03 18:20 |
フライブルグの石畳 その3
大写しにするとこんな感じ。 ...続きを見る |
2005/08/31 19:04 |
フライブルグの石畳 その2
これは、照明器具のお店の前。 日曜日なので残念ながらお店は閉まっている。 ...続きを見る |
2005/08/31 19:01 |
フライブルグの石畳
ヨーロッパ滞在中、知人の車に乗せて貰ってドイツの黒い森を南下、帰途フライブルグに立ち寄った。10年ほど前、そのみごとさに感嘆した石畳を写真に写した。 歩道の石畳である。店の入り口に、店の案内を兼ねた模様がはめこまれている。 ...続きを見る |
2005/08/31 18:56 |
夏の朝
墓参りに実家へ出かけるというアイカタを車で送って仕事場にしているもうひとつのアパートの方にたどり着くと、隣家の末の息子が通学姿で降りてくるのに出会った。そうか、土曜日だけれど受験塾に行くのだろう。 ...続きを見る |
2005/08/13 12:39 |
たったひとりのティータイム
午前中から仕事をして、ようやく一段落の手前である。 気づけば自動販売機のアイスクリームと、コーヒーメーカーの湯で練ったそば粉を口に入れただけで、食事にも出なかった。 書類の山を順番に見て、コメントを入れていく。 別のパソコンに入れた音楽をシャッフルで聴きながら。 昨日と今日で約1400ページを点検、100近くのコメントを入れた。 シャッフルだから音楽は 韓国ポップスの情動的な音 佐藤豊彦の16世紀リュートの渇いた音 フレンチポップスの Bertrand Betch 同じくフレン ...続きを見る |
2005/08/11 15:01 |
嵐の7日間
旅行を間に挟んで6泊7日。中学生、高校生、父親と母親のご一行様は今朝、東京へ発った。 明日は、フランスへ帰国。 上の子どもはこの9月からグランゼコールを目指す準備校に通うために親元を離れる。 バカロレアを終えたこの時期が、家族旅行の最後の機会かもしれない。 子どもたちには13歳は13歳なりに、17歳は17歳なりにそれぞれの自己主張があり、そのたびに、家族4人の間で激しい議論が行き交う。 無用に昆虫をいじめる息子を母親がとっちめ、その息子との間に延々と議論が続く。 子どもの主張に対して ...続きを見る |
2005/08/07 14:45 |
ブロコリの調理は僕がやる
13歳の少年は好き嫌いがはげしい。 父親はなんでもおいしそうに食べ、家族の残したものを最後までさらって食べている。 いつもそうらしい。 一昨日、外で夕食をとったときには、予め希望を聞いておいたので、気持ちよく食べてくれた。 そのうえ、「これ大好き」とほかの皿からブロコリを摘み上げて食べていた。 ...続きを見る |
2005/08/07 08:15 |
夏の香り
香水やオードトワレのミニチュア瓶をプロモーションや、ちょっとしたプレゼントで受け取ることがある。おみやげと称して、あれやこれやの瓶を受け取ったこともある。空港の免税店で、出来心で購入したものもある。 これまでに使ってみたもので、初めに印象にのこっているのはJOYというほとんど薔薇のエッセンスだけでつくったというもの。甘い、しかしいやみのない香りがした。空港で入手して、何人かの人にプレゼントしたりした。しかし、自分で使うとなるとどこか身にそぐわない気がした。男っぽすぎる服装の雰囲気を緩和する ...続きを見る |
2005/08/02 18:09 |
一家4人が泊まる
明日、知人の一家がやってくる。 日ごろ、住める状態になっていない我が家を、とにかく4人宿泊可能にするのは一苦労である。 先方は、遠慮したのか、恐れをなしたのか、ホテルをとるとがんばったが、当地はいま大きな催しのために人であふれて予約もままならない。 夏だからたいしたことではないが、とにかく、寝具を4人分確認して、洗濯、補充。 問題は掃除である。 まず、明け渡すべく、自分の部屋を片付ける。 あとひといきである。 次に台所の奥を片付け、冷蔵庫と食卓の位置を交換。 ふう。 次ぎにアイ ...続きを見る |
2005/07/31 22:00 |
土曜日がやってきた
ひさびさの週末である。先週も、先々週も、仕事が入った。 朝、散歩をしていて、農家の畑に立ち寄ると、もう、野菜を並べている。 スイカ、イチジク、桃、トマトを選んで、いったん家に戻ってから車でとりに行く。 あれもこれもと選んだら、オウ!という金額になった。 ...続きを見る |
