こころの交差点:木陰の補習教室

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<<   作成日時 : 2005/10/23 14:08   >>

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 子どものころ、近くに小さなキリスト教の教会があった。おそらく日本基督教団に属する教会であったろう。プロテスタントの牧師さんがいて、日曜学校を開いていた。その周囲には、四方博・れい夫妻の住居があり、子どもたちは春陽会に所属する画家、れい夫人の絵画教室に通い、ご子息のしん氏が主宰する「どんぐり子ども会」の常連となっていたので、しぜんとその流れで日曜学校の生徒となった。通うたびにうけとる小さなカードを楽しみに。
 しかし、父も母も、そのことを必ずしも快くは思っていなかったようである。
 クリスマスの催しは、このキリスト教会からもたらされ、また、しん氏の子ども会でもクリスマス発表会とプレゼント交換は定例となっていた。敗戦後のアメリカ文化として、年末の商機としても利用され始めていた時期である。まだあまり豊かではなかった時代に「プレゼント」や「クリスマスケーキ」、それにきらきらした飾りはわくわくする年末行事の道具立ての一部となっていた。母はどこかから無塩バターを泡立ててかざった手製のクリスマスケーキの作り方を教わってきて、子どもたちを動員して準備した。搾り出しの型を使って薔薇の花や、モール飾りを模した凝った飾りのケーキを土台を焼くところから準備し、そして、掘りごたつでろうそくをともす奇妙なクリスマスは、それでも数年間は続き、「もう、クリスマス飾りでもないでしょう」と母が乗り気でなくなった頃に終わった。
 それは、私自身にとっての「子ども時代の終わり」を象徴していたばかりではなく、おそらく、私たち家族が住んでいた地域のひとつの時代の終わりとも重なっていたのだと、今になって思う。次第に商業的に、はでやかになっていくクリスマスとは対照的な気分の中に、私自身はその後長い間沈んでいた。ある時代の終焉、そして、さまざまな関係のネットワークの中に潜んでいた目に見えない齟齬、それが、まだ10代の前半にいた子どもの気持ちを沈ませ、足取りを重くしていたのだと、これも、今になって思い当たるのだ。

写真はアルザス地方、ヴォージュ山中の村、オーベルネのクリスマス・イリュミネーション

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ディズニー映画しか知らない子供の頃、ホームドラマで覗く米国の豊かさに憧れ、クリスマスを「らしく過ごす」ことが重要でした。
母はケーキが焼けず、父がイブの夜に銀座で買ってくるのが決まり。祈りの意味など考えることもなく、お正月よりも形式張らないハレ気分が好きで・・。

いろんな「仕掛け」を知って、ありゃりゃ・・と思いつつも、学生時代は一番「らしく」してました。天の星に届くほどのツリーがキャンパスにそびえ、「はしゃくだけじゃだめ・・」と
お説教されてました。

フランスのクリスマスは静かな感じがします。
静かな豊かさ、深い満ちたり・・。
body&soulW
2005/10/24 13:07
写真に遅れて、ヨーロッパのクリスマスはまた、のちほど。そういえば、クリスマスのころ招待されてうかがったとき、子どもたちにプレゼントを期待されて、慌てたことも。
木陰
2005/10/24 20:39

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