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zoom RSS テーマ「人間関係」のブログ記事

みんなの「人間関係」ブログ

タイトル 日 時
「君子は和して同ぜず」
 既に半世紀も昔のことである。  高等学校の教室で、日直当番の回覧ノートのようなものがあった。  生意気盛りがあれこれと批判めいたことを書いた(のだろう)。詳細は忘れてしまった。  ノートが一巡して帰ってくると、署名入りで「君子和而不同,小人同而不和」とある。書いた当人は貴公子のような端正な顔立ちに物静かな一人。会話を交わしたことはなかった。小人めと名指しで批判されたようなものだった。  その後も論語子と直接話すことは無く、何年も経った後、同窓会名簿の同級生の欄に、姓の変わった本人の名前... ...続きを見る

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2017/07/22 07:30
母の毒
母は娘の、そして息子の存在自体を無条件に肯定してくれるものとして期待される。 しかし、それが嵩じて、娘や息子に起きた出来事を、たとえば、その克服しがたい不幸を周囲の誰彼に過剰な責任を負わせることで整理し、そのことによって娘や息子を護るよう振る舞うとすると問題はもつれる。 作品を応募したのに結果が届かない。おろおろする息子に、郵便配達が郵便物をすててしまったのだと心理がたいことをいう。長い間つきあって来て結婚するつもりであった相手が、突然ほかの人のパートナーになってしまった。先生が、上司が、監... ...続きを見る

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2017/05/16 21:56
晩ご飯美味しく食べてね
帰路を急ぐ。 背後から子どもの声がする。 振り返ると小さな男の子が手を伸ばして母親にだっこをせがんでいる。 もう少しで入り口、そこまでがゆるい上り坂。 ...続きを見る

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2016/10/31 17:22
思い違い
中学校から高等学校へ進学する時、 勉強に追い立てられるのはごめんこうむりたい、 ゆったりと読みたい本を読み、勉強したいことをしていきたい。 一番の進学校と言われたところは避けて通った。 親しい友人たちのほとんどはそちらにいったのに。 高校生になってみると、もくろみははずれていた。 その一番の進学校にいった友人たちは試験は前期2回、後期2回だけ。 あとはやりたいように暮らしているさとのどかなこと。 余裕にあふれていたはずの学校では毎月のように試験が押し寄せ、有名大学のあれこれへの合... ...続きを見る

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2016/10/01 22:41
誤解
毎年この季節に開かれる会があり、事情があって1時間ほど遅れて出席した。 型通りのことはあらかた終わっているらしく、広い部屋のあちこちにクラスターが出来ている。 烏龍茶を注いでもらって、では改めて乾杯と、遅刻のわびをしたところで、常連の一人が去年、失礼なことを言ってしまって・・・と突進してくる。何のことであったか、すっかり忘れている何かがあったらしい。 仕事のこと、病気のこと、あれやこれやの話を、あちらの島、こちらの島でやり取りするうち、いつもは参次会まで熱いその一人がいつの間にか消えている... ...続きを見る

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2015/05/24 22:59
旧友再会
大きな会合があり、人の渦の中で様々な人に会う。 学生時代以来の友人、職場で同僚であった人、仕事上の役割が重なった人・・・ 話題はお互いの、あるいは共通の友人・知人の消息、老後の仕事のこと、そして、仕事上の役割に関わる出来事のあれこれ。 渡り歩いた職場の人間関係を比較する。 職場空間の違いによるのか、それとも時間の経過に伴うものか。 夜、あるいは休日、互いの家を訪ね合うようなことが確かに30年前にはあり、20年前にもあった。 いまは、いくつもの義務をはたし、生活のあれこれをまかなうため... ...続きを見る

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2015/05/10 02:02
突然母が帰ってきて
長い間、ピアニストとして世界を飛び回り、子どもも夫も顧みなかった母が戻ってくる。 不在を埋め尽くすかのように子どもにすべてを注ぎ込む。 歯科矯正、ピアノやダンスのレッスン。 ...続きを見る

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2015/04/22 22:07
力足りず
以前に、フレンド登録をお願いしていたAnamneさんのブログに一年前の一文を見いだした。 ...続きを見る