2005/07/30 16:14 |
学生生活のスタイル 8 気楽さと堅苦しさ
学生時代、気楽なことが好きだった。 中心さえしっかりしていれば、あとはどんな風でもよい。 そんな風に思っていた。 堅苦しい父親への反発だったかもしれない。 あたふたと、髪の乱れるまま。 時には駆け回っていた。 時にはうずくまっていた。 身を飾るなんて、少なくともこの私がすべきことではない。 ...続きを見る |
2005/07/28 18:54 |
ひかりがとんでゆく
早朝からしばらく、自宅で仕事。 気が付くと窓の外は澄みわたり空気が光っている。 気合を入れて、気分転換に髪を切る。 洗面台の鏡に向かい、はさみを使って15分ほど。 最後に後ろを映して少し整え出来上がり。 洗面台に散らばった髪を片付け、身支度をして出かける。 ...続きを見る |
2005/07/27 22:00 |
夏の嵐
日曜日出勤でペースが乱れたせいか、あるいは台風の接近によるのか、頭が重い。 2コマ続きの補講を終えて、しばらく同僚と情報交換と打ち合わせ。 なんとか、夏モードの仕事態勢に移らねばならないが、体力・気力ともに不足している。 ...続きを見る |
2005/07/26 17:12 |
たそがれ時の少年たち
陽も落ちてから衣料品の量販店に立ち寄った。 少し季節はずれのものをワゴンに入れて安売りしている。 前を通り過ぎようとすると、3人組の少年たちが、 「あ、ごめんなさい」 と道をあけてくれる。 気にしなくていいのに。 ...続きを見る |
2005/07/23 21:17 |
なにやらゆかしと
昨日は久しぶりにまだ暮れ残りの光のあるうちに仕事先を出た。 以前から気になっている新しいお店がある。 ドアノブやさまざまな内装金具を扱っていた地味な店が改装されて、内部が見わたせる大きな窓を開け、白熱電球のような照明のもとに形のよい椅子を並べている。 ちょうどその前で信号待ちをしたのをしおに、思い切って立ち寄ってみた。 縦に細長いドアの取っ手に藍の絣のような布が巻きつけてある。珍しい。 おずおずとドアのところで店内を覗き込み、 「あのう、少し見せていただいてもよろしいで ...続きを見る |
2005/07/23 09:04 |
スイカがやけどした
いつもの農家が先日来スイカを並べている。 それが毎日忙しく、立ち寄れなかった。 とうとう、きょう我慢しきれず、朝8時に飛び込み、直径38センチはあろうかという大物と、直径23センチの小物をひっさらい、車に放り込んだ。 しかし、きょうはあいにく仕事である。 そのまま高速道路に入って職場近くの青空駐車場に置いたまま半日。 仕事はなかなか終わらない。 気がつけば午後2時を過ぎている。 スイカが煮えちゃった。 スイカがやけどした。 大騒ぎをして車に戻ったら、 案の定、大きなスイカがチ ...続きを見る |
2005/07/16 16:48 |
「木陰」ってどんなやつだ
父が亡くなってもう6年になる。先日、その法要のあと、皆で食事をした。 京懐石の小さな店である。 蓮の葉で包んだ鮑にじゅんさい入り葛あんまわしの一皿にはじまり、まるで、河原で料理をしたような熊笹にのせられた焼き鮎を含んだ、繊細かつ豪快な料理に時を忘れた。 店主夫妻と四方山話をして別れた。 帰途、姪は「どうやってこのお店をみつけたの?」 「コーヒーショップで同席して・・・」と事情を話すと姪はあきれている。 「そんな、居酒屋でとなりのオジさんと親しくなるような・・・」 お ...続きを見る |
2005/07/16 07:21 |
「幾時代かがありまして、茶色い戦争ありました・・・」中原中也の時間感覚
中也は死の床で、母親の指をさすりながら、 「おかあさん、いつか、きっと僕がほんとうは孝行息子だったということがわかりますよ」 といったという。この逸話に接したとき、母を嘆かせ、心配させた少年時代から死後数十年もたって母の胸の中で回想される想い出の中也まで、一時に押し寄せてきて、思わず涙した。 中也の母は山口から横浜に出ていた一家の娘であったが、両親の郷里の伯父の家の養女となって婿養子を迎えた。中也の父はいわば出郷のエリートであり、その社会的達成を評価されて養子になったのであろう。軍医 ...続きを見る |
2005/07/13 08:00 |
