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「考へるヒント」と題した文庫本がどこかにあった。「考える」と「考へる」とどちらが深く考えるように響くだろうか。そんな他愛もないことを考える。 「感覚」「直観」「実感」、・・・・そこで用いられてきたことばと「理論」ということば。あるいはそれらの枠組みは、いま、もう少し異なるものに組み替えられるであろうか。 「朝、起きて、顔を洗って、それからご飯を食べて、花見にいきました。」 そんなにだらだらと一日の出来事を書くのではなく・・・ 「*******************」 出典の明らかでない文書のコピー&ペースト。 自身の情動によって、しかし理由もわからず拾われた。 だれが、何に基づいて考えたことですか。 あなたはこの文章のどこにいますか。 際限のないやりとりがまた続く。 翻ってみれば、延々と続いた、生活の根底に関わるやり取りを通してさへ、変わらなかったスタイルが、容易に組み立てなおされるはずもなかろう。 ママは日常生活の中でなじんだ人々の要求の構造から、犯罪の動機を組み立てる。職業警官は、「迅速な解決」という動機に導かれ、お互いに共有された動機構造にしたがって犯人を組み立てる。 「ママは何でも知っている」ジェイムズ・ヤッフェ ******* 夕方散歩に出て街を歩き、カウンターに座ってコーヒーを飲む。 目の前は緩やかな坂道で人々の歩いていく足もとが見える。 波立つ心を収めるには距離をとる必要がある。 欲望の構造や働きを見据えるにも。 自らの欲望に沿って、人は物事を辿る。 さまざまな縺れは、異なる欲望に沿って作られた関係の構造が錯綜することによるだろう。関係性といいながら、一人相撲で終ることもある。 既に身罷った人々の失意の日日をたどる。その失意も、時の水で濾過しなければ現われては来ない。 ******* James Yaffe 1927- Robert B. Parker 1932- Tomas H. Cook 1947- Stephen Edwin King, 1947- ******* 「暗夜行路」の主調音は「不快」の感覚であろうか。 「不快」の解析学が、作者の仕事であったとすれば、それはまた、時代を下って東アジアの半島とそれに対峙した列島の間を往来した若い女性の、嘔吐や拒食によじれた生を賭した仕事とも重なる。 ******* 1902−1983 明治35年−昭和58年 1925年 東京帝国大学仏蘭西文学科入学 問題の年月は1925−1928 大学を卒業するまで。 どこにでもある話かもしれぬ。 文学を選択すること、それを生業とすること。 あたりきの結婚をし、子供を設け、あたりきの生活をする。 それは、奇妙な選択にも思える。 一筋縄ではいかぬ、錯綜する動機。 それが、1945年まで、この人物の鼻面を引きずる。 |
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僕は、いつもコチラの側にゐた。母上は、教壇に立ち、アチラの側。立つてゐると眠い顔の、退屈な、虚ろな面持ちの学生たちがよく見へるのかもしれません。最初の緊張に慣れると四月は、残酷で、眠い季節です。18歳の頃、美人の教育心理学の講師が僕の知らない indoctrination と云ふコトバの解説を始めたことを未だに記憶してゐます。・・・いまは学生の身分ではなく、浪人の、否、老人の身分。此の単語が5音節もあるなんて、と思ふだけです。12 Angry Men を、授業では字幕で見せるのですか。其れとも吹き替へで見せるのですか。鳥渡、気になりました。仮に、みんなで演じてみたら原作とは異なる結論へ進み始めるかもしれませんね。悪戯な空想でした。 |
鴨長明 2008/04/15 14:27 |
DVD版では音声も字幕も選ぶことができるのです。日本語字幕と日本語音声でも、かなり異なっていて、あれこれ丁寧に見、参加ドラマに仕立てたりすれば、一年間、これだけでも持つかもしれません。この映画を見た若い人の反応はいろいろです。激しいやり取りと最後に残った人が、「吊るし上げ」を受けているように見える、そのことに激しく反応する優しい若者も。 |
木陰 2008/04/19 09:43 |
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鴨長明 2008/04/21 00:39 |
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