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2015/04/22 21:29
「「蜘蛛の糸」を切るとき」について
「「蜘蛛の糸」を切るとき」について  2014年夏に河出書房新社から刊行された 須賀敦子ふたたび に尾崎真理子が 貧しさへと向かっていく須賀敦子の姿を描いている。スコラ哲学者 松本正夫および彼を囲む人々との交流を対応させながら。 ...続きを見る

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2014/10/27 05:37
対象との距離 ある評伝
 紹介するブログ記事があり、深代惇郎の評伝を手にした。1970年代半ば朝日新聞のコラム、天声人語を執筆していた人物である。その本が久しぶりに立ち寄った本屋に積まれていて、ブログ記事にあったように、著者がその人物のことを調べた経緯も表されていた。  それが昨日。いくつか持ち帰った本の中では、すぐに開く気にならず、丸一日過ぎてからようやくページをめくってみた。  評伝というのはむつかしいものだと、文章に少なからぬ不満を感じつつ、そう言い訳した。読み進むうちに、続ける意欲を失った。著者はだれであろ... ...続きを見る

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2014/10/26 14:51
女が立ち入る先 あるいは マーガレット・ミードの見た世界
 マーガレット・ミードがサモアに入っていったとき、その行為は植民地支配に伴う宣教師・軍人の後ろ盾に守られていた。サモアにはサモアの男女の秩序があり、例えば村の重要事項を決める話し合いの席に女が立ち入る隙はなかった。女であっても踏み込むことができる領域があったとすれば、北の世界の男の秩序を彼女が利用したからである。  フリーマンがミードの誤謬を指摘したとき、彼は南の男の秩序の中にいた。植民地支配の時代の南北の秩序を逆転させるのと同時に近代化に伴う男女の秩序転換の動きも逆行させたとも見える。  ... ...続きを見る

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2014/05/22 06:12
ごちそうさん あるいは 失われた食卓
もう40年ほども昔のことであろうか。 そのころすでに60代、長くパリに暮らし日本に残した家族と離別し、生活の根拠を失った人がいた。 ようやく、時折帰国し、東京で短い仕事をこなし、またパリへと戻る生活を得た。 日本から1年ほど出かけパリで親しくなったある人が、その日本滞在の機会をとらえては自宅に招いた。 これは夫人から聞いた話である。 楽しい会食が夜更けにおよび、しかし翌朝には滞在先のホテルから必ずお礼の電話があったという。 それは、最初の招待の日、待ち合わせの場所が喰い違い、とっぷり... ...続きを見る

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2014/02/25 12:04
飛び立つワ・タ・シ
飛ぶのよ、飛ぶのよ、ワ・タ・シ 見ててね ほらそこのひと どんなもんです ...続きを見る

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2013/12/15 07:20
勝つか負けるか 人間関係のスタイル
勝ちたいと思う 勝ったと思う 自分の「手」と相手の「手」を比べてみる 相手がゲームに参加さえしていなかったことを知る あるいは理解できない異なるゲームを設定していたことを知る ...続きを見る

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2013/08/29 04:08
愛しさあまりて
好き、愛しい、かわいい、一緒にいたい・・・・ 憧れ、自分のものにしたい・・・ ここにはどのような関係の仕組みが組み込まれるだろう。 ...続きを見る

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2012/11/20 23:58
曖昧な笑い
週末の夕方、ある集まりで欧州に滞在して仕事をしている若い人に会った。 もうそろそろ帰国したい。少し疲れた。 何に疲れますかと問うと、冗談についていかれない。 わからず、でもわからない顔もできずに、遅れて合わせる。 多分、曖昧な笑いを浮かべて。 同じようなことを韓国からフランスに来ていた若い女性が言っていた。 日本人は皆、同じような表情をするねと。 欧州の人々に従属しようという心の弱さゆえか。 ...続きを見る

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2012/11/13 20:09
「リア王の迂闊」について
「リア王の迂闊」について 松岡和子 深読みシェイクスピア 新潮新書 通勤途中の書店にて求む。 第3章はリア王 知ることがテーマとなっているとある。 使用語彙からみても、明らかにリア王では突出していると。 シェイクスピア・コンコーダンス、参照の必要有。 ...続きを見る

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2012/10/19 13:05
a digital world
若い人と話している。 ...続きを見る

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2012/10/04 09:14
高く売りたい自分と売り渡したくない自分
『赤毛同盟』と愚鈍の生成について は内田樹さんの最新のブログ記事である。 ...続きを見る