仕事のスタイル 17 日本の夏に
徳川の御代に人は夏をどう過ごしていたのだろう。夏の仕事は。夏の仕事着は。 そもそも一年の生活がどのように流れていたのか、殆ど何も知らないことにいまさらのように驚く。 俳句に通じている人は、歳時記と季語に盛り込まれたあれこれを、身体で知っているのだろうか。 ...続きを見る |
2005/07/09 21:07 |
くちなしのかおり
古い話で恐縮だけれど、ジャン・ギャバンが主演する日本題でたしか『望郷』という映画があった。パリからのがれて、北アフリカの闇に身を潜めていた男が、フランス本土からやってきた美しい女性ギャビーに心惹かれて「パリのメトロの香りがする・・・」とささやく場面があった。彼女がまとっていた香水はいったいなんだったのだろう。女性への思慕が実は大都会と文明への郷愁とひとつであり、それがまた、生理的な基礎をもつ「かおり」というものに表象化される。 ところが、日本でよく聞かれるのはむしろ、「香水」への嫌悪であるよう ...続きを見る |
2005/07/06 17:18 |
フライブルグのデザイナーズハウス
フライブルグの街に一泊して両二日かけて街の中を歩き回った。 お惣菜屋でおかずを買い込み、ホテルの部屋でいっぱいやりながら、再訪する街区を検討する。 街は山間の小都市という意味でも、歩いてほとんど用が足りるサイズという意味でも、そして、細かい手作業による小さなものが街のあちこちに並べられ、商われているという意味でも、飛騨の高山によく似ているように思われた。 特に目を惹いたのは、ユニークな意匠のネックレス、ブローチなどのアクセサリー類だ。 それも、高価な石をふんだんに使ったきらびや ...続きを見る |
2005/06/30 16:57 |
吉永小百合演じる志乃がかっこよすぎる
少し前に公開された映画 『北の零年』 を見た。 淡路島から北海道へ移封された人々が、明治初期になめた辛酸を描いた映画だった。 そういえば、会津から東北は南部地方へと領地替えをされ、移住していった人々の話も、以前に本で読んだことがある。 幕藩体制から「薩摩」「長州」が主導権を握る「明治」の時代へ。 幕藩体制という、いわば旧い官僚機構から、明治の時代の官僚機構への組み換え。 過去の社会的地位と財産の喪失、そして旧い行動規範や倫理観の崩壊。 以前に読んだ本に描かれていたのは、作物の育たない ...続きを見る |
2005/06/28 19:21 |
おとといは、久しぶりに日曜日らしく
6月の一大行事が終わった。 とにかく無事に終わったことを寿がねば。 仕事先へ戻る同居人を送りがてら、街中へ出る。 まずは本屋。 手元にある図書券でいつも買わない本を買う。 ダッダッと選んでみたら、ちょうど手持ちの図書券の金額と同じになった。 「今日は幸先がいいぞ」と気をよくして、先日、知人の個展の最終日に飛び込んだ画廊に立ち寄り、受け取るものを受け取る。 荷物が増えたぞ。 それから、さらに本屋をさまよい、最後は別の絵画展へ。 中学時代の同級生が出展している。 これもまた最終日 ...続きを見る |
2005/06/28 18:53 |
暑さにさからわず
とにかく暑い。 なんなんだこれは、 と思うときは、 かげんのよい温泉に入っている気分になろう。 日本は亜熱帯だ、 こんな季節に「バリバリ」仕事すること自体むちゃくちゃだ。 汗がでるに任せ、 いい湯だ、いい湯だと唱える。 といいながら、つい熱くなりすぎた会議が終わる。 ...続きを見る |
2005/06/28 18:38 |
学生生活のスタイル 6 ひとりのための食事の支度
ひとりのための食事のしたくは、たとえ料理をすることになれた人でも、やっかいなものだ。 材料が余る、少量炊いたごはんはおいしくない。なによりも張り合いがない。楽しみがない。 いきおい、カップラーメン、コンビにおにぎりで済ませることとなる。 あれこれ作る時間もたくさんの鍋もない。しかし、野菜も豆も、穀類もとりたい。 そんなときには手当たりしだい放り込んでスープをつくる。 豆の缶詰、ありあわせの野菜、そして、ご飯を炊く代わりにうどん、そうめん、そば、マカロニ、スパゲッティなどの麺類を、短く折 ...続きを見る |
2005/06/23 20:45 |
仕事のスタイル 14 内緒で一杯
