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ATG 1965 アメリカの影 - 監督: ジョン・カサヴェテス, 1959年製作(アメリカ), 1965年2月封切. 復活 - 監督: ミハイル・シバイツェル, 1962年製作(ソビエト), 1965年3月封切. 野望の系列 - 監督: オットー・プレミンジャー, 1962年製作(アメリカ), 1965年4月封切. 孤独の報酬 - 監督: リンゼイ・アンダースン, 1962年製作(イギリス), 1965年5月封切. 道化師の夜 - 監督: イングマール・ベルイマン, 1953年製作(スウェーデン), 1965年6月封切. 小犬をつれた貴婦人 - 監督: リンゼイ・アンダースン, 1960年製作(ソビエト), 1965年7月封切. 戦争の真の終り - 監督: イエジー・カワレロウィッチ, 1957年製作(ポーランド), 1965年8月封切. 8 1/2 - 監督: フェデリコ・フェリーニ, 1963年製作(イタリア), 1965年9月封切. 明日に生きる - 監督: マリオ・モニツェッリ, 1963年製作(イタリア), 1965年11月封切. 八月の砲声 - 監督: ネイザン・クロール, 1964年製作(アメリカ), 1965年12月封切. 道化師の夜、8 1/2 そのほかははっきりとした記憶がない。 この年は紙版画で蛇の年賀状を作って明けた。 卒業式の前後のがやがやとした交流があり、頻繁に同級生と往来した。 夜の早い春先の街を仲間たちと連れ立って歩くと、闇の向こうの世界までも知り尽すことが出来るような奇妙な有能感を感じた。こんな少年時代はすぐに終ってしまうのだと思ったのは、そのときであったのか、ずっと後になってからであったのか、定かではない。 この年、春、街中の学校へ通うようになった。 それまでの同級生と別れ、急速に内閉的になった。 世の中で何が起きたのか、およそ関心を持たなくなった。 WEB上で1965年を調べてみても、池田隼人の死も、谷崎潤一郎の死も、ほとんど記憶に残っていない。 一人でへとへとになるまで街を歩き、図書館で勉強すると偽って、暗くなってから帰宅する生活を続けた。 ATGの映画をかける名宝文化という小さな映画館があり、そこの会員になった。学生料金だったかもしれない。会費が250円というのは年会費であったのかよく憶えていない。そして、入館料がいくらであったのかも。頻繁にでかけたはずだけれと、何を見たのか題名だけでは思い出せない。 8 1/2という奇妙なタイトルの映画については新聞でも見たのだろうが、課外活動で刊行していた本に、2年上級の人が残した長大な文章の中で知った。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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「8½ 」と「魂のジュリエッタ」の二本立てを観たときは、本当に眩暈がするほどに衝撃を受けました。 |
鴨長明 2007/11/23 06:48 |
あの時代、人々は実存主義も、シュールレアリズムも、ごく当たり前に感じられる世界に生きていたように思います。建礼門院さまの健康優良児のような感想に時代を感じます。 |
木陰 2007/11/23 20:21 |
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