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2012/03/26 19:22
カーネーション・カーネーション
三姉妹、壮絶なけんかが展開される。 テレビドラマの話である。 姉と妹。 親に買い与えられた持ち物をめぐり、親の愛をはかる。 嫉妬心。 岸和田商店街の開けっぴろげで荒っぽい気風の中。 身近な諍いの中で、自分と人との関係を刻み込んでいく。 嫉妬を乗り越えた自分のあり方を。 谷崎は関西の地で姉妹をどのように描いたのであったか。 ...続きを見る

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2012/02/12 09:50
気分は落ち目
何をやってもうまくいかない。 ひとさまには不興を買うようなことばかりしている。 いや、ひとさまのうまくいかないことが全部こちらの責任のように感じられてくる。 周囲のひとのウツがウツる。 周囲のひとのマジメさがウツる。 ...続きを見る

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2012/01/12 07:44
映画「ノルウェイの森」を観る
一回り遅れて上映する映画館で、「ノルウェイの森」を観た。 村上春樹の原作を、読んだことはない。 「海辺のカフカ」の文庫版を車中での時間つぶしに購入したことがある。 退屈して途中で放り出した。 映画はさすがに中途退出はできなかった。 しばらく思案して、これは「粗末な部屋で誘われて」という含意をもったタイトルなのだと了解した。誘われたこと、そして貧しい部屋まで出かけたことを語る。 その語り口にはヴァニティがある。中原中也がその日記のなかでたびたび咎めるように。 辺境への旅を語る、冒険家... ...続きを見る

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2011/09/10 15:41
仕事のスタイル 33 ゆるゆると過ぎ行く日々 
家電品を買い換えた。 15年使った。 25年使った。 なだめなだめ使ってきたが、替えて見て不都合であったことに気づく。 ...続きを見る

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2011/06/08 18:00
春の風にのって
にわかには現実と認めがたいことがおきる。 津波にさらわれた北日本東岸一帯。 そしてこの先どれだけの事態に発展するとも限定しがたい原子力発電所の制御不能性。 「天罰が下った」というある知事の発言が人々の顰蹙をかった。 命を落とした人々、家財を失った人々、核の恐怖におびえる人々のひとりひとりがどのような悪いことをしたのか、そして生き残った人々、ビルの上に乗って旗をひらめかす漁船をみておもしろがる若い人、避難した人々の留守宅から家財を掠め取っていく人々がいかなる善をなしとげたかという議論は、も... ...続きを見る

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2011/04/01 02:22
金平糖のイガイガが溶けていくとき
田淵久美子と大竹しのぶのドキュメンタリー番組をたまたま続けてみた。 篤姫のシナリオを書いた人、そしてとがった演技をする役者。 ...続きを見る

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2010/05/07 11:59
台所読書室 または Standing at the edge of something
書棚を入れた。 昨年の夏、姪から以前仕事場に使っていたアパートの明け渡し要請を受けた際、とりあえず、ダンボールの箱に詰め込み、雑木林の家に運び込んだまま、必要に応じて開け、積み上げ、そこここの床や机の上に無政府状態のまま広がっていた、仕事の周辺に位置する書籍のあれこれ。 この住居には書棚を置く場所はない。本に埋まって窒息する夢をみる。寝室には置きたくない。姪の母は、「本望でしょ」というが。かといって居間にはしかるべき壁がない。結局台所の隅に2重、3重の書架を入れることにした。どうせ、大して料... ...続きを見る

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2009/11/21 07:54
よい週末を
Bon soiree! Bon week-end! ...続きを見る

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2009/06/28 19:43
学生生活のスタイル  黒い就活
日曜日、都心へ向かう急行列車に乗った。 座席は埋まっており、ぱらぱらと立っている客がいた。 ドア近くに黒づくめの若い人が立っている。 黒いスーツ、黒いパンプス、黒い書類かばん。 まだ幼さの残るぷっくりとした頬がほんのり桜色である。 ドアと座席の間の小さな空間にもたれかかり、うつらうつらと倒れそうである。 よほど疲れているのか。 そっと手をあて、「ドアが開くからはさまれるといけない・・・」と声をかける。 幼い顔を覗いて、「これから仕事ですか」と問うとうなづく。 仕事についたばかり... ...続きを見る