ことさらに内緒にする必要はないのだけれど、一息いれて、一杯飲むことだってある。修道僧の食事を心がけているというわけでもない。 今年の外回り、後半は津から伊勢・二見まで、海岸、山間を回った。 津でとった宿は町の中心から少し外れていた。ある大手重工業企業が社員研修所として作った施設をホテルとして改装したものらしい。周辺は半農半漁の古い集落だったようだ。 こんなときぐらい歩かねばと朝夕、少し時間をとった。 歩いて15分くらいのところにコンビニエンスストアがあり、そこで、ヨーグルトを買ってかえっ ...続きを見る |
2005/06/23 19:59 |
仕事のスタイル 13 出張旅行中の食事
仕事で宿泊を伴う出張、ということになると、困るのは食事である。 外食で、適当なところを、見つけるのは難しい。 そして、なにかとバランスを崩しやすい。 国内であれ、国外であれ、近くに食料品店を探して買い込み、宿に持ち込んで一人で食事をするのが習慣となった。 「豆のかんづめ」「野菜の酢漬けの瓶詰め」「ヨーグルトまたはチーズ」「黒パン」「魚の酢漬けの瓶詰め」 およそ定番はこんなところだ。このごろはたいていのホテルではお湯くらいは沸かせるようになっている。これらに粉末のスープやその他の ...続きを見る |
2005/06/19 19:35 |
桑名という町
初めて、桑名で宿泊した。 あまりに近いために深く知る機会のない町というものもあるものだ。 はじめて仕事について、年下の同僚となった人が桑名から通っていた。 若い知り合いにやはり桑名の老舗のお嬢さんがいた。 桑名から養老山系の奥へ分け入った先の城主で、桑名の城をも治め、明治維新のころ尾張徳川家の城代家老をも勤めた家系のご老人に親しくしていただいたこともある。 ...続きを見る |
2005/06/17 18:05 |
伊勢路を走る
この季節、三重県一帯を仕事で走り回っている。 訪ねる先は小さな施設。 さまざまな道を小さな車で走る。 東名阪自動車道、伊勢自動車道、三重湾岸自動車道、3つの有料自動車道路 国道1号線、国道23号線、 さまざまな県道、 集落の中の曲がりくねった道、そして田畑の中の農業道路。 有料自動車道路は、人々の生活からフェンスとゲートによって隔絶され、一度入ったら目的地へと自動的に運び出されるまで自由が利かぬ。 国道23号線は愛知・三重の産業道路である。大型トラックがわ ...続きを見る |
2005/06/17 16:59 |
こんなものがあったら
仕事帰りにときどき立ち寄る量販衣料品店。 男物Sの長袖シャツを自分用に選んで、レジに向かうところで、浴衣セットと甚平が並べられているのを発見した。 甚平は「阿波しじら」風の紺、紺系の細い縦縞、それに久留米絣風。同じ生地のパッケージにきれいに納められている。 陳列棚の裏側に廻って女物の浴衣を調べると大き目の花柄ばかり。 女性向けに「ついたけ」阿波しじらふう、無地か細かい縞、細かい絣のゆかたがあったらよいのに。 甚平を試着してみたら、短い足に半ズボンと上着のバランスがいかにも悪い。 一夜 ...続きを見る |
2005/06/01 07:22 |
いいもの、みつけた
百貨店の雑貨売り場をぶらぶら歩いていて、偶然、小さな一夜漬けの容器を見つけた。 ガラスの小鉢に重いガラスの落し蓋がついている。 ああ、こんなのあるといいなと思っていたんだ。 さっそく、買ってかえり、きゅうりを乱切りにして、梅干をつけたときにとっておいた「梅酢」をふりかけて即席漬けにした。 ガラスの蓋がちょうどよい重石になって、一夜あけたら満足のできあがりだった。 こんなに思ったとおりのものが見つかるなんて。 ...続きを見る |
2005/06/01 06:24 |
100年前の闇
ソフィア・コッポラの「Lost in Translation」に映し出されたTokyoは、不夜の迷宮だった。 実際に東京では、12時を過ぎても電車は窓と言う窓を輝かせ、アルコールの残り香と、疲労と、酩酊とをのせて通り過ぎてゆく。 6年前、83歳の誕生日を目前にして亡くなった父は、子どものころ、ランプの手入れをするのが役割だったという。細いガラスのほやには子どもの手しか入らなかったからだと聞いた。その村に、電気がやってきて、ほそぼそとながら、外灯が、人々の辿る村の径を照らしはじめたのはい ...続きを見る |
2005/05/25 07:30 |
人生に片のつくことなんて、ありゃあしない?
