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今年は雪がふらないのかねえといいいいした朝の、そのほんの1時間後に、舞い散るような水滴が見え、それはみる間に雪となった。 食事食事と外に出れば、路上では宅配便の車が立ち往生し、店に着くころには頭も衣服も雪まみれである。 あたふたと新暦の正月を過ぎ、気づいてみればはや旧正月も3が日を過ぎる。仕事が遅いのか、それとも多すぎるのか。旧暦の正月、如月、弥生と先を見通せば、相も変わらず出るのは溜め息である。 溜め息をつく暇があれば仕事をせいと人はいうであろう。しかし、仕事には決断が要り、手順が要り、それを乗り越えるには溜め息で距離をとることも必要なのだと言い訳をする。 昼食のあと、トスカナ産のオリーブオイルを5リットル缶から500ミリリットル入りの壜に分けたものを先日転居したばかりの弟に届ける。仕事があったからと部屋はまだごった返したままである。あれやこれやのトラブル、もっと強く言わねばと言う人あり、まあそんなものであろうと住宅建築事情を観測する人あり。むかしは、建築現場に日参してはクレームをつけるうるさ型の年寄りがいたものであった。 恐る恐る路をとりいつもなら15分の道のりを倍以上かけて自宅へ戻る。かような大雪にも関わらず、あれこれ探索してもそれらしい報道はない。ゆっくり残りの仕事をせいとのお達しであろう。 ***** 旧暦でさえはや6日。月は日の出、日の入り、太陽の動きとほぼ並行する。この3日で予定していた仕事の半分もできなかった。休み明けは早朝から。期限の過ぎた提出物を、迷惑がかからないように同僚より早く滑り込み投函する。 ***** 初春の陽光の中を雪片が舞う。 あれやこれやの仕事が過ぎていく。 それでも、処理できずに引きずる仕事がある。 夜半、バレンボイムの演奏するベートーベンを聞く。 音の強弱、テンポ、高低で構成される構造物。一つ一つの構成要素を確かめ、積み上げる。ロマン派の音楽でさえ、心情吐露とは異なる構成的な側面を持つ。1981年、パリ管弦楽団を指揮した折の、きらめくような音が蘇る。 続いてリンゼイ・カルテットが演奏するハイドンを聴く。 宮廷や教会のために楽曲を用意しながら、そこから自立し、抽象的な形態に組み立てていく。アラブ世界の音、アラブ世界の形象、そしてアラブ世界の科学技術を背景としながら。 ****** 週末出かけた先で高校生の仕事のことが話題に上る。 平均週20時間。それが賃労働(アルバイト)をしているアメリカの高校生の平均値であるという。それがかなりの割合になっている。 そして、それは、日本の大学生においても同様であろう。この件に関する統計は手元にない。しかし、多くの場合、週20時間を単位としてシフトが組まれているのではないかと、若い人の話を聞いていて彼らの生活を組み立てる。 李良枝が家出をして、京都の旅館で仕事をしていたことを思いだし、そして、それを作品のなかに書いていたことも思い浮かべる。 ******* 寒さを避けて山を離れているうちにはや旧正月も下弦の月、23日である。 5月連休に予定している仕事のために多方面と連絡。苦手な仕事である。その合間を縫って学生面談。そして、同僚との意見交換。 先週末は神奈川大学のCOE共同研究の「国際」シンポジウムを聞く。テーマは「非文字文化」。「何のための研究ですか」と手厳しい質問があった。文科系の学問が情報化と国際化の波に洗われている。そして、伝統はパッケージに入れられ、ラベルをつけられ、博物館に展示される。「常民文化研究所」を擁する大学が、戸惑いつつ、その波に乗ろうとする。 大きな大学であった。日本国内あちこちにある「大学」という場所について考える。 今週末から次週にかけて、仕事の会合、それに情報関係の学会。 ****** |
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