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2009/05/10 20:54
四月のジョーカー
目覚めてみればパソコンを通してお手紙が 「ワタシヤメマス」 なんと子どもじみた・・・ と呟いてみる 仕事をなんと心得る 何人の人間を相手にしている キミのためにどれだけの人が動いている ...続きを見る

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2009/04/01 08:21
リア王の迂闊
自分には無い。 他人さまには有る。 不当だと思う。 たとえば力。 たとえば財産。 その不当な関係を修正する。 そのためのあれこれの謀は正当なものだ。 こころの奥底で、そのように考える人は多分少なからず居る。 ...続きを見る

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2008/06/03 19:31
「わたしはそんなことはしない」
 親が子どもを痛めつける、ときには死へと導く。  その親自身が子ども時代に虐待を受けていた。  このような虐待の世代間伝達、虐待連鎖に関する根強い信仰がある。  この議論に執拗にこだわる人に、その正しさを確かめることの困難、その論への懐疑を提示すると、ほとんど泣かんばかりに抗う。そんな場面をいくつも見てきた。  私は初め、あまりの反応の激しさに、その人が、自身、苛酷な経験を抱えているのだろうかと訝った。  しかし、慎重に時間をかけて観察しても、そのような懼れは形になってくることはない。... ...続きを見る

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2008/02/18 10:06
冬の肩こり
「西の月を見て発ち、東の月を見て着く」について 肩に力が入っている。 目の前しか見えなくなっている。 呼吸。 姿勢。 自分のことも、目の前の人のことも、 距離を自在に変えてみることができなければならない。 一所懸命も 完全燃焼も ひっくり返してみることだ。 そんなことをだれかにいわれたことがあったろうか。 よく憶えてはいない。 ひとをどうこうしようと思ってはいけない。 ひとをああだこうだと思ってもいけない。 寂しさに耐えなければならない。 なにものでもないという。 ... ...続きを見る

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2005/12/17 23:24
仕事のスタイル 20 数学者
 数学を生業とする人々がいるということを知ったのはいったいいつのことであろう。  最初に強烈な印象を持ったのは、19世紀後半の女性数学者ソーニャ・コヴァレフスカヤの伝記を読んだときである。  正確には同定できないが、おそらく小学校5年か6年のときであったと思う。  今調べてみると、野上弥生子の訳で自伝が1933年に、ワロンツォーワと言う人による伝記が三橋重男氏の訳で1975年に出ている。私が読んだのは自伝の方であろう。  一読して数学者とはとんでもない不幸を抱え込む存在だという強い印象を... ...続きを見る

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2005/10/27 04:54
自分自身の頭の上の蝿を追え (人間関係のスタイル 4)
 まだ、ほんの駆け出しの頃だ。  どういういきがかりであったか、ひとの世話を焼いたことがあった。  そのことは、当然ながらよい結果を招かず、長く尾をひいた。  自分の力でことを進めたわけではなかった。  あるいは、自分自身の存在さえ、周囲のあれこれに依存していたうえでの暴挙であった。  結局、後始末ひとつ、自分ひとりの力ではできなかった。  そして、十分な学習効果はなく、幾度か同じような失敗をしでかした。  「おめでたかった」のか、それとも「あまったれていた」のか。  おそらくは... ...続きを見る

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2005/10/23 21:59
宿敵 (人間関係のスタイル 3)
「いやだ」とか「しゃくにさわる」、あるいは、「なんというやつだ」 などと出会うたびに立腹し、苦虫噛み潰し、いらいらする。 そのくせ、なかなかに逃れられない。 ときにそういう組み合わせと言うものがあるものだ。 にもかかわらず、その相手が姿を消してしまうと、自分自身が生きているということの理由のひとつを失ってしまったように感じる。 水戸黄門と悪代官。 失礼ながら、悪代官あっての水戸黄門なのであり、「この紋所」なのである。 いや、これは、例が悪いかもしれない。 ...続きを見る

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2005/10/18 04:53
資料のやりとり
仕事先を卒業していった若い人に頼みたいことがあって、Emailで連絡をとっていた。 どうやら就職一年目で超多忙の生活らしい。 所用の中核部分はフロッピィに入っているファイルの受け渡し。 いつもの連絡は携帯電話を使っているらしい。 かつては、重いファイルのやりとりには母親のパソコンを借りていたようだった。 むこうの自宅はこちらから40キロくらいのところ。 近くまでパソコンを持っていくからと書いて送信したら、帰宅後に電話がかかってきた。 添付ファイルのやりかたがわからない、いま、パソコ... ...続きを見る