心にかかっていた小さな仕事に一区切りつけて、物置の片づけをした。 昔のノート、ファイルの類。 少しずつ処分していかねばと、雑誌を縛って廃品回収に、出した。 捨てようとして、捨て切れなかった履きつぶしの靴も、ゴミ袋に入れた。 20年前、30年前、40年前の品々。 振り返ってみれば人生なんて単純なものだ。 ただ生まれて、死んでいく。 でもその単純さをさとるのに50年も、60年もかかるのだ。ときには100年もかかるのだ。 そんなことを思う。 また、しばらく、ものごとを「単純に」するた ...続きを見る |
2005/05/17 09:43 |
仕事のスタイル 7. デザイナーズ・ギルドについて
「「仕事のスタイル 6 一息入れる時」について」について 若いころすんでいたアパートから程よい散歩の距離に、小さなギャラリーがあった。対になった小さな二つの店舗の一方は企画個展、一方はセレクトショップのようになっていた。二つの店舗のそれぞれをご夫婦で分けて運営していた。セレクトショップの方は夫人の分担だった。一時は服飾中心のデザイナーとして縫い子さんもたくさん頼んで仕事をしていた方だった。ある大手広告会社の仕事を請けていたこともあると聞いた。 このころには、自分で気に入った品々を並べる趣味の ...続きを見る |
2005/05/12 18:39 |
乙武氏 「五体不満足」 のこと
「「蜘蛛の糸」を切るとき」について 乙武洋匡氏の『五体不満足』が刊行されたのは1998年秋だったらしい。 いまは閉じてしまった行きつけの本屋に平積みされているのに気づいて購入し、「これは」と思ってかかわりのある「統合保育」を実践している保育園の園長先生のところへ持ち込んだ。行動力のある園長先生は「すわっ」とばかりに、頭のかたい所轄のお役所に数冊購入して寄付してくださったらしい。 心のバリアフリーを広げたいというお気持ちからだったと思う。 この本の特徴は誰もが認めるとおり「無類の明るさ」に ...続きを見る |
2005/05/12 18:02 |
仕事のスタイル 6. 一息入れる時
取り組んでいる仕事がどうにもいきづまってしまって、一息入れてみないと前に進まないという場合がある。 そんなとき、かかりつけの歯医者さんの仕事ぶりをつい思い出す。 薬を入れて、効き目が出るのを待つ。 型をとるために安定するのを待つ。 一回1時間ほどとって、かなり長い作業をする。 その間に、「待つ」という時間がかなりある。 ほとんど一人でやっている開業医。 「待つ」間に、ことことと、道具を片付けたり、薬を調べたり、ちいさな片づけの作業をしている。 そうか、息抜き、気分転換に、タバコを ...続きを見る |
2005/05/09 21:42 |
オレンジとチョコレートのパン
時どき立ち寄るパン屋で、オレンジとショコラの小さなパンを買った。 なんとおいしかったこと。 そうだ、オレンジとチョコレートって、味の相性がよかったんだ。 オレンジピールにチョコレートを絡めたお菓子もあったな。 というわけで、今度は少し大きなオランジュ・エ・ショコラを買ってきた。 ついつい、食べ過ぎてしまいそう。 仕事がなかなか終着点にたどりつかないので、こんな寄り道を。 さて、もう一仕事。 ...続きを見る |
2005/05/09 19:49 |
学生生活のスタイル 3. 僕もない知恵を絞っている、君も・・・
子どもの頃に読んだ夏目漱石の伝記に第1高等学校で教えていた時代の、こんな逸話が載せられていた。 ある日、講義をしていると一番前の学生が片手を懐手にして座っている。漱石が「君、失礼じゃないか、腕はきちんと出して講義を受けたまえ」と注意する。と本人は困ったような顔、周囲の学生はにやにやしている。そのうちに周囲の友人が、「先生、彼は片腕がないんです」と弁明する。 困った漱石は、「僕もない知恵を絞って講義をしている。君もない腕くらい出して聞いてくれてもよいではないか」と応じたという。 たしかその本 ...続きを見る |
2005/05/07 07:56 |
学生生活のスタイル 2. 地面に座る
