|
ATG 1964 女ともだち - 監督: ミケランジェロ・アントニオーニ, 1956年製作(イタリア), 1964年1月封切. イワン雷帝 - 監督: セルゲイ・エイゼンシュテイン, 1946年製作(ソビエト), 1964年2月封切. 私はそんな女 - 監督: シドニー・ルメット, 1959年製作(アメリカ), 1964年4月封切. 去年マリエンバートで - 監督: アラン・レネ, 1960年製作(フランス), 1964年5月封切. 鏡の中にある如く - 監督: イングマール・ベルイマン, 1961年製作(スウェーデン), 1964年7月封切. かくも長き不在 - 監督: アンリ・コルピ, 1960年製作(フランス), 1964年8月封切. ビリディアナ - 監督: ルイス・ブニュエル, 1961年製作(スペイン), 1964年10月封切. パサジェルカ - 監督: アンジェイ・ムンク, 1963年製作(ポーランド), 1964年11月封切. 送られなかった手紙 - 監督: ミハイル・カラトーゾフ, 1960年製作(ソビエト), 1964年12月封切. この年、東京オリンピック。地方都市ではたいした影響はなかったが、同級生の男の子はフランスからやってきた水泳選手に夢中だった。高等学校入学試験準備のための校外、校内模擬試験が何度かあり、退屈を絵描きや音楽家、詩人の話で埋めていた。単調な生活とロマン派の音楽家や19世紀末の絵描きの話、詩人の話とのごった煮は奇妙な味がした。 試験の度に隣の座席に来る同級生は「バッハ」から「ヘンデル」「ベートーベン」と音楽史を辿って頑固にロマン派で停まっていた。古典も前衛も詰め込んだ闇鍋状態の当方はその話を聞きながらいつも眩暈をおこした。 この年の上映作品の多くは観た記憶がある。 去年マリエンバードで 鏡の中にある如く、 かくも長き不在、 ビリディアナ、そして、多分 パサジェルカも。 しかし、自由に出来るお小遣いもなく、街中へでかける自由もなかった。ほとんどの作品はもっと後になってからみたのだろう。 オリンピックが終るか終らないうちに不景気がやってきた。 同級生のひとりは家の問題を語らなかったが、沈みがちになった。 「かくも長き不在」は新聞紙上にかなり詳しい紹介がされ、それを読んだ。それを憶えているのはこの時期の憂鬱な気分の所為であろう。 唯一、ビリディアナは、やはり新聞で紹介されているのを読んで、観に出かけた。これだけはどう記憶をたどっても、64年かその年度のうちのことである。当時はルイス・ブニュエルの名など知る由もなかったが、彼のいわば闇鍋的磁力がこちらをひきつけたものかもしれない。 |
| << 前記事(2007/11/21) | トップへ | 後記事(2007/11/22)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/11/21) | トップへ | 後記事(2007/11/22)>> |