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2005/10/08 05:17
勝つか、負けるか(人間関係のスタイル 2)
「こんな季節の夜がすき」について ...続きを見る

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2005/09/25 10:45
十六夜の月
十五夜の次は十六夜。 いさよううちにお出ましになる・・・はずが、雲にかくれて、あ、あのあたりとあてっこ。 もう雲のむこうにはでているようなのです。 当地は東の方地平線近くはくもり。 ...続きを見る

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2005/09/19 19:22
少し遅れ気味の11ヶ月記念
このブログ、始めたのが2004年10月1日でしたから、もう1ヶ月足らずで1周年です。 ...続きを見る

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2005/09/05 02:25
嵐の7日間
旅行を間に挟んで6泊7日。中学生、高校生、父親と母親のご一行様は今朝、東京へ発った。 明日は、フランスへ帰国。 上の子どもはこの9月からグランゼコールを目指す準備校に通うために親元を離れる。 バカロレアを終えたこの時期が、家族旅行の最後の機会かもしれない。 子どもたちには13歳は13歳なりに、17歳は17歳なりにそれぞれの自己主張があり、そのたびに、家族4人の間で激しい議論が行き交う。 無用に昆虫をいじめる息子を母親がとっちめ、その息子との間に延々と議論が続く。 子どもの主張に対して... ...続きを見る

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2005/08/07 14:45
人間関係のスタイル 1 気遣い
 2週間前、思いがけない集まりがあって、小学校の3年生と6年生(多分)の兄弟と短い時間を過ごした。大人たちの間に入って、3年生の少年はお笑いをしたり、絵を描いたり、天真爛漫だった。  兄のほうは、しかし、ほとんど声をきかなかった。寡黙で、しかし、弟をはらはらしながら見、母親に気を遣い、忙しく心をうごかしている様がありありとしていた。  子どものころ姉が同じように気を遣っていたのが思い出される。親戚の家にいっても、近所の家に遊びに行っても、周囲の人々の顔色の変化を読み取り、妹の袖を引いてたしな... ...続きを見る

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2005/08/01 18:08
一家4人が泊まる
明日、知人の一家がやってくる。 日ごろ、住める状態になっていない我が家を、とにかく4人宿泊可能にするのは一苦労である。 先方は、遠慮したのか、恐れをなしたのか、ホテルをとるとがんばったが、当地はいま大きな催しのために人であふれて予約もままならない。 夏だからたいしたことではないが、とにかく、寝具を4人分確認して、洗濯、補充。 問題は掃除である。 まず、明け渡すべく、自分の部屋を片付ける。 あとひといきである。 次に台所の奥を片付け、冷蔵庫と食卓の位置を交換。 ふう。 次ぎにアイ... ...続きを見る

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2005/07/31 22:00
授業の記憶 17 夏の学校
 戦前の高等教育は高等学校における語学教育および一般教育、そして大学における専門教育に分かれていた。戦後30年ほどの間、古いタイプの大学に存在した教養部は、この名残であったろう。  この教養部のころ、専門教育の学部のスタッフが参加して、「夏の学校」というものを開いてくれた。  単位にかかわらない、いわゆる課外授業であったが、博士課程の大学院生まで総動員して、専門研究の片鱗を伝えてくれ、少人数の英文の専門書の読書会などまで組まれていた。  あるグループワークのとき、大学院生の女の人が、ポツリ... ...続きを見る

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2005/07/28 19:08
「木陰」ってどんなやつだ
 父が亡くなってもう6年になる。先日、その法要のあと、皆で食事をした。  京懐石の小さな店である。  蓮の葉で包んだ鮑にじゅんさい入り葛あんまわしの一皿にはじまり、まるで、河原で料理をしたような熊笹にのせられた焼き鮎を含んだ、繊細かつ豪快な料理に時を忘れた。  店主夫妻と四方山話をして別れた。  帰途、姪は「どうやってこのお店をみつけたの?」  「コーヒーショップで同席して・・・」と事情を話すと姪はあきれている。  「そんな、居酒屋でとなりのオジさんと親しくなるような・・・」  お... ...続きを見る

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2005/07/16 07:21
仕事のスタイル 15 トラブルに対処する
美術館に面したしゃれた「おしるこや」で、子どもが粗相をして器を壊した。 破片と水が飛び散った。 ...続きを見る