「今の若いのはやたら地面にはりついているんだよ」 などと取り交わされるようになって久しい。 「まあ、犬の糞が落ちてることも少なくなったしね」 とまぜっかえす私。 そういえば、当方がまだ学生の頃、ほんの数年年上の大学院生が 「僕らの頃は大学生といっても、着る服がなかったから、ほとんど皆、詰め襟のままだったよ」というのを聞いた記憶がある。 黒い学生服であれば、地面に座れば痕が残る。 すべてが気軽に、境界がないスタイルになったということか。 ...続きを見る |
2005/05/07 06:08 |
学生生活のスタイル 1. 新入生!
仕事のスタイルとて、何か確立したものがあるわけではない。 まして、学生生活のスタイルなど。 いつも迷走しているだけだ。 学生時代に撮った証明写真を並べてみると、とまどいと、迷いが表れているようで、ほろ苦い。 ...続きを見る |
2005/05/06 02:45 |
仕事のスタイル 4. 女が仕事に履く靴
須賀敦子の晩年の作に『ユルスナールの靴』という中篇がある。 子ども時代のカトリック系の学校でのシスターの靴、銀座で誂えていたという父の靴、そして、フランス語によって作品を発表した女性作家ユルスナールの子ども時代から成人期の靴。 もちろん、自分自身の靴についてのあれこれも。 『ユルスナールの靴』では、靴がその土地の文化,、人々の生き方と分かちがたくねじれあっていることがそれらのパーツをとおして編み上げられている。 ...続きを見る |
2005/05/05 18:06 |
仕事のスタイル 3. ON と OFF
最近、整体に通うようになった。 気づかぬうちに身体全体の血液やリンパ液の循環が悪くなっているらしい。 治療をうけて始めて身体の異常に気づく。 仕事でパソコンに向かう人には「肩こり」「腰痛」が多いですよ。 と先生。 たしかにしらずしらず、不自然な姿勢のまま、長時間ディスプレイの前に固まっている。 定期的に休憩をとること、身体を動かすこと。 心がけてもなかなかうまくいかないのだが。 ...続きを見る |
2005/05/05 13:34 |
仕事のスタイル 2. 人命第一ということ
先日の新聞に、福知山線の事故車両に乗り合わせ、ご自身も怪我をされた新聞記者の方の記事が掲載されていた。 事故の当事者として見聞された、初期救助に尽力してくれた周辺の会社などの人々についての報告だった。 仕事を返上し、駆けつけ、仕事に使っているさまざまな道具、トラックや機材、氷、水までもを投入し、救助にあたったと。震災の記憶が蘇ったといって。 読んでいて涙が出た。 急ぎの仕事もあったかもしれぬ、使用予定のあるシートや氷、商品としての水でもあったろう。 そのとき、何が一番大切かと言うことに ...続きを見る |
2005/05/05 12:34 |
桐野夏生の『魂萌え!』を読む
日曜日の新聞書評を見て、購入。 久しぶりに新刊小説を読んだ。 昨年の毎日新聞連載小説らしい。 「日残りて、昏るるにまだ遠し」という人生の昼下がり、伴侶を亡くした人々の物語。 日常生活の中に埋め込まれて、気づかない問題。見ようとしなかった世界。 それが伴侶の喪失を契機に、姿を現す。 「・・・・初めて知って、動揺したわ。でも、心の中ではパズルが合ったような爽快な気持ちもあった・・・・」 ...続きを見る |
2005/05/05 12:27 |
仕事のスタイル 1. 女が仕事に着る服
初めて月給をもらう仕事についたのは20代半ばだった。 仕事につくということが何を意味しているのか、今思えば何もわかってはいなかった。いや、当時の自分自身、学生気分の抜けないまま、不安で一杯だったのだが。 しかし、もう学生でいてはいけないという思いだけがあった。 ならばどうすれば良いのか何一つ見通しのないまま。 ...続きを見る |
2005/05/03 19:54 |
線、形、そして色に驚く
はじめてフランスに行ったとき、パリ東駅から乗った列車の椅子の曲線の美しさに驚愕した。 当時、日本の列車の椅子はほとんど2枚の板に過ぎなかった。 そして、町をゆく車の形の美しさにまた驚いた。 当時、日本の車はほとんど大きさの違う直方体を積み重ねただけのものだった。 形や線は、一朝一夕に出来るものではないのかもしれぬと感じた。 色彩で驚いたのは木々の色合いの違いだった。青みのつよい緑の少し退色したような。 太陽光線の違いか、湿度の違いか、空間を満たしている色が全体として少し色相をずらした ...続きを見る |
2005/04/29 23:33 |
呼気と吸気の感覚
「本当にたいへんだと思ったら、息をゆっくり吐いていくことだ」 とおい昔に教えてくれたのは、中原中也ではなかったろうか。 今考えてみれば、あの「ちうや」もどこかでは、過呼吸を経験したことがあったかもしれぬ。 はじめて、その場面に遭遇したときはさすがに動揺した。 知らせを受けて駆けつけてくれた看護婦さんのその若い人への対応を見ていてなるほどと思い出したのだ。 吸うのではなく、吐くことだと、「ちうや」が言っていたのを。 吸うことで構成された現代社会を憂えていたことを。 あの幼い日から、私 ...続きを見る |
2005/04/27 20:35 |
なぜか物悲しい気持ちで目が覚める
春の明るい朝 夢を見ていたような気がする ...続きを見る |
2005/04/26 21:41 |
ストラスブールのトラム(市電)
10年ほど前、フランスの東北の一角を占めるアルザス地方ストラスブール市に市電が走り始めた。 モータリゼーションへの抑制効果をねらった、排気ガスのない、安全に歩ける市内を希求する動きとして「市電」の復活が注目されだした時期であった。ちょうどこのころ、ここより南、ドイツのフライブルグの交通システムがひとつのモデルとして日本にも紹介されていた。内橋克人氏のレポートを新聞で読んで、列車を乗り継いでドイツの黒い森の南端につながる美しい町を見に行ったことがある。 ストラスブールのトラムの ...続きを見る |
2005/04/22 13:40 |
「蜘蛛の糸」を切るとき
伴侶の妹が子どもたちを保育園に通わせていたころ、この孫たちの運動会の様子を見に出かけた義母が、不機嫌な顔で戻ってきた。同じクラスにいた障害を抱えた子どもたちのことをさして、「あんな子どもたちとうちの孫が一緒に生活するなんて」と子どもたちの母親、すなわち自分の娘、そして息子とその伴侶を前にして感情を吐き出した。 娘はあわててその火を消そうとしたが収まらなかった。 娘は障害児の保育を教育の課程で修め、いわゆる統合保育の実践者でもあった。息子の伴侶は幼少のころから、「しいのみ学園」の記 ...続きを見る |
2005/04/19 11:54 |
統計でみる世界 自殺発生頻度
自殺や、心中のニュースがもたらされない日はない。 いったいどれくらいなのだろう。 OECDの統計を教えてくれた人がいる。 世界各国の統計データがある。 わかったこと。 1.年単位で見て人口10万人あたり、14人ぐらいは、自殺者がある。ということは、100万人の都市であれば140人ぐらいは1年の間に自殺していることになる。200万人の都市ならば280人。 2.高齢者においては若年層におけるより圧倒的に自殺が多い。 3.女性よりも男性の方に圧倒的に自殺が多い。 4.現在日本は自殺者割 ...続きを見る |
2005/04/19 11:45 |
トーマス・マン 「トニオ・クレーゲル」 トニオが象徴するもの
トーマス・マンはなぜか近寄りがたい存在であった。北杜夫の「楡家の人々」やその成立の経緯を書いた彼の自伝的小説をとおして、マンのことは知った。手近にあったのは、「老い」をテーマにした小編を編んだ作品集だった。「楡家の人々」は徹夜同然で読み通してしまったのに、「ブッデンブローク家」や「魔の山」には手がでなかった。そもそも、当時、翻訳の言葉に神経質になっていて、外国文学を読むのが辛かったという事情もあった。中学生の頃までは無邪気に読み飛ばしていたのに。 いずれにせよ、10代の終わりのこ ...続きを見る |
2005/04/14 22:28 |