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2005/07/03 03:34
若い二人連れが愛らしい
1週間ほど前から踏み台か手ごろな脚立を探している。 ホームセンターや東急ハンズ、方々みて回ったがなかなか決められない。 今日も、仕事の途中でホームセンターの一角を探していた。 そこへやってきた若い二人連れ。やはり踏み台のようなものを探しているらしい。 小さな2段の踏み台に、女の子が乗って、 「これどうかな」 上に並べてある少し大きい3段の踏み台を 「こちらと比べてどうだろう」 と男の子。 踏み台に乗ったまま女の子が 「よしよし」と背の高い男の子の頭をなでている。 おもわず、... ...続きを見る

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2005/06/02 21:49
二人の姉を持つプリンス
 所用で街中に出たときのことである。  年配の女の人が2−3人で、こもごも話しているのが聞こえてきた。  「女の子のあとの男の子は育てるのが難しい・・・」  「男の子ばかりの方がまだ楽だ・・・」  どうやら、男の子を育て上げる難しさが話題になっているらしい。  昔は、一番目が女の子、二番目が男の子というのが理想だといわれていたらしいのだが。 ...続きを見る

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2005/05/31 14:59
もう一人の芥川龍之介
中学生・高校生の時期には、芥川龍之介の作品を随分読んだと思う。 そして、彼の作品についての同時代や時代が下ってからの評論も、読んだと思う。 すこおし、闇の世界を覗くような、しかし、それは、御伽噺の世界に納まってしまっているような、不思議な感覚があり、そのうちに読まなくなった。 昨晩、近くの書店で購入した関口安義氏の『芥川龍之介』(ラジオ講座のテキストである)を読み、実は芥川龍之介のことは、何も分かっていなかったのではないかと思った。 「養家」のこと、「家」のこと、「恋愛」のこと、「結婚」... ...続きを見る

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2005/05/17 15:17
仕事のスタイル 8 アルコールの付き合い
アルコールを分解する酵素に2種類あると聞く。 即効的な酵素の多い人は、当座分解されるので赤くならない。 遅効性の酵素の多い人は、二日酔いにならない。 父はすぐ酔い赤くなった。母も家でアルコールを口にすると、動けなくなった。 しかし、父の父、祖父は斗酒なお辞さずの豪傑だったらしい。 アルコールを口にする機会は大学生活の終わりくらいからあった。 緊張していたせいもあるかもしれない。前に置かれるとつい飲んでしまうのだが、一向に酔わず、赤くもならなかった。 仕事に就いたとき、所属部局の長は... ...続きを見る

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2005/05/15 18:36
乙武氏 「五体不満足」 のこと
「「蜘蛛の糸」を切るとき」について 乙武洋匡氏の『五体不満足』が刊行されたのは1998年秋だったらしい。 いまは閉じてしまった行きつけの本屋に平積みされているのに気づいて購入し、「これは」と思ってかかわりのある「統合保育」を実践している保育園の園長先生のところへ持ち込んだ。行動力のある園長先生は「すわっ」とばかりに、頭のかたい所轄のお役所に数冊購入して寄付してくださったらしい。 心のバリアフリーを広げたいというお気持ちからだったと思う。 この本の特徴は誰もが認めるとおり「無類の明るさ」に... ...続きを見る

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2005/05/12 18:02
桐野夏生の『魂萌え!』を読む
日曜日の新聞書評を見て、購入。 久しぶりに新刊小説を読んだ。 昨年の毎日新聞連載小説らしい。 「日残りて、昏るるにまだ遠し」という人生の昼下がり、伴侶を亡くした人々の物語。 日常生活の中に埋め込まれて、気づかない問題。見ようとしなかった世界。 それが伴侶の喪失を契機に、姿を現す。 「・・・・初めて知って、動揺したわ。でも、心の中ではパズルが合ったような爽快な気持ちもあった・・・・」 ...続きを見る

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2005/05/05 12:27
YOSUI TRIBUTE を聴いて6ヶ月
  高橋悠治とリパッティの弾くバッハさえあればよいと思っていた季節もあった。しかし、今は新しい音楽も聴いて、時代の風を感じていたい。   井上陽水の曲を14人の歌い手(またはグループ)がカバーしたCDが発売されてすでに半年近くたつ。いくつかの幸福な偶然が重なって、それを知って手にすることができた。気分の赴くまま書いたいくつかの文章をブログにアップした。それらにいまだにアクセスがある。 ...続きを見る