ロケットと言う名の葉菜
フランスからひとりやってきた友人にデパートの地下食品売り場で求めた洋菜をサラダにして出した。名前は、よく確かめもしなかった。 彼女は「まあ、ロケットだわ」と感激の態。日本で出会うとは思ってもみなかったのだろう。 以来、少し苦い小さな青い葉ロケットは特別なサラダ材料となった。 フランスでは小さく摘み取った葉だけを山のように積み上げて商っている。 100グラム、200グラムと目方で買う。 日本で買い求めるものよりも少し苦味が強いようだ。 ロケットの葉に、ゆでて砕いたカリフラワーをサワーク ...続きを見る |
2005/04/07 23:01 |
「授業」の記憶 12 自然の理(ことわり)に支えられた・・・
中学に入って最初の学年担任は20代終わりの理科の先生だった。 大学では生物学を修めた方で、生物の解剖、物理の実験、すべてが専門的で、本格的な観察をさせ、それに基づく練り上げられたレポートを要求した。 あるとき、本当は研究者になりたかったが、兄弟が多く、父親に懇願されて大学院への進学を断念したという話を聞いた。父君も学究的な方であったのだろう、その地方の古い遺跡をいわばボランティアで発掘し、古い土器の復元などを試みていた方だった。 先生ご自身、授業でも、ホームルームでも生徒を子ども扱 ...続きを見る |
2005/04/06 12:26 |
「捨て目」という知恵
そのときは何の役に立つかも分からずに見ておく、それがあるときとんでもなく大きな意味を持ってくる。 こんなことに対応した「捨て目」という言葉があるのだという。 「わたし、いいこと聞いちゃった!」と、友人が教えてくれた。 考えてみれば私の人生にはこんなことがよくあった。 思いがけずも、随分良い思いをしてきたのかもしれない。 急に「どう?」と言われても何も出てこない。 一つ一つの経験は、ただ「面白いから」、「こころに響いたから」、胸の底のどこかに残っている。自分自身と分けがた ...続きを見る |
2005/04/05 11:18 |
はるののにいでてわかなつむ・・・
子どものころ、この季節になると決まって「つくし」と「よもぎ」をとりに出かけた。 ときには家族で、ときには一人で。 つくしは、見つけ出すのが難しい。 地味な、自己主張しない生き物。 それが、慣れてくると面白いように目に飛び込んでくる。 よもぎはよく似た毒性のある植物があると母に教えられた。 その見分け方は白いうぶげとよもぎ特有の香り。 まだ枯野の中にうずくまって、暖かい陽光に身をさらしながら、 地味なつくしとよもぎの香りだけを求めていた。 家に帰ると、つくしの「はかま」をとり、 ...続きを見る |
2005/04/01 15:53 |
エイプリル・フール
子どものころ、エイプリル・フールのニュースをよく聞いた。 気の利いた「おかしなはなし」 ユーモアのある「ほら」 ニヤリとしたり、 クスリとしたり、 おなかを抱えて笑ったり、 できるといいな。 ...続きを見る |
2005/04/01 11:26 |
努力が実らない不幸:回転扉の改造と事故をめぐる特集番組
日曜日の夜、テレビの特集番組を見るともなくみていた。 ...続きを見る |
2005/03/29 19:10 |
飛行機雲のこる春空の下
「めちゃくちゃ良い天気なのに...」について この連休の初日(どなたかに恨まれそうですが)、東名阪自動車道と伊勢自動車道を飛ばして津まで、そして、帰りは湾岸自動車道。 伊吹山、そして、鈴鹿・養老山系と縦横にのこる飛行機雲が美しかった。 津ではちょっとした仕事がらみの所用。でかける直前まで迷っていたのだが、東名阪自動車道に入ってすぐに「よかったあ」とすでに行楽気分。どなたかのようにツーリングといえないところが残念。 向こうで聞いたら道路は湾岸自動車道より東名阪経由のほうがよいとのことだった ...続きを見る |
2005/03/19 20:06 |
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