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2005/04/21 18:34
「ぼくは2番だ」 本当の強さとは何か
  遠い昔のことだ。   クラブの定期刊行物に卒業生が寄稿したエッセイに忘れられない文章があった。   将棋の手合わせを皆でする。ぐるりと見回して、「ぼくはこの中で2番だな」と言えるひとが本当の強さを備えた人だ。そんな趣旨のものだった。   まだ、日本が経済成長と国際競争力の増強を目指して、「右肩上がり」の進歩を遂げようとしていた1966年のことだ。   20年以上もたって、テレビで、日本は世界一豊かな国だと喧伝されるようになった。にぎやかなバラエティー番組で、「東京だけの土地代で世界中... ...続きを見る

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2005/04/20 09:56
「蜘蛛の糸」を切るとき
  伴侶の妹が子どもたちを保育園に通わせていたころ、この孫たちの運動会の様子を見に出かけた義母が、不機嫌な顔で戻ってきた。同じクラスにいた障害を抱えた子どもたちのことをさして、「あんな子どもたちとうちの孫が一緒に生活するなんて」と子どもたちの母親、すなわち自分の娘、そして息子とその伴侶を前にして感情を吐き出した。   娘はあわててその火を消そうとしたが収まらなかった。   娘は障害児の保育を教育の課程で修め、いわゆる統合保育の実践者でもあった。息子の伴侶は幼少のころから、「しいのみ学園」の記... ...続きを見る

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2005/04/19 11:54
その旧い友人の死を知らされてからさえ、既に長い月日がたった
最後に会ったのはその年さえ定かではない昔のこと。 井の頭線の車中だった。 ...続きを見る

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2005/04/05 10:50
エイプリル・フール
子どものころ、エイプリル・フールのニュースをよく聞いた。 気の利いた「おかしなはなし」 ユーモアのある「ほら」 ニヤリとしたり、 クスリとしたり、 おなかを抱えて笑ったり、 できるといいな。 ...続きを見る

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2005/04/01 11:26
「授業」の記憶 10 課外活動の至福
  正規の「授業」の話ではない。しかし、授業が終わった後、あるいは「休講」時間中に課外活動の部屋で上級生や敬服する同級生に学んだことは大きい。身近な家族の行動様式を見続けてきて、「あたりまえ」と注意もしてこなかったことに新しい光が与えられた経験は、ほかでは得られなかったことのように思う。   高校2年になって、私は課外活動の所属を変わった。1年生のときの同級生が所属クラブの活動として定期刊行物の広告掲載を周辺の商店に頼みに行くのに付き合っていて、そのまま居座ってしまった格好になった。   そ... ...続きを見る

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2005/03/24 08:06
ブルガリアのブルースに寄せて
2日前のことである。 職場の会合がお開きになって音楽を専門にしている同僚と駐車場で別れた。 そのとき、件(くだん)のブルースのCDを渡した。前に話したときには、「ブルースまではちょっと」と、身を引いていた相手に。 われながら押し付けがましいかなと思いながら。 ...続きを見る

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2005/03/17 15:49
とある国のライブハウスにブルースの響きは流れ
ときどき立ち寄る茶館の店主が教えてくれた、ブルガリア?のブルース。 ...続きを見る

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2005/03/01 04:09
初めての、そして最後の歌劇
 一度だけ、オペラを見に行ったことがある。   大掛かりな出し物は苦手なほうだ。着飾った人々、派手な音楽、そんなものの中にいると、自分の居場所ではないような気がして落ち着かない。能や文楽はまだよい。しかし歌舞伎は苦手である。バッハのコラールならよい。しかしワーグナーやベルディのオペラは避けてとおりたい。   だから、ほかならぬワーグナーの『指輪』を見に行く羽目になったのは、まったく降ってわいたような事件だった。   伴侶の友人が遅くに仕事に就き、九州に赴いた。まもなく... ...続きを見る

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2004/10/12 18:36
母の嘘
むかし、母はよく嘘をついた                        不思議なことに父はそれを、いつもいとも簡単に信じてしまった 父は厳しく家族は窮屈だった 母はその父に、嘘で立ち向かったのだったろう 苦し紛れに ...続きを見る

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2004/10/03 02:52

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